幕間:目が離せない
行商人ロニールの護衛、リュークの視点です。
俺とロニールの旦那の出会いは本当に偶然だった。
仕えていた貴族家から暇を出され、仕方なく冒険者として活動しようとしていた矢先、護衛を探しているというロニールの旦那と出会ったの始まりだ。
普通、護衛っていうのは実力が問われる。盗賊や魔物が出てきた時に安心して任せられるほどの実力がなければ依頼なんてしない。
だから、護衛は基本的にCランク以上、最低でもDランクは必要は依頼なのだ。
その時は登録したばかりで、まだFランクだった。俺には縁のない依頼だと思っていたが、ロニールの旦那は直接俺に声をかけると俺を護衛として雇いたいと言ってきた。
最初は何を言っているのかわからなかった。
そりゃ確かに、実力のある冒険者であればあるほど依頼料は高くなるし、安上がりで済ませられる新米冒険者を選ぶっていうのは理屈としてはわかるが、死んだらおしまいなのだから多少無理をしてでも腕利きの冒険者を雇うのが普通のはずである。
死が怖くないのか、あるいは自分は襲われることなんてないと高をくくっているのか、あるいは自分が強いから最低限でいいと思ったのか。
その時はよくわからなかったが、護衛依頼は最低報酬でもそこそこの値段になる。なので、喜んで引き受けた。
それから、なんとなくずるずると護衛し続けた。
ロニールの旦那も俺の事を気にいっているのか食事を分けてくれたり、新しい武器を融通してくれたり、色々と世話を焼いてくれた。
俺はその恩を返すために腕を磨き、襲い来る盗賊や魔物を退けてきた。
もうかれこれ5年以上の付き合いになるだろうか? 月日が過ぎるのは早いものである。
今や俺のランクもCランクへと上がってきた。もう少し実力を付ければ、Bランクも夢ではないだろう。
だが、俺はすでに冒険者として活動を続けるつもりはなかった。
このままずっと、ロニールの旦那と一緒に行商を続けていく。それが一番いい選択だと思った。
「お嬢ちゃん、嬉しそうでしたね」
「元気にやっているようで何よりだな」
行商ルートに沿って気ままに物を売り歩く旅ではあるが、最近では少し楽しみができている。
それは、王都の学園に通うハクと言う少女の事だ。
ハクは昔行商している時にカラバの町近くの街道で偶然発見した。
その時はまるで盗賊に襲われた後のような痛々しい格好をしていたので、優しい旦那が保護して町まで送り届けたという出会いがあった。
それだけなら、多くはないがまだあり得る話である。
しかし、ハクは天性の才を秘めたまさに天才だった。
冒険者登録してわずか二週間足らずでCランクまで上り詰めたのだから、その実力のほどは推して知るべしだろう。
そんな彼女はどうやら家族を探しているようで、姉がいるという情報を聞きつけて王都までやってきたらしい。そして、そのまま学園に入学して、今は四年生である。いや、もうそろそろ五年生か。
現在の冒険者ランクはB。その他の功績としては、王都を襲撃したオーガの軍勢を薙ぎ払った、闘技大会優勝、Aランクの魔物であるギガントゴーレムの討伐などなど、挙げ連ねればきりがない。
唯一の欠点は、その幼すぎる容姿だろうか。
最初に会ってからもう三年以上が経つが、あの時から全然容姿が変わっていない。
最初だったら、食べ物が足りなくて栄養不足によって体が小さいのかとも思ったが、現在のハクは貴族が住むと言われる王都の中央部に家を買うほどのお金持ちであり、当然食事はそれなりにいいものを食べていることだろう。
そもそも、学園にいる間は学食に行けば食事は無償提供されるのだから、悪いものを食べているはずもない。
それなのに、全然成長していない。成長限界が早すぎた。
将来の事を想うと少し不憫ではあるが、あれほどの才能があればそんな苦難すらも吹き飛ばして進んでいくことだろう。ハクはとても強い子なのだ。
「もう見守らなくても、十分やっていけるんだろうな」
「でしょうね。あのお嬢ちゃんはすでに確固たる場所を築いている。そこに入り込む隙なんてないでしょう」
最初こそ、ボロボロの衣服に幼い容姿で、冒険者ギルドにすら登録できるか不安だった少女が今では多くの友達や家族に囲まれている。
噂では、この国の王子とも懇意にしているらしいし、ギルドでも人気者。探していた姉や兄も見つけ、まさに順風満帆。
しがない行商人とその護衛が見守る必要などどこにもない。
「でも、ハクちゃんはきちんと旦那に感謝してるようですよ?」
「そういうお前もな。あんな些細な手助けしかしてないのに、出来た子だよ」
旦那は最初の頃、色々なものを買い与えていた。
本来なら、返せる当てもないだろう少女にお金を使うなんて商人としてあるまじきことだが、未来への投資だと迷わなかった。
だから、旦那に恩義を感じているのはわかる。けれど、俺にまで恩義を感じる理由はわからない。
俺がハクにしてやれたことなんて、せいぜいギルドの手続きをしてあげたことと、絡まれてたところに割って入ったくらいだ。
もしそんなことに恩義を感じているのなら、相当純粋な子である。しかも、しっかり恩を返してきてるんだから驚きだ。
「で、どうするんですか? これからも見守っているんですか?」
「まあ、な。ハクちゃんは天才ではあるけど、少し危なっかしいところがあるから」
確かに、噂の中には一度聖教勇者連盟に濡れ衣を着せられて連行された、なんてものもあった。
聖教勇者連盟と言えば、世界の平和を守る重要な組織である。
一体どんな経緯でそんなことになったのかは知らないが、それはきっとハクちゃんが目立ちすぎた結果なんだと思う。
本人は静かな生活を望んでいるようだけど、軽く調べただけでも英雄クラスの働きをしているのにその願いはどう考えても不釣り合いだ。
多分、コネの数も行商人として様々な人に会っている旦那に引けを取らないんじゃないだろうか?
飛び出た釘は打たれると言うが、例の件はまさにそれだろう。
貴族のように腹の探り合いをしろとは言わないが、もう少し大人になってくれたらいいなとも思う。いろんな意味で。
「とりあえず、しばらくは休暇だ。ヴィクトールと言う子の発明した魔法薬も気になるし、少しゆっくりしていこう」
「了解です。ベッドで寝るのは久しぶりですね」
行商と言う仕事の関係上、野宿することも割と多い。特に、王都は周りを広い平原に囲まれているので辿り着くのが大変である。
どこかに宿場町でも作ってくれたらいいんだろうけど、まあ王様にも色々事情があるんだろう。
学園ではそろそろ春休みに入るらしい。必然的にハクも家に帰るようだから、たまに遊びに行くのもいいかもしれないな。
「よし、じゃあ宿に戻るか」
「はい」
ハクと言う天才少女。その始まりを目撃した俺と旦那からしたら、ある意味娘のような存在である。
手のかからないいい子ではあるが、まだまだ目を離すことはできない。
今後も色々と事件を巻き起こしておくんだろうなと予想しつつ、旦那の後についていった。
感想ありがとうございます。




