第五百六十三話:ようやく掴んだ手応え
発表はこれまでと同じように静かな立ち上がりとなった。
この魔法薬を作るに至った経緯、実験方法、使った素材、実験によって得られた結果などを資料も交えてなるべくわかりやすく説明する。
本来、発表ではまず発表者が持ち時間内に説明を終え、残った時間で質問を行い、それに答えいくという形が普通だ。
今までもだいたいそういう形式で行っていたし、他の研究室の発表でもそういう形が取られている。
ただ、今日ばかりはそれが守られたことはなかった。
なぜなら、神星樹の種の話が出た途端に貴族や商人達が騒ぎ出し、それ以上発表を続けることができなくなるからだ。
それほど神星樹の実と言うのは有用なアイテムであり、労せずして強くなれるというのは魅力的なようだ。
でも、私は一年ほどその実を食べていたわけだが、その伸び率はそこまで高くないように思える。
確かに魔力は増えた。旅に出る当初でも、今にして思えば宮廷魔術師に匹敵するのではないかと思われるほどの魔力量を持っていたように思える。
しかし、私が食べた総量を考えると、一個当たりの伸びはかなり悪いのではないだろうか?
仮に一年間に一日三個ずつ食べていた場合、約1100個くらいになる。実際にはそれより多く食べていた日もあったし、冬の間はアリアが外から取ってきてくれた普通の木の実を食べることもあったから実際のところはどうかわからないが、まあそのくらいだとしよう。
初め、私の魔力はほぼゼロに等しい状態であり、そこから宮廷魔術師級に至ったと考えると、量としては結構多いかもしれない。
具体的に数値化されていないのでよくわからないが、例えば多めに見積もって宮廷魔術師の魔力が一万くらいとしよう。
それだと、大体一個当たり9か10くらいになるはずだ。
ここに、魔力溜まりにいたことによる魔力の上昇率を加えることになる。上昇率がどれくらいかはわからないけど、そんなすぐには増えないだろうから低めに見積もって一割くらいと考えると、一個当たり8くらいになるだろうか。
で、今その実を欲しがっている人達は、金貨数十枚を出して一個を手に入れようとしている。
さっき求めた様に、一個当たりで上昇する量は8程度。平均的な魔術師の魔力が3000くらいだと仮定して、それが3008になったところで大して変わらないと思う。
つまり、そんな大金出してまで買うようなものではないんじゃないかと思うのだ。
もちろん、人によって変わるのかもしれないし、私の伸び率が悪かっただけかもしれない。そもそもの話、宮廷魔術師の魔力量が一万で、平均的な魔術師が3000程度なんてだたの想像でしかないしね。
でも実際、これを食べて力が強くなったと言っている人がいるからこんなことが言われているわけだし、人によっては急激に強くなることもあるのかもしれない。
まあ、それはさておき。
そういうわけで、今回の発表ではあえて素材の説明を後に回し、実験によって得られたデータを先に紹介し、最後に使われた素材について説明するという形を取った。
これならば、少なくとも発表自体は終えることができるし、きちんとこの薬について知ってもらえると思ったからだ。
まあ、効果のほどは薄そうだけどね……。
「神星樹の種だって!? そんな貴重なものを使っていたのか!」
「実は? 実はどうした!? まさか食べたのか!?」
案の定、その話を出した瞬間に貴族達が騒ぎ始める。
今までの話を聞いてなかったんだろうか?
確かに神星樹の実は凄いアイテムかもしれない。けれど、この魔法薬はそれよりももっと凄いものであるということに気付かないんだろうか?
確かに、貴族にとっては平癒魔法の魔法薬なんていらないかもしれない。けれど、皆自分の領地を持っていて、そこには民がいるはずだ。
その民を助けられるかもしれないという薬を前にして、なぜこうも無関心を貫けるのかがわからない。
自分の事しか考えていないのか? 自分が助かれば民はどうなってもいいと?
