幕間:ネタを探して3
主人公の友達、カムイの視点です。
「アンナちゃん。夢を見せるのが悪いこととは言わないけど、いつまでも起こさないのはよくないことだよ」
私は膝を折り、なるべく目線を合わせるようにして言った。
アンナちゃんはこの家を守るためにみんなに夢を見せている。だけど、両親がいなくなった時点でこの家はアンナちゃんのものではなくなってしまったのだ。
妖精として昇華されてまでこの家を守ろうとするのは立派なことだと思う。けれど、それで人を永遠の眠りに落としてしまっていては、それはもう殺人と変わらない。
まだ小さな子供であるアンナちゃんが納得してくれるかどうかはわからないけど、なるべく丁寧に説明して上げた。
「アンナちゃんだって、人を殺しちゃうのは嫌でしょう?」
『殺してないわ、殺してないわ。私は夢を見せているだけ。幸せいっぱいな夢の中。みんな幸せだと言っているわ』
「それはそれが夢だと気づいていないからじゃないかな。夢だとわかっていたら、きっと起きたいと思うはずよ」
『そんなことないわ、そんなことないわ。みんな夢の中が幸せなの。私はみんなに優しくしたいから、悪夢は見せないの』
「本人は確かに幸せかもしれない。けれど、その人がいなくなることによって悲しむ人もたくさんいるわ。それに現実で幸せを掴もうとしてた人もたくさんいるはずよ。それでも幸せだと言える?」
『ええ、ええ。不幸な人がいるのなら私が夢を見せてあげるわ。私はみんなに幸せになって欲しいもの』
やはり、話が通じない。
話せているようで全く話がかみ合わないこの感覚、なんかもやもやする。
アンナちゃんの理論では、夢を見せることはその人を幸せにする行為で、悪いことではないという認識らしい。
確かに、夢を見た時に、もっとこの夢を見ていたいと思う時はある。けれど、だからと言って現実を手放してまで欲しいとは思わないだろう。
これは犠牲者達を助けるのは無理だろうか?
そもそも、生きているかどうかもわからない。アンナちゃんの中に取り込まれているようだし、仮に体があったとしても何年も栄養を取っていない状態なのだから干からびてるんじゃないだろうか。
最悪、私だけでも脱出できる方針に切り替えた方がいいかもしれない。
『楽しい、楽しい。お喋りしたのは久しぶり。カムイはとても素敵な人。お礼に一杯夢を見せてあげるわ』
「い、いや、私は結構よ。私にはやるべきことがあるの、こんなところで寝てられないわ」
『夢を見ましょ、夢を見ましょ。夢の中なら何でも叶うわ。カムイの叶えたい夢はなあに?』
「私の夢……」
私に夢は特にない。
この世界に転生してきた時に思ったことはお金持ちになりたい程度のものだったし、その願いはすでに叶えられている。
今だったら、ハクを振り向かせたいってことだろうか。
ライバルは多いけど、私は洗脳にも屈しなかった絆がある。経緯はあれだったけど、親友と名乗ってもいいとは思っている。
でも、叶うことなら、もっとハクと深い関係になりたい。
『素敵な夢ね、素敵な夢ね。叶えてあげるわその願い。夢の世界へご招待』
「ちょ、待っ……」
抗議する間もなく、私の意識はぷつんと途切れた。
目を覚ますと、そこはとある部屋のベッドの上だった。
あれ、なんでこんなところにいるんだっけ?
思い出そうとしても頭に靄がかかったように思い出せない。
「カムイ、どうしたの?」
うんうん唸っていると、不意に声をかけられた。
そこにいたのは私の親友であるハク。寝起きなのか、パジャマのままであり、少し眠そうな目を擦っている。
「は、ハク? なんでこんなところに」
「? なんでって、同じ部屋で寝てるんだから当たり前でしょう?」
こてんと首を傾げて不思議そうな顔をしているハク。
同じ部屋……そうか、私達は同棲しているんだっけ?
そうだそうだ、何もおかしなことはない。ちょっと寝ぼけていたのかな?
「そ、そうだったわね。ごめんなさい」
「変なカムイ」
そんなことを言いながら、てきぱきと着替えていくハク。
私が見ているにも拘らず隠そうともせず、あられもない姿を晒している。
だけど、それもいつもの光景であり、私だって何度もハクに自分の裸を晒している。
今更お互いの裸を見たところで恥ずかしがるようなことじゃない。
「今ご飯作るから、ちょっと待っててね」
そう言ってキッチンに立つ。
私はその様子を眺めながら、体の調子を確かめた。
すこぶる調子がいい。健康な体である。
ここにハクの絶品料理が加わるのだから、今日の好調は約束されたようなものだ。
出来上がった料理を二人で囲みながら食べる。
時折、感想を聞かれて美味しいと返したり、食べさせ合いをしたり、見る者が見ればなんと甘々な空間かと思うことだろう。
私とハクはラブラブなのである。サリアにもエルにも負けない、私だけを見てくれるのだ。
「カムイ、愛してるよ」
そう言ってキスしてくるハクを抱きしめる。
私は世界一の幸せ者だ。
何も変わらない幸せな日常、永遠に続いてほしいと思う日常。私はすっかりその魅力にはまってしまっていた。
朝起きればハクがいて、ご飯を食べる時もハクがいて、夜寝る時もハクがいる。
ハクが常に私の事を想ってくれている。それだけで私は幸せだった。
向けられる笑顔を当たり前のように享受し、欲望のままに貪り食う。そして、それを許してくれるハク。
何もおかしくない。そんな日常。
……本当にそうか?
