第五百六十七話:確かな感触
説得はスムーズに進んだ。
元々藁にも縋る想いで来た人達ばかりだし、もし病気が治るというのなら聖女でなくてもいいということらしい。
もちろん、聖女と呼ばれているユーリへの信頼もあったことだろう。
もし仮に薬によって症状が悪化した場合、ユーリが責任を持って治すと言ったことから、賭けてみてもいいと思ったのかもしれない。
そういうわけで、今日は早速そんな患者達の下に行く日である。
装置の仕様上、一か所に集まってもらっていた方が都合がいいので、集まれる人は王都の外にある街道へと集まってもらった。
一応、まだ発表前の薬だからね。あんまり見せびらかすわけにはいかない。
「今日は我が研究室が開発した魔法薬の治験のため、お集まりいただき誠に感謝いたします。私は研究室の代表であるヴィクトールと申します」
邪魔にならないように道の端に寄っている被験者にヴィクトールさんが挨拶する。
今回集まってもらった人達はいずれも重篤な病気を抱える人達ばかりだ。
例えば、体中の骨が脆くなり、歩くだけで骨折してしまう人や、皮膚が膨張して異常に硬くなり、満足に足を上げられなくなった人、日頃からあまり動けず、咳をするだけで喀血するような人など、中にはよくこの場に集まれたなと言う人もいる。
彼らにとってはそれだけ期待しているものなのだろう。多少の無理は承知の上と言うわけだ。
「今回開発した魔法薬は平癒魔法を組み合わせており、理論上はどんな病気にも効くと推測されています。しかし、開発したばかりであり、その効果のほどはまだはっきりしておりません。中には症状が改善しない人もいることでしょう。そのことをご了承の上で臨んでください」
いくら理想の薬とは言っても、ここで必ず治るなんて言うことはできない。しかし、仮に治らなかったとしても、今回はきちんと治るまで治療する用意がある。
と言うのも、前回はまだ軽度の病気で、仮に悪化したとしてもそこまで酷くはならないだろうと予測できたから責任は取らないと言ったが、今回は重要度が違ってくる。
一縷の望みにかけてやってきている人に、効かなかったら諦めてくださいとは言いにくい。
もちろん、それ以外に方法がないならそう言うこともやむ無しではあるけど、この場にはユーリもいる。
ユーリにかかれば、どんな病気だって移し替えて治療することができる。だから、最悪治らなくてもそれで治すことはできるのだ。
もちろん、私だって平癒魔法が使える。平癒魔法の仕様上、魔力さえつぎ込めば大抵の病気は治せるはずである。
ユーリの能力と私の魔法で治療していけば、ここにいる人達全員を完治させることも可能だと思う。
危険を覚悟の上で協力してくれた人達のためにも、そこは約束したいと思っている。
「それでは、今から薬を散布します。恐らく、一回では効果が薄いと思うので、長時間浴び続けることになるかと思いますが、どうかご辛抱のほどよろしくお願いします」
そう言って、ヴィクトール先輩は装置を起動させ、薬を散布し始めた。
散布される薬はうっすらと見えるくらいの霧状であり、当たってもそんなに感触はない。
ただ、流石に一時間とかそれ以上になると液体である以上は濡れてくるのでびしょ濡れになってしまう。
ふき取りたいところだけど、薬を皮膚から吸収させる必要があるのであまりふき取ってしまっては意味がない。だから、浴びている間はずっと濡れ鼠状態だ。
正直病人にやる所業ではないが、本来の使用方法としては一回三十分程度を目安に何日か通うことで治していく想定なので、普通はこんなにやらないと思う。
なんでこんなにやっているのかといえば、発表会まで残り一週間を切っているから、急がなければならないという理由だ。
まあでも、理論上は長く浴びれば浴びるほど治りは早くなるはずだし、この短時間で効果が出てくれれば十分有用と言えるだろう。
「心地よい……まるで心が洗われるようだ……」
「どんどん体に染み込んでくる……」
「心なしか呼吸が楽になってきたような……」
薬を浴びている被験者達はいずれも気持ちよさそうな表情をしている。
治癒魔法や平癒魔法をかけられている時は何となく心地いい気分になると聞いたことがあるけど、それに似た現象なのかもしれない。
本当に効いているかどうかはともかく、なんとなく症状が和らいだ気がするという人も何人かおり、少なくともなんらかの効果はありそうだと感じる。
ただ、流石に一発で治るということはなく、三時間ほど浴び続けても完治する者は現れなかった。
まあ、これは予想通り。予定ではこれから毎日浴びてもらう予定なので、それで結果が出ればと言う感じだ。
「もう時間も遅いので今日はこれまでとします。皆さん、体調に何らかの変化はあったでしょうか?」
装置を止め、ヴィクトール先輩が話しかけると、概ね好評な声が返ってきた。
【鑑定】で見てみても、完治とまではいかなくても少なからず症状が改善している人が見られた。
これを続けていれば確実に治る、そう確信できるほどの効果だと言える。
発表会までに治るかはわからないけど、間に合わなかったとしても十分に実証できたと言えるんじゃないだろうか?
「それでは、報酬をお渡しします。もし、この魔法薬に希望を見出していただけた方は明日以降も実施したいと思いますので、また同じ時間に集まってもらえればと思います」
「さっきの霧を浴びてからだいぶ身体の調子が良くなった。もちろん明日も来させてもらうよ」
「こんな気分は初めてだ。その薬は実に素晴らしい」
「まだ学生なのにこんな薬を作ってしまうなんて、将来有望な人だね」
次々と暖かな言葉が送られる。
ヴィクトール先輩は平静を装っていたが、やはり嬉しいのか少しばかり頬を緩ませていた。
付き添いの人に連れられて帰っていく人達を見送り、私達も撤収の準備をする。
「うまくいってよかったですねー」
「ああ。まさかここまでの効果があるとは予想外だ」
元々想定していたのは、通常の治癒術師が平癒魔法を一日一回ずつ毎日かけ、一週間後にようやく完治するくらいの効果を予想していた。
平癒魔法の効果はかけられた人の免疫力によっても変わってくるが、大抵の場合一~五回ほどかければ治るとされている。
通常は順番待ちが発生しているほどの平癒魔法を毎日かけるなんてことにはならないので、複数人に同時にかけられる代わりに効果が若干劣るのではないかと思われていたが、実際には通常の平癒魔法よりもよほど効果が高い結果が得られた。
だが、それはある意味当然のことかもしれない。
大抵の場合、平癒魔法一回当たりにかかる時間は長くても三十分程度。あまり長くやりすぎると一日にかけられる人数が減ってしまうから、より多くの人を救うためにもあまり長くやることはできないのだ。
しかし、今回の魔法薬では平癒魔法と同じような効果がある霧を何時間も継続してかけ続けることができる。さらに言えば、神星樹の種と言う膨大な魔力があるおかげでその効力はかなり高い。
平癒魔法に置き換えるなら、複数人同時に平癒魔法をかけた上に魔力を上乗せして、さらに数時間にわたってかけ続けるというとんでもないことをやっていることになる。
そんな調子で平癒魔法がかけ続けられるのなら、治るまでに一週間もいらないだろう。多分、それほど酷くないなら一日で、よっぽど酷くても三日くらいで治るんじゃないだろうか?
思ったよりも、神星樹の種と言う素材は凄いものなのかもしれない。
私はこれならユーリの出番はなさそうだと少し安堵した。
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