幕間:母の体質
オルフェス王国の王子、アルトの視点です。
期末テストを終えて、確かな手ごたえを感じた。
この二か月ちょっと、休みの日はずっとハクとその友達達と一緒に勉強会に参加していたのだから当然と言えば当然だが、実際に手ごたえを感じるとやはり安心する。
この分なら、再びAクラスに昇格することができるだろう。
まあ、予想が確かならハクは来年でBクラスに昇格するはずだから一緒のクラスになるためにあえて残るというのも手だったが、王子である私がそんなよこしまな気持ちで手を抜いたらダメだろう。
そもそも、王子と言う立場上、常に完璧を求められる。学園に入った以上は、常により高みを目指さなくてはならないので油断してBクラスになったからと言っていつまでもその地位に甘んじてはいけないのだ。
それに、わざわざ一緒のクラスにならなくとも、ハクとの仲は良好である。
再びお茶会に誘うようにもなったし、ハクもあまり断らない。
まあ、一緒にサリアやエルがついてくるのが玉に瑕だけど、別に不快というわけではないし別に構わない。
私はただ、ハクと共にいられればいいのだから。
「さて……」
発表会も終えたので、研究室はもう休みモードに入っている。だから、休みまでの間はあえていく必要はあまりない。
だから、私はすぐに王城へと帰宅した。
使用人達や父に挨拶をし、湯あみをしてから後宮へと向かった。
「ああ、アルト。お帰りなさい。学園は楽しかった?」
「はい、母上。テストも無事終えてそろそろ長期休暇に入る所ですよ」
後宮に行った理由は母へ今日の事を報告するためだ。
母は元々身体が弱く、私が生まれる際もまさに命がけの出産だったらしい。
次に出産することがあったら間違いなく死ぬと医師からも言われており、だからこそ、世継ぎは私しかいない。
だけど、別に私は兄妹が欲しいと思ったことはないし、命がけで産んでくれた母にはとても感謝している。
こうして日々の事を報告するのは、外に出られない母に少しでも外の事を知ってほしいからだ。
「そう、それじゃあ、しばらくは城にいるのね」
「はい。毎日でも会いに来ますよ、母上」
「ふふ、ありがとう。でも、あなたにはもっとやるべきことがあるでしょう?」
くすりと母が笑う。
母が言っているのはハクの事だ。
以前ハクを紹介した時から、母はずっと私にハクを伴侶にと勧めてくる。
確かに、私はあの時母に想い人だと伝えた上で紹介したし、その頃だったらまんざらでもなかったのだけど、今は事情が異なる。
ハクは竜人ではなく、竜だった。そして、竜と人が子を成す場合、確実に子は竜人となる。
いずれ王となる責務を負った私が竜人しか子を成せないとなれば、後継ぎがいなくなることになる。
もちろん、この国は竜人だろうが差別するような輩はあまりいないが、他の国は別だ。少なからず、竜人を認めていない国もある。
それに、仮にも人間の国であるオルフェスの王が竜人となれば、目を付けられるのは想像に難くない。きっと、いつの日かそれを理由にクーデターなどを引き起こす連中が必ず出てくる。
だから、私はハクと結婚することはできない。よくて側室として迎えるくらいだ。
しかし、母はハクが竜であることを知らないので、ぐいぐいと言ってくる。
気持ちは嬉しいが、私としては少し複雑な気分だった。
「大丈夫です。ハクとの仲は良好ですよ」
「それはよかった。あなたも来年で成人を迎えて結婚できるようになる。あなたの結婚式はぜひ見てみたいわ」
誤魔化してはいるが、そろそろそれも利かなくなってくる頃合いだろうか。
今は王子ではあるが、成人を迎えれば王太子として任命されることになり、正式に王位を継ぐ者になる。
もちろん、その場ですぐに即位するわけではないが、父も結構な年だ。そう遠い未来でもないだろう。
王太子ともなれば、結婚は避けられない。母はハクをと思っているようだったが、それは無理な話だ。
ではハク以外では誰かいるのかと言われても、特に誰もいない。
