第五百七十四話:憎たらしい幼馴染
町は今、来月に開催される音楽祭に向けての準備の真っ最中のようだ。
音楽祭が行われるのは、町一番の劇場のステージ。観客の収容人数は300人ほどのようだが、それでは足りないらしく、追加で簡易的な席が増設されていた。
後ろからでもよく見えるように、小さな櫓のようになっている。
多分、席の数からして一つ辺り20人くらいが座る計算なんだろうけど、あんなので持つんだろうか。
いや、一応魔術師が土魔法で土台を固めているし、多分大丈夫か。
劇場以外の場所も賑わっており、楽器はもちろん、食堂やアクセサリーなどを売っている露店は多くの人が押しかけている。
多分、音楽祭を見に来たお客さん達なのだろう。
この分じゃ、宿屋は満杯かな? シルヴィアさん達の家に泊まれてよかった。
「意外と、楽器は見たことあるものばかりだね」
「確かに」
ざっと街を歩いてみたが、目に触れる楽器は大体見たことあるものばかりだった。
フルートとかバイオリンとかピアノとか、多少形は違えど、見たことあるものばかりである。
やっぱり、転生者が広めたのだろうか。名前が少し違うとはいえ、みんな似ているし。
「シルヴィアさん、楽器の発祥っていつなんですか?」
「確か、約1万年ほど前と言われていますわ。現在使われている楽器のほとんどは古代の遺跡から発掘されたものが元になっていると言われています」
少し気になって聞いてみたのだが、意外な答えが返ってきた。
1万年前、現在発見されている最古の遺跡が大体そのくらいの年代だと推定されている。
それより前に文明があったかは定かではないが、現状では最古の古代人がいたとされる年代だ。
確かに、音楽自体は昔からあるだろう。簡単なものであれば、棒で石を叩くとかでも打楽器になりえるのだから。
でも、バイオリンとかピアノとかの元となるような楽器ってなんだろう。どう考えても、そんな複雑な機構を作れたとは考えにくいんだけど。
いやでも、ウィーネさんが持ってきた星形の鉄の塊だってちゃんと加工されていたのだ。その時点できちんとした加工技術があったと考えれば、複雑な楽器が作れても不思議はないのか?
この世界の歴史はよくわからない。古代人は凄いってことでいいのかな?
「そんな昔からあるんですね」
「音楽は人とのコミュニケーションの一種でもありますから。あっても不思議はないと思いますよ」
まあ、前世でも最初の人類は言葉などなくても生活できていたわけだし、音でコミュニケーションを取るというのはありなのかもしれない。
音楽を聞けば心が安らぐし、歌を聞けばなんとなく元気になれるしね。
災害とかの被災地に有名な歌手とかが歌を歌って元気づけるっていうのもテレビで見たことがあるし、音楽には不思議な力があるのかもしれない。
「さて、そろそろ戻りましょうか。暗くなってきましたし」
「そうですね」
そこそこ街を観光したところで、シルヴィアさんが戻ることを提案する。
特に反論することもないので、そのまま戻ることになった。
結構楽しかったな。怪我人とかもいなかったからユーリが動くこともなかったし、サリアもどんな楽器かはわからないまでもシルヴィアさんの説明を聞いてほうほうと頷いていたし、私も町を見て回れたし満足のいく結果だった。
明日からは練習と言うけど、果たしてどうなるかな。
そんなことを考えながら歩いていると、前を歩くシルヴィアさんに露店の前から飛び出してきた男の子がぶつかってきた。
どうやら、後ろをよく確認しないまま振り返って走り出してしまったようである。
倒れそうになるシルヴィアさんはとっさにサリアが支えたので倒れることはなかったが、相手はその場に尻餅をつくことになった。
「いたた……す、すいません、よく見ていなくて」
「い、いえ、こちらもよく前を見ていませんでしたわ……って、あなたは!」
「……うん? あ、お前!」
お互いに謝ったかと思ったら、指をさし合って驚いたような表情を浮かべていた。
うん? もしかして知り合い?
