第五百六十一話:不穏な発表会
それから毎日薬の散布を続けた結果、さらに四日後にはすべての人の病気の完治を確認した。
彼らの病気はいずれも治癒術師にすら見放された相当重篤な症状である。それを治療できたということは、この薬は万能薬として非常に高い効果を持っているということを裏付けるものだった。
いくら神星樹の種という希少な素材を使っているとはいえ、この効果は破格すぎる。間違いなく、オルフェス王国で最も優れた魔法薬だろう。
被験者となってくれた人達からも感謝の言葉を貰い、取れたデータを発表会で使うことも喜んで許可してくれた。
これで残すところは今日、発表会当日を乗り切るだけである。
「ヴィクトール先輩、資料の準備は大丈夫ですか?」
「もちろんだ。抜かりはない」
「装置もきちんと動きますよね?」
「ああ。ただ、実際に被験者を呼んで試す、と言うことは難しそうだが」
私は与えられた教室で発表の準備をしつつ、ヴィクトール先輩に問いかける。
今回の発表は今までの発表とは少し形式が異なる。
いつもならば、実際に魔法薬を調合するところを見せ、それを実験台役の人に使って効果を実証する、と言うのが流れだが、今回はそうはいかない。
なにせ、今回の魔法薬は調合が相当難しい。【鑑定】で微妙な変化を読み取り、最適なタイミングで混ぜ合わせて初めて効果が発揮される。
少しでもずれたら効果が落ちる以上、本番で調合するなら【鑑定】が使える私がやった方が確実だが、私がやるにしても今回はさらにそれを霧状に噴霧する装置まで付いてくるのでそこまではその場で即席で作るなんてことはできない。
さらに言うなら、平癒魔法の効果である以上、病気の人がいなければ効果を実証できないし、仮に被験者が見つかったとしても見た目にはわからないので効果を実感しにくい。
だから、絵面が凄い地味になってしまうのだ。
「うまく伝えられるかなー」
「そこは頑張るしかあるまい。これは私達が作り上げた最高傑作だ。何としても成功させてみせる」
この魔法薬はヴィクトール先輩の夢から作り出されたものだ。無理だと諦めていたものをミスティアさんが拾い上げ、その熱意を持って完成までこぎつけたまさに最高傑作。
多分、今後これほどの魔法薬は出てこないだろう。
そもそも魔法薬とはなくても問題はないけどなくなったらちょっと困る、程度のものであり、万能薬とはなりえない。
それが、どういう因果か万能薬が出来上がってしまったのだからやばいのはよくわかるだろう。
マイナーなものだからと決めつけられてこれが埋もれてしまうなんてもったいなさすぎる。
実際に披露することはできなくても、何とかして売り込みたいところだ。
「そろそろ時間だぞ」
サリアの合図で気を引き締める。
客の入りとしては五、六人程度。少なく思うが、マイナー研究室としてはこれでも多い方だ。
いずれも見知った顔が多いので、この研究室を懇意にしている貴族達なのだろう。
「さて、時間となりました。それでは、我が研究室の発表を始めたいと思います」
ヴィクトール先輩が挨拶し、発表を開始する。
まずはこの薬を作ろうと思った経緯だ。
魔法薬は昔こそ病気の対抗策として使われてきたが、いずれ魔法を使わない薬でもなんとかできることがわかり、また治癒術師の存在もあって徐々に数を減らしていった。
しかし、そんな魔法薬にもいいところはあって、魔法の安定化と言うものがある。
魔法薬は調合の最後に魔法を撃ちこんで完成するが、その際魔法の効果は薬の効果が発揮されると持続するようになる。
例えば変身薬の場合、通常の変身魔法が魔力依存で不安定なのに対し、変身薬ならば一定時間の間、魔力の消費なしに変身し続けることができる。
これにより、難しい魔法でも安定して効果を発揮できるようになるので、あえて魔法薬を使うという選択肢が出てくるわけだ。
今回作った平癒魔法も同じようなものであり、上級魔法で一日に連発できない平癒魔法を連続して使えるようにするというのは画期的な発明なのである。
それに、現在の医療の形態は治癒術師による負担が大きく、薬師が作る薬は高い。だから、お金のない平民は薬を貰えずにそのまま亡くなるケースが多い。
それを是正するという意味でも、この薬は素晴らしいものだ。
そう言ったことを説明したが、お客さん達は特に反応を示さずに静かに聞いていた。
まあ、基本的に貴族はいいものを食べている影響かあまり病気にはならないし、なったとしても治癒術師に頼めば済むだけの話なので、あまり実感がわかないのかもしれない。
「こちらがその装置になります。この部分から薬が霧状に噴霧され……」
装置に関しては完全に魔法薬研究室の範疇ではないと思うが、ヴィクトール先輩は器用なのかいつの間にかこの装置を作り上げていた。
まあ、もしかしたら誰かに手伝ってもらったのかもしれないけど、構造的にも結構凄いもののような気がする。
ただ、この装置かなり大型だ。
実験で運ぶ際は私とエルが協力して運んだからそこまで気にならなかったけど、その重量はかなりのものだ。
設置型なのだからそれでもいいかもしれないけど、販売するために運搬する時の苦労や動けないほど重症な人が治療を受けに来られないなど色々と問題点はある。
「素材には七色草にアメツユ草、その他各種……それに神星樹の種を使用しており……」
「何、神星樹の種だと?」
やはり神星樹の種のインパクトは強いのか、お客さんも反応していた。
ただ、あまりいい反応とは言えないかもしれない。
神星樹の種はかなりの希少アイテムだ。生息地が魔力溜まりにあるせいか、普通の人ではまず見つけることはできないだろうし、流通しているのは恐らく何らかの理由で魔力溜まりの外に生成された神星樹から取ったというくらいだろう。
多分、買えば金貨数十枚はくだらない。そんな代物を使ってまで作り上げる薬と言うのは必然的に数を用意できないということであり、買い手からしたらマイナス要素なわけだ。
「種があるということは実もあるのか?」
「は、はい、保管しておりますが」
「それはぜひとも買いたい。神星樹の実は不老長寿の効果もあるとされているからな」
挙句の果てに薬ではなく実の方に興味を示す始末。
確かに、神星樹の実は食べることで能力が上昇するとされている。不老長寿の効果もあるかどうかは知らないが、まああっても不思議ではない。
一番見てもらいたいものに目を向けてもらえず、希少な素材の方に目を付けられる。これほど屈辱的なことはない。
ヴィクトール先輩も平静を保ってはいるが、内心では多分動揺していると思う。
せっかくの画期的な発明なのに、なかなか理解してもらえない。
「金貨40枚でどうだろうか?」
「何を言う。それなら私が金貨50枚で買おう」
「ふざけるな。私は金貨60枚出すぞ」
「み、皆さん落ち着いてください……」
結局、あまりいいところを見せることができないままお客さん達で醜い争いを繰り返し、発表時間は終了した。
実に関しては別に売ってもいいが、それだとますますヴィクトール先輩の薬が見向きされなくなるような気がしてすべて私が断った。
相当ごねられたけど、私がちょっと威圧してやったらすぐに大人しくなった。
まだ発表会はこれで終わりってわけではないけど、先行きが不安すぎる。
私は帰っていくお客さんの背を眺めながら、はぁと溜息をついた。
感想ありがとうございます。




