第五百六十六話:重篤患者の候補
スラムは親を失って孤児院にも入れなかった孤児や怪我などを理由に仕事をできなくなった人が最後に行きつく場所である。
住処はおろかその日の食料にすら困るような状態であり、ごみを漁ったり、物乞いをしたり、時にはスリを働くなどしてどうにか生きている人達が暮らす場所。そこには安全なんて何もなく、常に食うか食われるかの争いを続けている。
もちろん、国としては対策として保護して孤児院に入れてあげたり、職を斡旋してあげたりしているし、ギルドへ登録できる年齢が10歳と低いのはそういう人達を少しでも救うための措置でもある。
それでも、そういった人達がいなくなることはない。どんなに手を尽くしてもどうしてもそう言うものはできてしまう。
そんな人達を救うためにも、ヴィクトール先輩の発明は一筋の光明足りえるかもしれない。
「スラムなら病気で動けない人も大勢いることだろう。言い方は悪いが、彼らを実験台にすれば効果を立証できるかもしれない」
「問題はー、生徒はスラムへの立ち入りを禁止されていることですねー」
スラムは危険な場所だ。暴力、恐喝なんて当たり前。ちょっと見目のいい人が入り込めばたちまちのうちに身包みを剥がされるような場所。
まあ、実際にはそれをやっているのは一部の腕っぷしが強い人だけだけど、まあそんなイメージがあるので生徒の立ち入りは禁止されている。
たとえそれが治療行為だったとしてもだ。
「ルシウス先生に話を通せば……いや、無理か」
「流石にー、スラムの許可は無理だと思うー」
ルシウス先生はほとんど研究室を訪れない代わりに割と自由にさせてくれてはいるが、流石にそこは教師として許すわけにはいかないだろう。
それに、スラムに入るのは危険だからと言う理由もあるが、以前に事件を起こした生徒がいるからと言うのも理由の一つに挙がるようだ。
その人が何をしたのかと言えば、スラムの人達を的にして魔法の練習をしていたということ。
貴族の中には選民思考を持っている人もおり、平民の、それも底辺のスラムの人相手だったら何をしてもいいとか言うふざけた思想を持っている人がいるらしい。
事件を起こしたのもそういう人で、捕まった後も何が悪いのか理解できないといった態度だったらしい。
当然ながら、スラムの人と言えど殺していいわけないし、反省の色が見えないことから当人には鞭打ちの刑が執行されたらしい。
そういうわけで、スラムへの立ち入りはよっぽどのことがない限り不可能なのである。
まあ、今はそれよりも別の問題があると思うけどね……。
なにせスラムはユーリの大好物スポットだ。ユーリの餌食となったスラムの住人は多く、そのほとんどは治療済みである。
そりゃもちろんもういないわけじゃないとは思うけど、薬の効果を試せるほどはいないんじゃないかなぁ……。
「スラムがだめとなると、情報を集めて重症患者がいる家を探すか」
「キーリエに聞けばそれっぽい情報は持ってそうだけどー……受け入れてもらえますかねー?」
スラム以外にも重篤な病を患っている人はいるだろう。それを探すのも結構大変だし、そもそも実験させてくれるかどうかも問題だ。
いくら学園が有名とは言っても、まだ学生である人が作った薬を進んで飲んでくれるかと言われると微妙なところだ。
軽い症状であれば悪化してもそこまで酷くはならないだろうと楽観視できるかもしれないが、重篤な症状を持つ人ならそうはいかない。下手したら死が見える以上は危険な橋は渡りにくいだろう。
それをやるとしたら、薬を買うお金もないほど困っている家とかになると思う。
そんな限定的な人を探すのは結構難しいんじゃないだろうか。
「最悪彼らのデータだけで発表することになりそうだな」
「まあ、生徒の発表としては十分かもしれませんけどー、少し物足りないかもしれませんねー」
一応、効果があることは軽い症状限定とはいえ実証済みである。
ただ、この魔法薬は神星樹の種と言うとても貴重な素材を使って作り上げたものだ。
当然、そんな希少な素材を使っている以上、一定以上の効果が求められる。
流石に、そんな希少な素材を使って軽い症状しか治せませんではインパクトに欠けるだろう。いくら装置が画期的でも、それでは意味がない。
「ふむ、何かいい手はないものか……」
「……あの、一応心当たりはありますよ」
色々言っているが、実は私には心当たりがあった。
ただ、それは私の知り合いではなくユーリの知り合いであり、向こうも私ではなくユーリの力を欲しているのでどうかなと思ったんだけど、今から探すよりは断然ましだと思う。
「ハク君、それは一体?」
「ちょっと、そういう人達が泊る宿を知ってまして。受けてくれるかはわかりませんけど、話くらいなら通せるかと」
「おお、それはありがたい」
その人物と言うのは、ユーリの聖女の噂を聞きつけて遠方からやってきた人達だ。
藁にもすがる思いでやってきた人達であり、私を介してユーリが断っても治してくれるまで帰らないという人もいる。それどころか、帰りの路銀すらなく、一縷の望みにかけてと言う人までいる始末だ。
そういう人達は宿屋に滞在したり、王都の傍で野営したりしてユーリの治療を待っている。
もちろん、私も鬼ではないし、何よりユーリがやりたがっているから、私が治すのも含めて少しずつ受け入れてはいるけど、それでもなかなかなくならない。ユーリの負担を考えれば、ここで魔法薬で治療できるのなら私としてもありがたかった。
「ではハク君、その人物らとのコンタクトを頼む。了承してくれるかはわからないが、何とか交渉してみよう」
「では、明後日までには交渉の席を用意しておきます。その時、私の家に住んでる子を同行させたいんですけど、構いませんか?」
「うん? ああ、もちろんだ」
ミスティアさんはあっ、と言うような表情をしていたから多分気づいたことだろう。
ありえないとは思うが、万が一のためにユーリの力は必要だろう。ユーリの能力ならば、少なくとも死ぬことは絶対にないから。
それに、彼らにとっての聖女であるユーリがいた方が話は通りやすい気がする。
「それでは、申し訳ありませんが私は明日は研究室にはきませんのでそのつもりでお願いします。エルも一緒に来てほしいので多分エルも」
「もちろんだ。もう魔法薬自体は完成しているし、無理してくる必要はない。効果が実証できさえすれば、後は論文を書くだけだから問題はないだろう。ぜひとも話を付けてきてくれたまえ」
「了解です」
さて、話は明日つけに行くとして、うまくいくだろうか。
いや、多分説得はできる気がするんだけど、きちんと治るのかと言う意味で。
確かに、平癒魔法は大抵の病気には効果があるくらい優秀ではあるが、治癒魔法と同様にすぐさま効果が表れると言うものでもない。あくまで免疫を高めて自力で病気を治させるもので、そんな即効性はない。
今回の魔法薬はそんな魔法をすぐさま効くようにしたものではあるけど、重篤な症状にどこまでの効果があるか。
少なくとも、一回かけてはい終わりってわけにはいかないと思う。
何度か定期的にかけて、それで症状が良くなったら万々歳って感じじゃないだろうか。
正直、残り一週間足らずでは絶対治らないと思う。
だから少なくとも、効果がありそうだと実感できるくらいまで治って欲しいと思うところ。
若干の不安を抱えながらもきっとうまくいくと信じて明日の事を想った。
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