ハクは親友である。出来ることなら、親友以上の関係が欲しいと望んでいた。
けれど、この違和感は何だ?
ハクはこんなに表情が動いただろうか? 他の事をほっぽり出してまで私だけを見てくれるような人だったか?
答えは否。これは私の理想に過ぎない。
これはアンナちゃんが見せた夢の中、どんなに現実と似ていても、確実に違うことがある。
私は確かにハクの事が好きだ。出来ることなら独占してやりたいとも思った。
けれど、そんな私を叱責もせず、諭すこともせず、笑うこともなく、素直に受け入れてくれる人は、もはやハクではない。
これは私の妄想が生み出した幻のハク。私が欲しいのはこんなハクじゃない!
『……ッ!?』
その瞬間、ぱりんとガラスが割れるように世界が砕け散った。
気が付けば、元の屋敷の玄関へと戻ってきている。目の前にはアンナちゃんが驚いたような顔をして呆けていた。
『……驚いたわ、驚いたわ。夢の世界から抜け出したのはカムイが初めてよ。どうやったの?』
「……ただ、現実との乖離に気付いただけよ」
アンナちゃんの夢はその人の理想を体現してくれる。けれど、それはあくまで理想であって本当に欲しいものとは限らない。
もちろん、あんなハクもありだとは思う。けれど、少なくともハクの無表情が崩れまくっているのはおかしなことだと認識できた。
感情豊かだからハクじゃないと気づくっていうのもどうかと思うけど。
『なぜ? なぜ? 夢の世界はお嫌いなの?』
「……確かに心地いい夢だったわ。けれど、それは私の手で掴み取るべきものなの。アンナちゃんに与えられるものじゃない」
夢は自分で掴み取ってこそだと思う。誰かに与えられただけの夢なんて、きっと簡単に崩れ去ってしまう。自分で掴むからこそ、胸を張って夢を叶えたと言えるのだ。
「悪いけど、私はアンナちゃんのものにはならないわ。帰してくれる?」
『さみしいわ、さみしいわ。せっかくお友達になれると思ったのに、嫌われてしまったわ』
「……別に嫌いになったわけじゃないわ。アンナちゃんの寂しさの原因、なんとなくわかったしね」
アンナちゃんは病で倒れた後妖精となった。そしておそらく、両親を取り込んだ。
なぜそうしたかと言えば、両親がそれを望んだんだろう。アンナちゃんとずっと一緒にいたいという両親の夢をアンナちゃんは叶えた。
けれど、それは結局夢の中の話。アンナちゃん自身を見てくれるわけではない。
両親が幸せだからそれでいいと思っているのかもしれないけど、それはあまりにも悲しい話だ。
「私が友達になってあげるから、元気出しなさい。子供がそんな顔をするもんじゃないわ」
『いいの? いいの? カムイは夢がお嫌いなのよ? 私はカムイと友達になれるの?』
「別に嫌いなわけじゃないってば。そうね、きっちり起こしてくれるのなら、また夢を見てあげてもいいわよ」
『ほんと? ほんと? また遊びに来てくれるの?』
「ええ、もちろん」
本当はそんなことしたらかなり危険なことはわかっているけど、この子を放っておいたらいずれ討伐されてしまう気がする。
ただただ甘えたいだけの子供相手にそれではあまりにも残酷だろう。
私程度が役に立つのなら、友達になるくらいどうってことはない。
それに、ハクなら絶対に見捨てはしないだろうしね。
「これからよろしくね、アンナちゃん」
『ええ、ええ。よろしくなの、カムイ』
こうして、奇妙な噂の呪いの屋敷の調査は終わった。
けれど、これをネタとして提供するのはどうだろうか。
アンナちゃんの事が周知されれば、それこそ討伐されかねないし、友達を売り渡すようなことはしたくない。
でも、必ず起きれると保証した上で、理想の夢を見せてくれるというならあるいは?
どちらにしろ、この話はまだしない方がいいだろう。だから、また新たなネタを探さなければならない。
まあでも、いい夢を見させてくれる友達もできたことだし、結果的にはプラスかな。
感想ありがとうございます。




