第六十一話:四重魔法陣
迫りくるオーガの大軍を殲滅するべく行動を起こす。
敵の背後に回るための護衛にお姉ちゃんが志願してくれたけど、では前線の人達を避難させる人はどうしようと考えていると、不意に肩を叩かれた。
「ならその役目、俺が引き受けるっすよ」
振り返ると、そこにいたのはゼムルスさんだった。
大きな弓を手に抱えているが、腰にある矢筒にはすでに矢はなく補給もされていないようだった。
「この通り今は役立たず状態なんでね、仕事があるならそれが一番でさぁ」
そう言ってニッと笑って見せる。
いつから聞いていたか知らないが、そう言ってくれるなら心強い。
改めてゼムルスさんに事情を説明すると、快く了承してくれた。
「ギルドマスターに話を通して下がらせやしょう。なあに、サフィさんの名前を使えば簡単でさぁ」
「よろしくお願いします」
「おう。嬢ちゃんもあんまり無理するんじゃねぇっすよ?」
そう言って足早に去っていく。
さて、せっかく協力してくれたのだ、こちらも手早く準備しよう。
お姉ちゃんと頷き合うと、お姉ちゃんが私を抱きかかえる。
足に身体強化魔法をかければ一緒に走れるかもしれないけど、無駄な消耗は避けたいし、こっちの方が早いだろう。
すぅっと息を吸い込む。一呼吸置いた後、颯爽と駆けだした。
狙うは敵陣左側、比較的敵の数が少ない場所だ。
敵が少ないと言っても全くいないわけではない。突貫してきた私達に向かってオーガの棍棒が振るわれる。
私を抱えている以上、いつものように素早くは動けない。だけど、それでも攻撃を回避するくらいだったら十分なようだ。
ひらりと攻撃をかわし、どんどん突っ込んでいく。
「え、サフィ様!? どうしてこちらに!?」
「ミーシャさん、前線の人を下がらせて、私とハクが何とかして見せるから」
途中、ミーシャさんの姿が目に入った。
素早い動きに慣れているためか私達に気付いたようで、素っ頓狂な声を上げている。
だけど、詳しく説明してる時間はない。追ってゼムルスさんから指示があるだろうし、簡単に説明しただけですぐに走り去る。
迫りくる魔物の群れをかわし、飛び越え、突き進む。この調子なら予定通りに着けそうだ。
私はふと周囲の景色を観察する。目に身体強化魔法をかけているおかげで高速移動の最中でもよく見えた。
実際に前線に出てみると後衛にいた時には見えなかったものが見えてくる。その一つが地面に散らばっている無数の魔石だった。
最初はただの石かと思った。しかし、何匹かの魔物がそれを拾い上げては口に運んでいる。魔力も感じるし、魔石で間違いない。
なんでこんなところに魔石がと思ったが、すぐに心当たりを見つけた。
魔石の使用目的は魔道具の材料や魔法の触媒の他に魔物寄せの効果がある。
魔物は魔石の持つ魔力に惹かれ、本能的にそれを取り込もうとする習性があるからだ。
本来はダンジョン内で行われる狩りの方法だけど、これだけの魔物がいる中で魔石がばらまかれていたら魔物はその魔石の足跡を追うだろう。
どうやって魔物を王都に引き付けているのか疑問だった。だけど、これでその理由がわかった。
奴らは魔石を魔物寄せとして使用し王都に魔物を引き付けていたのだ。
ある程度王都に近づけば、人の気配に反応して勝手に王都に攻めてくれる。奴らの目的は魔物による王都陥落と見ていいだろう。
ここまで王都に近づいてしまった以上、今更魔石を取り除いても意味はないだろう。広範囲に広がっているようだし、それらすべてを戦いながら回収するのも不可能だ。
当初の予定通り魔法で殲滅するしかない。
しばらくして、ようやく敵の背後に出る。積極的に人を襲う魔物ではあるが、背後にいるのは低位の魔物ばかりでそこまで脅威はなかった。
お姉ちゃんは私を下ろすと即座に魔物を切り伏せていく。しばらくは身の安全を考える必要はないだろう。
「アリア、ちょっとだけ手伝ってね」
『もちろん。ハクのためならいくらでも』
範囲魔法を放つと言っても、私一人でできる範囲は限られている。アリアの力は必要不可欠だ。
私は範囲魔法の魔法陣を思い浮かべる。
イメージするのは荒れ狂う激流。すべてを飲み込む巨大な波。何者をも飲み込む水の咢だ。
複雑な魔法陣が浮かぶ。範囲魔法は魔力、精度ともにトップクラスの魔法だ。複雑な分、改変は難しい。だけど、不可能ではない。
地面に魔法陣を書き写し、いらない部分を削除していく。
今回は形はそこまで拘らなくてもいい、大きな水の奔流を起こせれば後は勢いが何とかしてくれる。それに精度もそこまで必要ない。精度が甘くなれば威力が分散していくが、今回はより広い範囲を攻撃したいからある程度分散してくれた方が好都合だ。最低限霧散しない程度の精度を保つ。
それを二重魔法陣で魔力の軽減を施す。空いた部分を威力を高める文言に変え、二つの魔法陣を埋め尽くしていく。
だけど、それでも足りない。前方に見える魔物の群れを蹴散らすにはこれでは足りない。
私はさらに隣に魔法陣を付け足す。二つの魔法陣で足りないなら三つ使えばいい。それでも足りなければ四つだ。
ひたすら威力を高め、それらをパイプで繋いでいく。
やがてそれが描き終わると、すっくと立ちあがった。
理論上はこれで行けるはず。流石に四重魔法陣なんて試したことないけど、これくらいしなければ奴らは倒せない。
スゥっと息を吸い込み、吐き出す。目に掛けた身体強化魔法と探知魔法を解除し、素の状態になる。
「ハク、まだ……」
敵を切り伏せていたお姉ちゃんがこちらを向いた気配がした。
私は目を閉じ、手を前に掲げ、集中している。その姿を見て、お姉ちゃんは察してくれたようだった。
前線の撤退はすでに始まっているようだった。敵の足並みが早くなっている。
結構無茶なお願いだと思っていたけど、無事にやり遂げてくれたらしい。おかげで心置きなく魔法を使うことが出来る。
描き上げた魔法陣を強くイメージする。四重ともなると複雑すぎて苦労するが、気合で構築を促す。
少しして、掲げた手の前に四つの魔法陣が出現した。青く光り輝くそれは、ゆっくりと回転している。
もう一度息を吸い込み、今度は止める。そして、魔法陣に魔力を流し込んだ。
「吹き飛べ!」
裂帛の気合と共に放たれた言葉に乗って洪水の如く水の奔流が出現する。
それは魔物達を容易に飲み込み、攫って行った。
激流の中悶える魔物はその過程で手足が吹き飛び、あるいは溺れ、次々に力尽きていく。
さらに、追い打ちをかけるが如く地面に散らばっていた魔石が力を解放していった。
強力な魔法に反応し、触媒としての務めを果たそうと魔力が放出されていく。
それを吸収し、波はさらに高く、大きくなっていく。
あっという間に先頭まで辿り着いた波はオーガを一匹残らず飲み込んだ。
誤算だったのはそれだけに留まらず、外壁にまで辿り着いてしまったことだろう。
距離があったために威力が減衰され、破壊するまでには至らなかったが、一歩間違えば町を飲み込んでしまうところだった。危ない危ない。
しばらくして波が引いていく。
先程まで魔物の群れが犇めいていた場所には、抉れた地面と死屍累々の魔物達の姿があった。