第五百六十五話:実証実験
新薬の効能を試す場合、実際にそれを使ってみて効果を実証するのはよくある話だ。
初めから人相手ではなく、初めはマウスなどの実験動物に投与してみて問題がなければ人間にも使ってみる。そして、それで十分に効果が立証できれば実用化されるわけだ。
しかし、この世界では動物実験と言うものはないらしい。今や世に知れ渡っているポーションも、初めは作った薬師が自分で飲んだり誰かに飲ませたりして実証してきたようだ。
まあ、この世界での動物の役割は基本的に食料として、あるいは労働力としての働きを期待されており、貴族などの富裕層が稀にペットとして飼うというのが一般的だ。
動物と人では構造が違うと思われているし、人に効くものを作るには人が確認するしかないという考えもあるのかもしれない。
そんな理由もあって、試すのはもれなく人である。しかも、今回の場合は病気の治療を目的としているので、何かしらの病を抱えた人に限定される。
ヴィクトール先輩もそれらを考慮して、ひとまず軽い病を抱えた人達を探してきたようだが、これでうまくいかなかったらだいぶがっかりさせてしまいそうで怖いね。
「みんな、よくぞ集まってくれた。先に話した通り、今回魔法薬研究室では平癒魔法を組み合わせた魔法薬を開発した。その効果を実証するため、君達に集まってもらった。だが、これはまだ開発したばかりの薬であり、効果があるかどうかはまだわかっていない。なので、もし病が治らなかったり逆に悪化したとしても責任を負うことはできない。そこを了承した上で今回の実験に臨んでほしい」
研究室に集まってくれた男女10名ほどの生徒に対してヴィクトール先輩が宣言する。
本来の治験は動物実験などできちんと効果が立証されているものを使うわけだが、この世界ではそんなものすっ飛ばしてぶっつけ本番である。
もちろん、もしかしたら不利益な効果が出る場合もあるわけで、それについては自己責任ですとあらかじめ言っておかないとごねる人が出てくるのだ。言ってもごねる人はいるけど。
まあ、普通はもし治験で副作用で何かあったらきちんと保証してくれるものだけどね? だが、それは前世での話なので、ここでは置いておく。
「報酬は一人当たり小金貨1枚。また、魔法薬を使う前と後の身体の状態を記録させてもらう。これは今度の発表会で使われる可能性もあるので、もし残してほしくない情報がある場合はあらかじめ言ってほしい」
安全性のわからない薬の実験としての報酬と考えると少ないような気もするが、こういう体の回復を目的とした治験の場合、お金が貰える上にさらに自分の病気まで治るかもしれないということで、むしろこれでも高い方なのだとか。
私は【鑑定】があるからそこまで危険な薬ではないとわかっているからいいけど、そうでなかったら絶対にこんなの受けたくないと思う。
体の状態の記録はきちんと病気があったことを確認するのと、薬によって治ったかどうかを確認するためのものだ。
このデータをしっかりとっておかないと、初めから健康な人に薬を使ったんじゃないかと疑われることになる。
まあ、普通ならそんな使った瞬間に治るなんてありえない気もするけど、この世界は医療技術はそこまで進んでいない代わりにポーションがとても優秀なので、病気に対するポーションである薬にも即効性が求められるようだ。
現在薬屋で販売されている薬も飲んだらすぐに熱が引くとかそういうのが普通で、何か月とか何年も飲み続けなければならないものはあまり売れないらしい。
薬は割と高価だし、平民ではそんな買い続けることはできないってことだ。
まあ、低位ポーションですら銀貨1枚だしね。そんなものなのかもしれない。
「何か質問はあるか? ……ないようだな。それでは、これより治験を開始する」
そう言って、ヴィクトール先輩は大きな円筒状の装置を運んでくる。
これは、ヴィクトール先輩が考えた、薬を霧状に散布する装置だ。
当初、ヴィクトール先輩は神星樹の種の莫大な魔力をすべて平癒魔法に変換し、それを薬にしてばらまくことで魔力が尽きるまでの間効果を及ぼし続けると言うものを作ろうとしていた。
しかし、それには少し問題があり、神星樹の種の魔力は通常の魔力とは異なる特殊な魔力のため、すべてを平癒魔法に変換するのは不可能だった。
しかし、魔力水を介することによって多少なりともその魔力を取り出せることがわかり、絶えず魔力水を送り込み続けることで神星樹の種の魔力を取り出していこうと考えた。
それを形にしたのがこの装置である。
装置下部はタンクになっており、そこに低濃度の魔力水を入れることによって、上部にある魔法薬に流し、魔法薬を水増しするわけだ。
本来であれば、こんなことをしたらいずれ魔法薬が薄まり、効力を失ってしまいそうなものだが、神星樹の種の魔力が膨大すぎるおかげか他の素材の効力を失うことなく、同等の効果を維持し続けることができる、と言うことらしい。
正直私にもよくわかっていないが、そんなすごい装置をヴィクトール先輩は作ったわけだ。
思ったのは、これ別に霧状に噴霧しなくても少しずつ水増ししてそれを個別で売ればいいのではと言うことだけど、まあそこまで変わらないしいいか。
「なんか、霧みたいになってるけど……」
「薬の匂いがする。まあ、薬なんだから当たり前だけど」
「これ濡れちゃわない? 濡れるのはちょっと嫌なんだけど……」
被験者である生徒達は色々とぶつぶつ言いながらも噴霧される霧を浴びていく。
ちなみに、被験者の病気だが、ホントに軽いものばかりだ。
例えば、ちょっと熱っぽいとか、体がだるいとか、お腹が痛いとか、頭が痛いとか。
まあ、それらの症状は色々な病気の症状の一つだからほっとけば治ると甘く見てはいけないけど、【鑑定】で見た限りそこまで重篤と言うわけではなさそう。
「……さて、これくらいでいいだろう。どうだろうか、少しは気分が良くなったりはしているかな?」
ヴィクトール先輩が装置を止めながらそう問いかける。
被験者の反応は様々だったが、概ね症状が改善したという声が多かった。
まだ治っていないという人も、前よりはよくなった気がするという回答を貰った。
念のため【鑑定】で確認してみたが、確かに頭痛などの症状はなくなっている。どうやらきちんと効果はあったようだ。
「協力感謝する。報酬は彼女らから受け取って欲しい。今回の魔法薬は発表会で発表するつもりなので、もしよければ見に来てくれたまえ」
軽いものだったとはいえ、煩わしかった症状が和らいだ上にお金まで貰えたとあって生徒達はご満悦である。
たった10人程度では完全に実証できた、とは言えないのかもしれないけど、ひとまず最低限の体裁は保てたのではないだろうか?
「よし、とりあえずはうまくいって何よりだ。後は本当に重病患者に効くのかと言う話だが……」
「重病人がたくさんいる場所っていうとー……」
「王都を探せばそれらしい人はいるかもしれないが、一番確実なのはやはり」
「「スラム」」
ミスティアさんとヴィクトール先輩の意見が一致した。
スラム、あまり響きはよくないけど、確かにうってつけの場所ではあるね。
感想ありがとうございます。




