第六十二話:戦いの余韻
体中の力が抜けていく。がくりと膝をつき、肩で大きく息を吸う。
予想していたことではあったけど、やはり消耗が激しすぎた。目は霞み、頭がガンガンする。もう何もしたくない。
倒れそうになる身体を誰かが支えてくれた。力なく顔を向けると、お姉ちゃんが心配そうに見つめていた。
「ハク、大丈夫?」
大丈夫と答えたかったが、答える気力すらわかなかった。
ふと、戦場を見てみると、魔物達が倒れ伏している姿が見える。
何匹かはまだ息があるようだったが、それでも虫の息のようだ。アリアが手伝ってくれたおかげだろう、予想以上に威力が出てくれたようだった。
ほっと安堵し、目を閉じる。
後は他の冒険者達が何とかしてくれるだろう。ほっと息を吐き、そのまま意識を手放した。
目を開けると、見知らぬ天井が目に入った。
前にもこんなことがあったような気がする。起き上がろうと体を起こそうとしたが、思うように力が入らなかった。
「ハク、気が付いた?」
横から声が聞こえ、顔を向けるとお姉ちゃんが心配そうな顔で覗き込んでいた。その隣には隠密を解除したアリアの姿も見える。
「お姉ちゃん、アリア……」
「よかった、もう目覚めないかと……」
「だから言ったでしょ、ただの魔力切れだって」
ほっと安堵の息を漏らすお姉ちゃんの隣でアリアが呆れたようにため息を吐く。
どうやら私は魔力切れで倒れてしまったようだった。まあ、あれだけ大規模な魔法を使ったのだから当然と言えるだろう。
あれからどうなったのだろうか。魔物達はちゃんと食い止められたのだろうか。
「大丈夫よ。ハクのおかげで魔物は全滅。魔物による王都への被害はなかったわ」
私の気持ちが伝わったのか、アリアが疑問に答えてくれた。
話によると、あれから他の冒険者達が生き残りを殲滅し、無事に魔物の群れは討伐されたのだという。
それを聞いて安心した。あれだけ大見得切って出て行ってできませんでしたじゃシャレにならないからね。
「今は魔物の後始末をしてるところ。まあ、ハクは手伝わなくてもいいって言われてるけどね」
それはよかった。正直今の状態で動ける気がしない。
体は怠いし、起き上がるだけでも一苦労なのだから。これはしばらくは寝てないと駄目な奴だ。
「ねぇ、ハク、聞きたいことがあるんだけど」
「なあに?」
ふと、お姉ちゃんが妙な顔をして聞いてきた。
心配そうにしているのは変わらないけど、なんというか困っているというか聞いていいかどうか迷ってる感じだ。
「あの魔法、あんな広範囲に広がる魔法なんて初めて見た。あれって……」
お姉ちゃんが言いかけたところでガチャリと扉が開く音がする。目線を向けると、スコールさんが部屋に入ってきたところだった。
その気配を察してか、アリアはいち早く姿を消している。その辺りの感性は全く衰えていない。
「おお、ハクさん、目が覚めたようですね。無事で何よりです」
私が目覚めていることを確認すると、心底安堵したようだった。
胸に手を当て、私の隣に立つ。
「君のおかげで王都は救われました。冒険者を代表してお礼を申し上げます」
「……お役に立てたならよかったです」
「本当に、君は素晴らしいよ。ゼムルスさんから前線を引かせろと指示を受けた時は何を言ってるんだと思ったが、君に賭けて良かった。流石はサフィさんの妹さんだ。あんな大魔法を隠し持っているとは」
四重魔法陣を用いた魔法は私でも扱いきれるかどうか微妙なものではあったけど、あの時は運がよかった。
アリアの補助はもちろんの事、地面に散らばっていた魔石が魔力を肩代わりしてくれて消耗を押さえられたからこそ崩壊せずにきちんと発動したと言える。
もし、魔石がなかったら先頭に届く前に破綻していたかもしれない。そう考えると、魔石が誘導に使われていたのは本当に幸運だった。
そもそも魔石がなければ王都に魔物が攻めてくることもなかったというのは置いておいてね。
スコールさんは饒舌に私のことを褒め称える。どうやら魔法を見ていたのはスコールさんだけでなく、多くの冒険者や兵士達が魔物を飲み込む瞬間を目撃したらしい。
皆口々に私のことを讃えていたようだ。
そんなつもりはなかったんだけどな……。
「報酬については追って連絡しましょう。なにせオーガの特異個体ですからね。期待してくれていいですよ」
そう言ってスコールさんは出ていった。
オーガって結構貴重な素材なんだよね。それの特異個体ってことなら確かに結構な値段が付きそうだ。
緊急だったから正確な報酬を聞いていなかったけど、まあ、王都中の冒険者が受けただろうしオーガが高く売れたとしてもそこまでの報酬にはならなそうな気がするけどね。
「それで、お姉ちゃん、聞きたいことって?」
「ああ……うん、やっぱりなんでもないや」
ギルドマスターもいなくなったところで話の続きをしようと思ったのだが、お姉ちゃんは遠慮がちに話を切った。
何か聞きたいことがあったんじゃなかったのかな? まあ、止めるってことはそこまで重要なことではないんだろう。気にすることはないか。
その後、しばらく休んでようやく動けるようになった。
魔力切れは魔力を鍛える意味で考えれば悪いことばかりではないけど、やっぱりこの倦怠感は辛いものがある。
ぼーっとする頭を押さえながらお姉ちゃんに支えられて外に出ると、すでに夜になっていた。
破壊された外壁周辺では明かりが焚かれ、騎士団による警備が行われている。
流石に一昼夜で修理できるほど損害は小さくなく、しばらくは夜通し警備が行われることになったそうだ。
魔物の処理は大体終わり、ギルドでは魔物の査定と選別を行っているらしい。
酒場では今日の勝利を祝い、飲みに明け暮れている冒険者達の姿があった。
まだ完全に予断を許せる状況ではないけど、ひとまず訪れた平和に私もほっと胸を撫で下ろす。
外に出る途中、私の姿を見かけた冒険者達が私を飲みの席に誘ってくれたけど、まだ体が怠いし、お酒はあまり飲む気分になれなかったのでやんわりと断っておいた。
代わりに肉串を数本貰ったので、今はお姉ちゃんと二人で夜風に当たりながら頬張っている。
「町が無事で本当によかった」
「そうだね。ハクのおかげだよ」
「ありがと、お姉ちゃん」
あれだけの魔物の群れに襲撃を受けながら町に出た被害は外壁が破壊された程度で済んだのは不幸中の幸いだろう。
ただ、全く犠牲がなかったわけでもない。魔物を押しとどめるために散った冒険者もいる。
もっと早くから殲滅に動いていればと考えないでもないけど、まさか私一人で十分だなんて言うわけにもいかなかったし、実際あんなにうまく一網打尽にできるだなんて思いもしなかった。いいところで半分くらい持って行ければいいかなと思っていたくらいだ。
あの時ああすればよかったなんて結果論だ。その場その場で常に最適な選択をできる人なんていない。だから、あの時はあれが最善だったと思うしかない。
今は町が無事だっただけでも喜ぶことにしよう。
空に昇る満月を眺めながら、戦闘が無事に終わったという余韻に浸ることにした。