第五百七十五話:みんなの実力
翌日、私達はシルヴィアさんの家の敷地内にある演奏室と呼ばれる部屋に来ていた。
音が漏れないようになのか、壁はかなり分厚く作られているようで、入り口も二重扉になっていた。
中は小さなステージのようになっており、ピアノまで置いてある。
かなり本格的だなぁと思いながら、足を踏み入れると、早速シルヴィアさんが説明を始めた。
「ようこそ、演奏室へ。ここはその名の通り演奏をする部屋ですわ」
「壁が分厚く作られているので、もし失敗しても音は外に漏れないので安心してください」
そう言いながら、奥にある扉を開ける。
そこはどうやら楽器の保管庫のようで、様々な楽器が置かれていた。
学校にある音楽準備室ってところかな? 流石、音楽の町ともなると設備も凄いね。
「楽器はここにあるものを使ってください。持っているのであればそちらでも構いませんよ」
「でも、壊さないように気を付けてくださいね。自由に使っていいとは言われていますが、ここにあるのは私達のものではなく、お父様のものなので」
領主だからなのか、多くの楽器を所有しているようだ。
多分、献上品として渡されたりしてるんじゃないかな。あるいは懇意にしている楽器職人がいるとか。
どっちもありそう。
まあそれはともかく、私達の使う楽器は揃っている。
ギター、太鼓、フルート、他にもハープとか木琴とか色々ある。トランペットとかはなさそうだけど。
「ひとまず、一人ずつやっていきましょうか。まずはエルさん、お願いします」
「わかりました」
まずは経験者からと言うことで、エルが演奏することになった。
エルがギターを構え、軽く手を添える。
ひとまず、曲とかの指定はなく、思うがままに弾けばいいらしい。
一呼吸置いた後、エルの演奏が始まった。
「……はい、ありがとうございました。流石ですね、素晴らしい演奏です」
「思わず聞き入ってしまいましたわ。お上手ですのね」
「いえいえ、これくらいは普通ですよ」
演奏が終わり、拍手が起こる。
エルの演奏はかなり手堅い感じがした。
きちんと譜面通りに弾けて、全く聞き苦しさを感じない。
個性と言う意味では突出したものはないけど、十分通用する演奏だと言えるだろう。
「では、続いてカムイさん、お願いします」
「わかったわ」
続いてカムイの番。
カムイが選んだのはティンパニという太鼓の一種だった。
ドラムと同じようにスティックで叩くタイプの太鼓で、数も一つではなく二つである。
ドラムと同じように演奏するというのは無理かもしれないが、これでも多少は形になるだろう。
そういう思いを込めてこれを選んだようだが、流石に感触が違ったようで、思った通りの演奏とはいかなかったようだ。
そこまで下手というわけではないけど、音域が狭くメロディが単調になっている。
確かティンパニーって四つとか五つとか使うのが普通じゃなかったっけ? それが二個しかないのだから音が少ないのは当然っちゃ当然か。
この世界では二つで使うことが一般的なようだけど、これもっと増やしてもいい気がする。
少なくとも、カムイはもっとあった方が幅を出せるだろうね。
「……はい、ありがとうございました。カムイさんも上手ですね」
「ちょっと叩きすぎなところはありましたけど、むしろあれだけ高速で叩けるのは凄いと思いますわ」
「それはどうも……」
まあ、ティンパニーの使い方はともかく、この世界では十分うまい部類に入るらしい。
二人ともうまいとなると、私の立つ瀬がないなぁ。
次は私の番なので気を引き締める。
「では、次、ハクさんお願いします」
「わかりました」
私が扱うのはフルート。一応、自分で買ったものを使うことにした。
借り物を扱って壊したら怖いしね。弁償はできるかもしれないけど、それだったら始めから壊れても構わない自分のものを使うべきだろう。
一度深呼吸をしてから演奏を開始する。
演奏するのは家でも披露した簡単な曲だ。
と言うか、今の私ではこの程度しか演奏することができない。
一応、あれから少し練習していたので吹き直すことはなかったが、たまに音が出ないところがあったりと他の二人と比べると聞き苦しいものとなってしまった。
うーん、こればっかりは練習するしかないね。あと一か月でどうにかなればいいけど。
「……はい、ありがとうございました。ハクさんもなかなか上手ですね」
「いや、二人に比べたら全然……」
「初めてでそれだけ吹ければ十分ですわ。練習すれば必ずうまくなります。私が保証しますわ」
そう言って慰めてくれるシルヴィアさんとアーシェさん。
まあ、全くできないよりはましだろう。練習すればうまくなると確約してくれるほどなのだ、伸びしろはあると信じようと思う。
「さて、最後はサリアさんですわね。歌を歌ってもらいますけど、何か知っている歌はありますの?」
「んー、歌はあんまり知らないな」
「でしたら、こちらを。この町で慣れ親しまれている歌ですわ」
そう言って楽譜のようなものを見せる。
サリアはしばらくそれを眺めて歌詞を覚えると、早速歌う準備に入った。
さて、サリアの歌声はいかほどのものだろうか。少しワクワクする。
「それじゃあ、行くぞ」
「お願いします」
「よし……~♪」
部屋中にサリアの歌が響き渡る。
どうやら音楽を称える歌のようだ。静かな雰囲気の曲調がなんとなく眠気を誘う。
声量は問題ないし、音域も幅広い。
サリアの声はそこそこ低い方だと思うけど、ちゃんと高域も出せている。
流石にビブラートとかの技術はないようだけど、それでも十分に聞き入れるほどの心地よい歌声だった。
「……はい、ありがとうございました。凄いですね、綺麗な歌声です」
「まだまだ粗削りですけど、将来性を感じさせる歌声でしたわ。少し練習すれば、劇場で歌っても違和感ないと思います」
シルヴィアさんとアーシェさんがサリアをそう評価する。
実際綺麗な歌声だったし、ちゃんと練習すれば光りそうではあった。
これから一か月練習することになると思うけど、音楽祭の日が楽しみである。
「さて、皆さんの大体の実力はわかりました。ひとまず、エルさんは即戦力でも問題なさそうですね。お手本のような綺麗な演奏でした」
「ありがとうございます」
私から見ても、エルは完璧だっただろう。
めちゃくちゃうまいってほどうまくはないかもしれないが、失敗もしないし、堅実だ。譜面通りに演奏することができる。
まあ、より上を目指すならもっと練習が必要かもしれないけど、今はしっかりとできることの方が重要である。
だから、直す必要があるとしたらエル以外だ。
「カムイさんはまずは譜面通りに叩くことを覚えましょうか。叩くのが速いのはいいですが、叩きすぎると下品になってしまいます」
「は、はい……」
「ハクさんはしっかりと音を出せるようになりましょう。それが出来ればだいぶ改善されると思います」
「了解です」
カムイはともかく、私はしっかりしないといけないね。
流石に、無名の音楽家が相手とは言え素人はいないだろうし、音が出ないのは恥ずかしい。
ヘクター君に勝つためにもきちんと練習していこう。
感想ありがとうございます。




