第五百七十二話:もう一つの選択肢
「……コホン。まず言いたいのは、サリアさん。下手ですね」
「うぐっ!?」
一通りサリアの演奏擬きを聞き終わった後、シルヴィアさんが下した評価はそんなものだった。
まあ、そりゃいくら揺れる馬車内とはいえ、一回も音を出せなかったのだから当然だろう。
と言うか、下手とかそういう次元じゃないと思う。それ以前の問題だ。
前は少しは吹けていたから練習すれば少しはましにはなると思うけど、演奏できるレベルになるかと言われたら微妙かなぁ。
「もちろん、サリアさんが望むなら私達は全力でサリアさんに楽器を教えます」
「でも、その上で言うのなら、サリアさんは楽器よりも歌を歌ってもらった方がいいと思いました」
「う、歌?」
シルヴィアさん達の提案にサリアがきょとんとする。
でも、確かに歌と言う選択肢はありだと思う。
この中で一番声量が大きいのはサリアだし、コミュニケーション能力も高いから大衆の前でもあまり緊張せずに歌えるのではないかと思う。
もちろん、歌を歌うにも技術はいると思うが、最低限でいいなら楽器よりは簡単なはずだ。
「私達は今まで楽器の演奏だけで勝負してきましたけど、歌を付けるのもありだと思いますの」
「サリアさんさえよければ歌姫として私達の演奏で歌っていただけませんか?」
「歌、歌かぁ……」
演奏と同時に歌も歌うっていう方法もあるが、この世界では一部を除いて分けて考えられているようだ。
歌って言うのは演奏よりもより相手に気持ちを伝えやすい方法だと思う。演奏に込められた思いを紐解かなくても、歌詞を聞けば大体言いたいことはわかるから。
ただ、歌はどちらかと言うと民衆向けのもので、貴族に向けたものではない。
貴族向けに歌われるのは、讃美歌とかお上品な恋の歌とかだろう。
だから、歌う曲には少し気を付けなければならない。
貴族に向けるか、民衆に向けるか、それによって印象はがらりと変わる。
どちらの評価を得たいかによって変わってきそうだね。
でも、どちらにしてもサリアが歌を歌うのは賛成である。
サリアの声は綺麗だし、歌ったらきっと輝くことだろう。それを私が演奏でお膳立てできるとなればとても素敵なことだと思う。
「サリア、どう?」
「んー、わかった。そういうことなら僕、歌うぞ」
少し迷っていたようだったが、最終的には歌を歌うことを了承したようだ。
サリアの歌うところは見たことがないから地味に楽しみではある。
「ありがとうございます! 向こうに着いたら声量のテストを行うので、準備しておいてくださいね」
「おう」
これでそれぞれが使う楽器と歌う人が決まった。
なんだか私は勝手なイメージでフルートを演奏することになっているけど、別に他にやりたい楽器があるわけでもないし構わない。
それぞれの楽器の腕前も気になるし、早く到着したいところだね。
「向こうに着いたら、皆さんの演奏と歌唱の技術を見させていただきます。そして、それを見て練習を開始、約一か月後の音楽祭で披露するという流れになりますけど、何か質問はありますか?」
「はい」
「ハクさん、何でしょう?」
音楽祭までの流れはまあいいだろう。練習して本番に臨む、これだけなのだから特に考えるようなことはない。
だから聞きたいのはそれ以外の部分。とりあえず、気になっているところを聞いていこうと思う。
「音楽祭には著名な歌手や音楽家が集まるって聞いていますけど、具体的にはどんな人が集まるんですか?」
「ああ、音楽祭は初めてですものね。わかりました、簡単に紹介しますね」
そう言って、シルヴィアさんは説明を始める。
まずは楽団。主に宮廷や大貴族のお抱えになっていることが多く約50人から100人ほどの規模で編成されている。
腕前で言うと、音楽祭に参加する面々では隣国であるレグザンド王国の宮廷音楽団が最も実力が高いとのことで、毎回上位に食い込んでいるようだ。
次に歌手。これは幅広く、貴族が抱え込んでいる人もいれば教会や劇場で働く人もいるようだ。大抵の場合はソロで歌うようだが、音楽祭では楽団がバックミュージックを演奏してくれるらしい。なので、より一層深みのある歌を味わうことができるとかなんとか。
有名どころはニドーレン侯爵領の出身の者ばかりで、楽団には及ばないまでも高い人気を誇っているらしい。
そして吟遊詩人。基本的にソロで活動しており、旅をしながら各地を巡って英雄の武勇伝とかを詩にして歌っている人だ。噂を集める仕事の関係上、誰もが知っている話を面白おかしく曲にしているので民衆に受け入れられやすく、上位は取れないまでも音楽祭になくてはならない存在のようだ。
そして最後に無名の音楽家。これは未だにどこの楽団にも所属していなかったり、旅もしていない言うなれば音楽家の卵のような人達の事を指す。
無名のため、その実力はそこまで高くはないが、たまに素晴らしい原石が発掘されることもあって毎回音楽祭に来るスカウト達は目を光らせているらしい。
シルヴィアさん達もこのグループに入るようだ。まあ、学生だしね。
「楽団や歌手ごとに分けて評価されますから私達はプロを相手にするわけではありません。でも、無名とは言っても音楽祭の度に参加してくる努力家ばかりですから、楽に勝てるとは思わないことですね」
「下手をすれば吟遊詩人よりもうまい人はたくさんいますから。まあ、吟遊詩人は吟遊詩人で歌いながら演奏するっていう離れ業をやっていますけど」
歌いながら演奏するっていうのは吟遊詩人の専売特許のようだ。
まあ、同時に二つの事をやらなきゃいけないんだから難しいとは思うけど、離れ業ってほどではない気もするけどなぁ。
まあ、それはそれとして。
どうやらプロ相手に挑むということではなく、無名の音楽家達と勝負をすることになるようだ。
てっきりプロに混じって演奏するのかと思っていたからこれは少し予想外である。
まあ確かに、プロに混じってやったら結果は見えているし、盛り上がらないか。
でも、相手はスカウトの目に留まるために必死に努力しているようだし、私達のように思い出作りのために参加した、なんていう軽い気持ちでは到底勝てないであろうことは予想できる。
「シルヴィアさん達はどこを目指しているんですか?」
「私達は特に目標は定めていません」
「将来音楽家になる予定はないのです」
シルヴィアさん達は将来魔術師として活動しつつ、出版社を開きたいのだという。
この世界では本は全部手書きであり、結構貴重なものである。だが、常に需要があるので、かなり忙しい仕事だと聞いたことがある気がする。
なんでそんなものになりたいのかはさっぱりだが、まあシルヴィアさん達がそれになりたいというならとやかく言うつもりはない。
もし実際に出版されることになったら私も買うとしよう。
「でも、一人絶対に負けたくない奴がいますわ」
「ええ、毎回毎回出しゃばってくる憎たらしい奴です」
「あ、やっぱりそういう人いるんですね」
音楽家の世界なんて、実力ありきの世界だろう。当然、そこには熾烈な技術争いがあるだろうし、こいつにだけは負けたくないという奴がいても不思議ではない。
この口ぶりだと、どうやら相手は毎回参加してきているようだ。
気軽にとは言ったけど、私達のせいで負けさせたくはないなぁ。
果たしてどんな人なんだろうね。
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