第五百六十二話:久しぶりに見る顔
それからも発表はあまり好調とは言えなかった。
確かに、ヴィクトール先輩の魔法薬は凄い。と言うか、多分魔法薬の域を超えているだろう。
装置の方だって画期的だし、世に送り出せば間違いなく役立つものだとは思う。
ただ、それを買うのは大抵の場合教会や大型の病院とかであり、万人受けする内容と言うわけではない。
例えば貴族ならば、大抵の場合はお抱えの治癒術師がいるものだ。たとえその人が一日一回しか平癒魔法をかけられないとしても、専属なのだから毎日かけることができるし、そうすれば大抵の病気は治るだろう。
だから、わざわざ高い金を払ってこんな魔法薬を買う必要はなく、あまり必要とされない。
商人としても基本的に相手にするのは個人だ。もちろん、教会や病院を相手に道具を売っている商人もいるとは思うけど、そんなに多くはないと思う。
そんなピンポイントな人材がこんなマイナー研究室に来るかと言われたらそんなことはなく、結局商人にもあまり見向きされないという結果になる。
救いなのは、この魔法薬を体験した人達が色々と宣伝してくれたことだろう。だからこそ、時間が経つに従って人はそれなりに増えていた。
見てくれる人が多ければいずれは興味を持ってくれる人が見つかるかもしれない。
「思った以上に反応が芳しくない。やはり、神星樹の種を使っているというのがネックなのだろうか」
「その話をするとー、みんな実の方に興味を示しちゃいますからねー」
神星樹の実に関しては色々な意見があった。
どうやって手に入れたんだとか、もし自力で採取したのなら場所を教えろとか、実をあるだけ買いたいとか、むしろ生徒が持つには不相応だからよこせとか、とにかく欲にまみれた意見が多かった。
そりゃ確かに、神星樹の実は食べれば能力が上昇すると言われている。その効果は私が実際に体験しているし、多分本当の事だろう。
私の場合は魔力が増えたようだけど、もしかしたら筋力が増えるかもしれないし、体力とかが増えるかもしれない。いずれにしても戦闘において役立つものばかりだし、そうでなくても労せずして力が手に入るのだから誰でも欲しがるだろう。
種は金貨数十枚だけど、実なら数百枚とか行くんじゃないだろうか?
まあ、買い取りたいと言った奴の最高額はこちらが学生だからと舐めているのか金貨100枚だったけど。
それなら神星樹の種のことを言わなければいいんじゃないかと言う話だけど、発表において虚偽を報告するのは禁止されている。
あえて言わないという選択肢はあるけど、それで薬に興味を持たれて使った素材を質問されたら結局同じことである。
一度保管していると言ってしまった以上、今更実はないんです、なんて言っても納得しないだろうし、どうしようもない。
「次の発表で最後か。みんなすまない、私の力不足だ」
「先輩のせいじゃないですよー。それに、それを言うならテキスト作成を手伝った私も同罪ですー」
もはや敗戦ムード。誰もがこの発表会は失敗に終わったと思っているようだ。
まあ、いつもは普段生活する上ではあまりお目にかからない不思議現象を引き起こす薬を作るとして注目されていたところを、いきなり病気の人のための万能薬を作りましたと言われたらそのインパクトも失われてしまうのはわかる。
魔法薬研究室に求められているのはエンターテイメントであり、真面目な薬の作成ではないのだ。
でも、そんなこと言ってたらいつまで経っても魔法薬の分野は進歩しない。
なくなっても問題ないものではなく、なくなったら困るものと言う地位を築きたい。
かつての栄華を取り戻せ、とまではいわないけど、多少なりとも注目してくれる人が増えてくれればいいなと思う。
「たとえふがいない結果に終わったとしても、みんなで作ったこの魔法薬は私の一番の誇りだ。最後の発表も気落ちせず、胸を張って発表していこう」
「「「はい!」」」
ヴィクトール先輩は凄い人だと思う。こんな時でも平静さを失わないのだから。
私も見習わないといけないね。
そんなふうにみんなの結束を深めていると、不意に教室の扉が開いた。
どうやらお客さんが来たようである。
「魔法薬研究室と言うのはここで合ってるかな?」
そう言って入ってきたのは、私もよく知る人物だった。
忘れもしない、私が初めて一人で旅を始めた時に助けてくれた優しい行商人。そして、すっかり冒険者としての風格が身についた護衛の冒険者。
ロニールさんとリュークさんの姿がそこにはあった。
「ロニールさん!? それにリュークさんも! お久しぶりです!」
「やあ、ハクちゃん久しぶりだね。二年ぶりくらいかな?」
「久しぶりだなお嬢ちゃん。全然変わらないな」
思わず駆け寄って挨拶をする。
カラバの町で別れた後は、一度対抗試合の時に再会したが、その時よりも少し老けたように思える。
しかし、それが逆に貫禄ある雰囲気を出しており、より行商人として磨きがかかったように思えた。
「ハクー、知り合いー?」
「はい、私の恩人で行商人のロニールさんと、護衛のリュークさんです」
「はは、恩人なんて、むしろ俺の方がハクちゃんに助けられてばかりだよ」
「まったくだ」
はて、助けたことなんてあっただろうか?
いやまあ、確かに最初カラバに送ってもらう時にはオークに襲われたからそれを退治したり、街道に出現したオーガを倒したりしたけど、せいぜいそのくらいな気がする。
むしろ、ロニールさんがいなかったら私はカラバの町に着く前に倒れていたかもしれないし、対抗試合の時も魔道具を売ってくれなかったら危うかっただろう。
助けられてるのはむしろ私の方だと思うんだけどな?
「それにしても、どうしてここに?」
「ちょうど行商ルートを回り終えたからね。それで王都に来たからハクちゃんに会おうと思ったら、発表会をやってると聞いたからきてみたんだ」
確かに、最後に王都で会ってからもう二年ほど経つからまた来てもおかしくはないか。
あれからどんな生活を送っていたんだろう。あのミスリル鉱石は売れたんだろうか。
店を持つのが夢だと言っていたから、その夢が叶えられるほどお金を蓄えてくれてたらいいんだけど、未だに行商を続けてるってことはそうでもなさそう?
まあ、ロニールさんが行商をすることで助かってる村もあるだろうし、今のままでもいい気はするけど、やっぱり夢は叶えて欲しいよね。
「それで、何を発表してるんだい? 魔法薬研究室とは聞いたけど」
「あ、えっとですね……」
私は簡単に発表しているものを伝える。すると、興味を持ったようにほうと息をついた。
「なるほど、それは興味深いね。ぜひ聞かせてもらうよ」
「はい、ありがとうございます!」
ロニールさん達がいるとなると下手な発表はできない。
まあ、別にいなかったとしても手を抜くつもりはないが、知り合いが見ていると考えると少し緊張する。
シルヴィアさん達ならまだ同じ生徒だしそこまで緊張はしないんだけどね。
ちなみに、シルヴィアさん達が所属する火属性魔法研究室では盛大な演舞が行われていて、結構な見応えがあった。やっぱり、主要研究室は違うね。
「それでは、時間となりましたので、我が魔法薬研究室の発表を始めたいと思います」
その後何人かの商人や貴族、生徒を迎え入れ、発表が始まった。
さて、うまく伝わってくれるといいんだけど。
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