第五百六十四話:最高の思い出
それからもロニールさんの質問は続き、いつの間にかこの薬がいかに有用かという話がお客さんの間で始まった。
さっきまでは神星樹の実を欲しがって話を聞きすらしなかったのに、凄い手の平返しである。
もちろん、これはロニールさんのおかげだ。
ロニールさんは言葉巧みにこの薬のセールスポイントを洗い出し、それをあえて説明することによってこの場にいる貴族や商人達に凄さを印象付けたのだ。
最初は騒がしかった会場も今では別の意味で騒がしくなっている。
ついにはぜひともこの薬と装置を買い取りたいという人も出てきて、誰が買い取るのかと言う争いまで発生した。
研究室で作ったアイテムは、お客さんが望めばその場で値段を決めて売ることもできる。もちろん、ただで配布することも。
今までもそういったことは行ってきたし、別に買い取るという行為自体は問題はない。
ただ、今回の場合、数が用意できないというのがネック。
効果を落としたプロトタイプはあるものの、そちらはせいぜい軽度の病を治す程度。重病人に使ったのなら恐らく数か月単位で使い続けないと治らないんじゃないだろうか。場合によってはいくらやっても治らない可能性もある。
もちろん、それでも稼働時間は1年ほどあるし、十分ではあるのだが、人の多い町とかで使った場合キャパオーバーを引き起こしかねない。
しかし、それでも人の少ない村などでは有用だし、作成コスト的にもこっちの方が安く提供できるので、プロトタイプの方を欲しがる人が出てきた。
質問されることがあったら出そうと思っていたプロトタイプの話が出来てヴィクトール先輩も嬉しそうである。
ただまあ、プロトタイプの方が作りやすいとは言ってもまだ数は用意できていないので、結局待ってもらうことになるのだが、こちらは神星樹の種を使わないので十分量産できる可能性がある。
ただ、ヴィクトール先輩は今年で卒業してしまうので、研究室が大っぴらに使えなくなる。素材の調達も工房の用意もせねばならず、作るのには多少の時間がいることになる。
そういう話をしたら、王都に住む貴族が工房も材料も用意しようと言ってくれて、ヴィクトール先輩は魔法薬師として就職することが決まった。
一応これは専属ではなく、スポンサーを貰ったヴィクトール先輩の店である。言い出した貴族の人も多くの人を救ってほしいと独占はしないことを約束し、晴れてヴィクトール先輩は夢だった魔法薬師の道を歩み始めることになった。
その他、他の貴族達や商人達にもでき次第納品することを約束し、長く感じた発表は終わった。
「ロニールさん!」
発表が終わり、お客さんが去っていく中、一緒に去ろうとしていたロニールさんをヴィクトール先輩が引き留める。
今回の発表は間違いなくロニールさんのおかげでうまくいった。ロニールさんがいなければ、また神星樹の実の話で発表がうやむやになり、あまり周知されることなく幕を閉じていたことだろう。
商人なのにあえて儲けを独占しようとせず、この場で他の人達に売り込むことによってヴィクトール先輩に店とお金を用意してくれた。
あの時薬の有用性に気付いていたのはロニールさんだけっぽいから後でこっそりと交渉して融通してもらえば大きな利益になっただろうに。やっぱり、ロニールさんは優しい人だと思う。
お礼をしないといけないね。
「仲裁から売り込みまで何から何までありがとうございました。あなたがいなければ、私達の最高傑作はただの学生のお遊びとして切り捨てられていたことでしょう。あなたは私の、そして魔法薬研究室の恩人です」
「そこまで言われると照れるな。俺はただ、こんな素晴らしい魔法薬を作った君達を称えてちょっとお膳立てしたに過ぎないよ。認められたのは君達の努力のおかげさ。だから胸を張るといい」
「このご恩は一生忘れません。必ずや、何らかの形でご恩を返させていただきます」
「はは、俺はただの行商人だからね。その素晴らしい魔法薬を少しばかり融通してくれればそれでいいよ」
ちゃっかり融通してくれと頼むあたりしっかりしてると思う。
まあ、それもロニールさんらしいと言えばそうだけどね。
「それじゃあ、俺はその魔法薬が売り出されるまでしばらく王都にいるから、数が用意できたら連絡を頼むよ」
「もちろんです。誰よりも早くお伝えいたします」
そう言って、ロニールさん達は去っていった。
結局、神星樹の種まで使った最新式より、それより少し劣るプロトタイプの方が売れることにはなってしまったけど、この最高傑作があったからこそ、その凄さがより伝わりやすくなったんじゃないかと思う。
良くも悪くも神星樹の種は悪さをしたけど、最終的には丸く収まってよかった。
「みんな、ありがとう。こうして発表会で発表できたのはみんなのおかげだ。私はみんなのことを誇りに思う」
「ヴィクトール先輩のためならー、どこまでもついていきますよー」
「同じ研究室の仲間ですからね」
落書きレベルの理想から始まった今回の魔法薬作り。
色々と無茶な素材を要求されたりもしたけれど、最終的には完成させることができ、こうして発表会で発表することができた。
知名度としては、最後に来た十数人程度しか知らないだろうけど、彼らが使い始めればいずれ知名度は上がっていくことだろう。
いつの日か、すべての村や町にヴィクトール先輩の作った装置が並ぶ日も来るかもしれない。
そう考えると、ちょっとワクワクするね。
「ミスティア君、ハク君、サリア君、エル君、テレス君、ロキシー君、マーク君」
ヴィクトール先輩が私達メンバーの名前を読み上げる。
そして、精一杯の笑顔でこう言った。
「最高の思い出をありがとう」
今年で卒業するため、ヴィクトール先輩が残すイベントはもうない。せいぜい、期末テストがあるくらいだろうか。
三月まではいるだろうが、それまでの期間は就職に向けての準備で忙しく、まともに研究室に来れることはもうないだろう。
魔法薬研究室のリーダーとして常に私達の事を考え、真面目に研究し、出来うる最高のパフォーマンスで発表会に臨んできたヴィクトール先輩。
もういなくなってしまうと思うと寂しいが、別に今生の別れと言うわけではない。
あの貴族が言うには工房は王都に用意するようだし、会おうと思えばいつでも会うことはできるだろう。
私達にできることは、ヴィクトール先輩が愛したこの魔法薬研究室を守り抜くことだ。
「ヴィクトール先輩」
そんな中、ミスティアさんが一歩ヴィクトール先輩に近づく。
いつもの間延びした口調ではなく、きっちりと真剣な表情で向かい合うその姿は、何かを決意したような表情だった。
私はそれを見て、後輩達を連れて教室の外へと向かう。
これまでの行動からして、ミスティアさんがヴィクトール先輩に気があることは見て取れた。
最高の形で発表会を終え、結束が深まったタイミング。ここで想いを伝えなきゃいつ言うんだって話だ。
私はそんなミスティアさんの決意を邪魔するつもりはない。だから、静かに去るのみだ。
「頑張ってくださいね、ミスティアさん」
小さくそう言い残し、廊下に出る。
窓の外を見てみれば、すでに日が暮れ始めている。
色々とトラブルはあったけど、結果的にはいい一日だったと言えるんじゃないだろうか?
私は沈んでいく夕陽を見ながら、今日までの充実した日々の事を想った。
感想ありがとうございます。
今回で第十六章は終了です。数話幕間を挟んだ後、第十七章に続きます。