いや、いないことはない。公爵家の令嬢や他国の姫など、父が用意してくれた相手はそれなりにいる。だけど、好きかと言われたらそんなことはない。
もちろん、王族としては世継ぎさえ残せればいいのだから恋愛結婚の方が珍しいけれど、好きでもない女性を抱くというのはちょっと考えられない。
でも、そろそろ決めなければならない頃合いだ。
ここでハク以外を選べば母は悲しむだろう。仕方ない選択としても、恋が実ることはなかったということだから。
出来れば母を悲しませることはしたくないし、ハクを諦めたくもないが、やはり決めなければならないのだ。
さて、どうしたものだろう……。
「こほっ、こほっ……!」
「母上、大丈夫ですか?」
「え、ええ、大丈夫よ。ちょっと胸が苦しかっただけ」
胸を押さえながらせき込む母。
今日は調子が良くないのだろう、時には血を吐くこともある咳だ。
伴侶の事も気にはなっているが、私が一番気にしているのは母の事だ。
母は体が弱く、一人で出歩こうものなら行った先で倒れて使用人達の顔を青ざめさせる結果になる。
一応、これでも色々と手は尽くしているのだ。
各地から高名な治癒術師を呼んでは治療を頼んでいるし、万病に効くとされる万能薬も何度も試した。
けれど、結果は変わらない。治療を施された直後は調子が良くなっても、しばらくすればすぐに体調を崩してしまう。
恐らく、体質の問題なのだろう。呪いではないかと疑ったこともあったが、看破魔法を用いても呪いの証である紋章はどこにも見当たらなかった。
病気を患い、治癒してもまた別の病気を患う。そんな無限ループを死ぬまで繰り返すことになる。
どうにもできないのが歯がゆくてしょうがないが、最近になって一つの解決法があることに気が付いた。
「……母上、もし、常に病気を引き受けてくれる人がいたら、どうしますか?」
「はぁはぁ……そうね、わざわざ病気を引き受けてくれる人なんていないでしょうけど、もしいるのなら助けてほしいわね」
病気を引き受ける。そんなことは通常ではありえない。
しかし、それができる人物を私は知ってしまった。
ハクが匿っているというユーリと言う少女。彼女は、ユニークスキルで他人の怪我や病気をその身に引き受けることができるというかなり変わった能力を有しているのだという。
その力は絶大で、極度の寝不足に陥っていたミスティアを一瞬にして覚醒させたほどだ。
彼女であれば、母の病も引き受けられるはずである。
しかし、この選択はあまりとりたくなかった。
なぜなら、母の体の弱さは病気ではなく体質だから。
仮に今患っている病気を引き受けてもらい、母が治ったとしても、結局体質は変わらない。今までと同じように、しばらくすればまた病気を患うことになるだろう。
その度にユーリに引き受けてもらう? そんなことできるはずがない。
どう考えても、ユーリが病気を治すよりも早く母の方が先に病気になるし、その度に移していたらユーリは病気まみれになってしまう。
それをやるくらいだったら、高い治療費を払ってでも治癒術師にお願いする方がましだ。
それができないのは、そんな頻繁に呼べないから。
一番いいのは、凄腕の治癒術師がこの国の専属治癒術師になってくれることだが、そうそううまく事は運ばない。
そういう人材は引く手数多であり、すでにどこかの国に所属しているのが普通だ。
他国の治癒術師を何度も呼び出すなんて明らかに借りを作る行為だし、何度も使える手ではない。
だからこそ、病を引き受けられるという能力を持つユーリはまさに希望のように思えたのだ。
「……調子が悪いようですし、今日はこの辺りで失礼します。どうかお大事に」
「ええ、またね、アルト」
ハクの友人であるユーリを使い潰してまで母の病を治そうとは思えない。私にとって母は大事だが、ユーリもまたハクの大事な人だから。
できることなら誰も傷つけない方法で、いつか母の病気を治してあげたい。
願わくば、そんな夢のような方法が出てくることを祈るばかりだ。
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