「シルヴィア! なんでお前がこんなところにいるんだよ!」
「それはこっちの台詞ですわ! 家に引きこもってたのではなくて?」
最初の丁寧な雰囲気は一転、シルヴィアさんが見たことないような表情で舌戦を繰り広げている。
一体どういう関係なんだろう?
相手は15歳くらいの男の子だ。深緑色の髪が特徴的で、尻餅をついているからわかりにくいけど多分身長はシルヴィアさんと同じくらいかな。
近くには露店で買ったと思われる肉串が落ちている。どうやらぶつかった衝撃で落としてしまったらしい。
「誰ですか?」
「ヘクター・フォン・ラージュリエス。道中でお話しした憎たらしい幼馴染ですわ」
ああ、この人が例の。だからこんなに喧嘩腰なのね。
「ちょっと気分転換に散歩してただけだ。お前こそ、なんでこんなところにいる。その……ハクさんを連れて」
「私達は今日到着しましたの。だから、体をほぐすがてら町を案内していたんですわ」
「くっ、羨ましい……」
ヘクター君はちらりとこちらを見ながら唇を噛んでいる。
いや、別にあなたはこの町の出身なんだから案内される必要はないと思うけど。
「それより、音楽祭での勝負、忘れていませんわよね?」
「当たり前だ! そうだ、そのことで少しハクさんに頼みたいことがあったんだ」
「私?」
ヘクター君はそう言って立ち上がり、私の前に来たかと思うと片膝をついて手を差し出してきた。
まるで恋人にプロポーズするかのような格好。
え、何、私プロポーズされるの?
「ハクさん、どうか今度の音楽祭で私と一緒に演奏していただけませんか」
「えっ?」
まさかの発言に思わずきょとんとしてしまう。
なんでいきなり? 私は別にヘクター君と親しいわけではないのだが。と言うか、そもそも話したことすらない。
面識と言えば、せいぜいたまにシルヴィアさんとアーシェさんの下にやってきて軽く言い争いをするのを見ていたくらいで、向こうもその時にちらりとこちらを見ていたくらいだ。
それなのになんで……。
「ちょ、ちょっと! ハクさんは私達と一緒に演奏するんですのよ! 勝手に引き抜かないでくださいまし!」
「なっ!? 貴様一緒にいるだけでは飽き足らず一緒に演奏までする気か!」
「ふふん、すでに約束しているんですのよ。今度の音楽祭ではハクさんを含め、六人で演奏をしますわ。ソロのあなたに勝てるかしらね?」
「ぐぬぬ……羨ましい!」
あー、もしかして、シルヴィアさんが私と一緒に行動しているから、嫌がらせのために私を引き抜こうとしたのかな?
私といつも一緒にいるシルヴィアさんの事だ、音楽祭と言う大きな行事があれば、私を連れて遊びに来ることも予想できただろう。
そこで私がヘクター君の側につけば、シルヴィアさんは悔しがるだろうし、一緒に参加すれば二人になるから数の上でも互角になる。
今回は他にも参加者がいるから互角にはならなかったけど、いつもの勝負だったらシルヴィアさんとアーシェさんの二人だけだっただろうし、二対二になったことだろう。
まあ、結局うまくいかなかったようだけど。
流石の私も、友達であるシルヴィアさんと見ず知らずのヘクター君だったら前者を選ぶ。育んだ友情には勝てないよ。
「くっ、仕方がない。だが、数が揃ったからと言って必ず勝てると思うなよ!」
私が寝返る気がなさそうだと判断したのか、ヘクター君はそう言い残して去っていった。
まあ、数の暴力は可哀そうかもしれないけど、そこは向こうも同じように誘えた状況だったのだし、早い者勝ちだったということで。
去っていくヘクター君の後姿を見ながら、どんまいとエールを送った。
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