幕間:ネタを探して
主人公の友達、カムイの視点です。
私は今、中央部の外れにある寂れた屋敷へと来ている。
この屋敷はいわゆる曰く付きの物件で、過去に住んでいた人達は皆謎の失踪を遂げているとか言うよく聞くような呪いの屋敷だ。
なぜこんなところに来ているのかと言えば、ネタを探すためである。
とある休みの日、私はハク達の好意でハクの家で勉強会をさせてもらうことになった。だが、私のうっかりによってインク壺を倒してしまい、自称記者であるキーリエのネタ帳を台無しにしてしまったのだ。
その謝罪のためにキーリエが要求したのはネタ探し。何か大きなスクープを手に入れたら許してあげると言われた。
だがしかし、学園内の噂はほとんど網羅されつくしており、新たな噂を探そうにもスクープと言えそうなものはなかなか見つからない。それに、大抵の場合はキーリエがすでに見つけているものばかりなので、私の出番がなかった。
だから、少し足を延ばして王都にまつわる何かしらの噂話を探し、それを提供することで許しを得ようと思ったわけだ。
「ここが噂の幽霊屋敷ね。見た目は結構綺麗だけど、誰か手入れでもしてるのかしら」
この屋敷に関する噂はギルドで聞いたものだ。
ギルドの冒険者は薬草採取や魔物討伐以外にも町の人の頼みを聞いてお手伝いのようなことをやることもある。もちろん、貴族から依頼されることもあり、その依頼で中央部に足を踏み入れた冒険者達が貴族達から聞いた話を酒場の席で話しているのを聞いたわけだ。
曰く、その屋敷に住んだ者は皆謎の失踪を遂げている。入った者も同じく謎の失踪を遂げる。実は失踪しているのではなく家に取り込まれているのだ。などなど。
信憑性の欠片もない話だが、火のない所に煙は立たぬ。もしかしたら、何かしらのネタになるかもしれない。
そう思ってきたわけだけど、今は誰も住んでいないはずなのに妙に小綺麗というか、荒れてない。
もっとこう、おどろおどろしい見た目を想像してたんだけど、もし誰かが管理してるんだとしたら噂も当てにならないな。
まあ、ここまで来た以上は実際に入ってみて調べるけどね。
「さて、中は……中も綺麗ね。このまま生活できそう」
調べによると、最初の持ち主は下級貴族の一人で、陞爵したことをきっかけに土地を買い、この屋敷を立てたそうだ。
門にもそれなりに近く、当時はお店も近くにあったので割と立地はよかったし、貴族間の関係も良好でとても引っ越しを考えるようには見えなかったけど、数年後に家族とともに謎の失踪を遂げたらしい。
その後、売りに出されて下級貴族や大商人達が住むようになったが、やはりしばらくして失踪している。
最近では、調査のために入った冒険者や、面白半分で入った貴族の子息なども行方不明になるなど結構大事になっており、取り壊しも検討されたようだが、解体のために中に入った業者すら行方不明になるという事態が起きて、手が出せない状態になったようだ。
さらに言うならば、何らかの結界が働いているのか、外から攻撃を仕掛けても何かに弾かれてしまうようで、被害覚悟の解体すらできない始末。
以後、呪いの屋敷として敬遠され、周囲の家も次々と転居し、ここにぽつんと一つだけ屋敷が残ったというわけだ。
「まあ、状況から考えて、多分あれよね。シンカーハウス」
シンカーハウスとは、山奥や森の中にぽつんと建っている屋敷の事で、別名人喰い家とも呼ばれている。
その特徴としては、家に入った者をもてなし、この居心地のいい場所にずっといたいと思わせる。そして、その願いを口にした瞬間、その人は家に吸収され、望み通りずっとこの場所にいられるようにする、と言うものである。
その正体は謎に包まれており、家形の魔物なのか、それとも家に住み着く目に見えない生物なのか、あるいは精霊の悪戯なのか、色々と議論がなされている。
まあ、シンカーハウスの存在はあまり知られておらず、議論してるのは聖教勇者連盟くらいなものだが。
討伐する方法はわかっていないが、対処法は至って簡単である。
家が仕掛けてくるもてなしを一切受けないことだ。
食事やベッド、お風呂など、あの手この手でもてなそうとしてくるが、それらすべてを拒否してしまえばシンカーハウスは襲ってこない。
一応、少しくらいならもてなしを受けても問題はないが、もてなしを受けるというのが一種の洗脳行為のようなものなのか、もてなしを受けた人はもれなくずっとこの場にいたいと思うようになってしまうらしいので迂闊に受けてはいけない。
そもそも入らなければただの家だしね。出現する場所も森とか山の中だし、大抵の場合は誰の迷惑にもならないので放置もありだ。
ただ、今回の場合はちょっと問題がある。
「なんでこんな町のど真ん中にシンカーハウスが出現したのかしら」
出現原理はわかっていないが、出現する場所は大抵人気の少ない場所と決まっている。なのに、今回出現したのは町中、しかも、作ったのは人間である。
調べた限りだと最初の数年は問題なく暮らせていたようだし、シンカーハウスとなったのはしばらくしてからだろう。
では、なぜただの家がシンカーハウスになったのかと言う疑問が残る。
住んでいた貴族が呪術的なことにでも手を出した結果、偶然シンカーハウスとなってしまったとか?
一応、人に魔物の力を与えるっていう禁術は存在しているらしいけど、もしその類だとしたらその貴族やばいな。
「とにかく、色々調べて回ってみましょ」
私はそれぞれの部屋を回ってみる。
思ったことは、どの部屋も妙に生活感があるということだ。
寝室のベッドシーツは起きてからそのままにしたような乱れ具合だったし、テーブルの上にはわずかにお茶が残ったカップが置いてあったり、浴室は扉を開けた瞬間湯気があり、浴槽にも熱いお湯が入っていた。
でも、これはシンカーハウスの特性を考えると少しおかしい。
これがシンカーハウスなら、食堂に行けば食事が用意されていて、浴室に行けばお湯が張ってあり、寝室に行けばきちっとベッドメイクされたベッドが置いてあるはずである。
浴室はともかく、その他の点ではまったく特徴に当てはまらないのだ。
「どういうこと? まさか、シンカーハウスじゃないとでも?」
入ってきた者に最大限のもてなしを、と思っていると思われるシンカーハウスが生活感なんて残すわけない。少なくとも、今まで見てきたシンカーハウスはそうだった。
考えられる可能性としては、ついさっきまで別の誰かがいて、取り込まれた直後とか?
私がすぐに入ってきたから片付けが間に合わず、妙な生活感が残ってしまったってこと?
なんか、それはそれでおかしい気もするけど……。
「もう少し調べてみる必要がありそうね……」
まだ部屋をざっと見て回った程度である。まだ決めつけるには早い。
もしかしたら、以前住んでいた貴族の手記とかが見つかるかもしれないし、それを読めば何かしらの事情が呑み込めるかもしれない。
これ、ちゃんとネタになるかなと不安になったけど、まあ何とかなるでしょう。
私は落ち着いて部屋を調べ始めた。
感想、誤字報告ありがとうございます。