そんな人ばかりでないと信じたいが、この惨状を見ているとそうも言っていられないかもしれない。
やはり、この薬を見てくれる人はいないのだろうか……。
「その薬、長期間継続して使えるとのことですが、具体的にはどのくらい使えるのですか?」
そんな中、真っ当な質問をしてくれる人がいた。
目を向けてみると、そこには片手を上げたロニールさんの姿があった。
「おい、今はそんなことどうでも……」
「何をおっしゃいますか。この発表は魔法薬の発表ですよ? そんな食べるだけで強くなれるという迷信で場を乱すくらいなら、学生達が頭をひねって作り上げた魔法薬にこそ目を向けるべきではないですか?」
「ぐっ……」
ロニールさんの言葉に貴族達が黙りこくる。
本来なら、たかが行商人相手に貴族が引くことなどないだろうが、そのあまりの正論に二の句が継げなくなったようだ。
どうやら、神星樹の実を食べることによって強くなるというのは迷信レベルの話らしい。
あくまで、それを食べた人が後に成功を収めることが多いから食べるだけで強くなれる、と信じられているようだ。
私は実際に食べて、しかもそれによって強くなったから本当のことだってわかるけど、少なくとも一般常識ではその程度の話のようだった。
「それで、どうなんです?」
「え、あ、はい……。タンクが空にならないように常に水を供給する必要はありますが、最低でも10年は持つかと思われます」
10年と言うのは神星樹の種に含まれる魔力と薬に変換されている魔力の量を考えて、常に水を循環させ続けて水増ししていった場合このくらいは持つだろうという試算だ。
まあ、神星樹の種の魔力は膨大すぎて正確にどのくらいとは言えないからあくまで推定でしかないけど、この一週間弱使っても全く目減りしたように見えず、また効果も保障されていることを考えるとそのくらい持ってもおかしくはないと思う。
「最低と言うことは、もっと持つ可能性もあると?」
「はい。この装置はオンオフが可能ですので、使わない時はオフにしておけばその分長持ちするかと」
装置は主に銅で作られている。なので、経年劣化で錆びて行ってしまう可能性もあるので、実際に数十年使うことはできないかもしれない。
けれど、ヴィクトール先輩曰く、装置自体はそこまで難しいものではないので、部品を交換すれば連続使用も可能とのこと。
多分、錆びにくい金とかで作ればもっと持つんじゃないかな。まあ、その分お金がかかりそうだけど。
「なるほど。では、もしこれを販売する場合、いくらの値を付けますか?」
「……そうですね。素材の希少さや装置の材料も考えて、金貨100枚と言ったところでしょうか。そして、教会などのどこか大勢が利用する施設に置いてもらい、一回当たり銀貨1枚程度で使ってもらいたいと考えます」
材料費を考えた場合、神星樹の種がダントツで高く、金貨数十枚程度。その他、薬に使った材料は合わせても恐らく金貨2、3枚程度だろう。そして、装置を作るのに使用した銅はそこそこ安く、1キログラム当たり大体銀貨1枚くらい。装置に使った量を考えるなら多分小金貨2枚くらいじゃないだろうか。
そこに手間賃などが乗ると考えると、一個当たり大体金貨2、30枚くらい、多くても50枚くらいの利益かな?
ただ、これはあくまで自分でそのまま売った場合の話。店に置いてもらったりする場合、手数料を取られるから儲けはさらに少なくなるだろう。
一回当たり銀貨1枚で提供するってことは、一日当たり三人もくれば10年で取り返せる計算だし、かなり安いと思う。
低位ポーション一個と同じ値段と考えればその安さもなんとなくわかるだろうか。通常売られている万能薬が普通に金貨単位とかだから価値が暴落しそうである。
「ほうほう、それはそれは」
ロニールさんが意味深な笑みを浮かべて頷いている。
もしかして、自分で売りたいとか思ったんだろうか?
まあ、確かに画期的な薬であることは私も思っているが、今はまだ学生が作ったってだけの薬だし、本当に10年も持つのかどうかわからない。
信憑性がない間は金貨100枚も払ってまで買う人がいるとは思えないけど……。
でも、ロニールさんのおかげで他の貴族達も薬の有用性について気付き始めたようである。
これならばあるいは、注目されるかもしれない?
最後の発表にして手ごたえを掴み、少しだけ安堵した。
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