第五百六十四話:魔力水と見えてきた活路
魔力水とは文字通り魔力を含んだ水の事である。
魔法薬の調合はもちろんの事、ポーションを作る際にも魔力水は重要で、あまりに魔力の濃度が低いと効果が落ちてしまうこともある。
実際、私もポーション作りを始めた当初はその違いに気づかず、質の悪いポーションを量産していた時もあった。
魔法薬を作るこの研究室では、調合に魔力水を使うことは当たり前であり、私も特に気にしたことはなかったけど、魔力水にはある弱点がある。
それは、魔力が濃すぎると効果が落ちるという点だ。
もちろん、薄すぎても効果は落ちてしまうのだが、濃すぎる場合も同様で、こちらの場合はさらに体調を崩す恐れがある。
なぜかと言われれば、あまりに魔力が濃すぎると、素材の効果を打ち消してしまうからだ。
素材は大なり小なり魔力を持っている。そして、水は魔力が溶け込みやすいという性質を持っている。
なので、通常の場合は魔力水が素材の効能と共に魔力を吸い取り、それを魔力水全体に行き渡らせることによって高い効果を持った薬を生み出すという形になる。
しかし、あまりに魔力が濃すぎると、素材の魔力を吸収しきれず、中途半端な効果しか反映されなくなってしまう。一定量の水が吸収できる魔力量はだいたい決まっているから。
だからと言って魔力水をたくさん入れればいいと言うものではなく、その場合は素材の方の効力が薄まって効果を引き下げる結果となってしまう。
一番いいのは素材に合った魔力濃度の魔力水を最適な量使うことだ。
まあ、大抵の素材は魔力の量が大したことないからわざわざ魔力濃度を気にすることはないらしいけどね。
だが、今回の場合は神星樹の種が大量の魔力を持っている。これだけ大量の魔力を持っていたら、通常の濃度の魔力水なんて使ったら当然魔力を吸いきれず、効果は落ちてしまうだろう。
一部の素材のみ効力が発揮されたのは恐らく、吸収率の関係で素材の効果が辛うじて発現した状態なのかもしれない。
つまり、神星樹の種の魔力は初めからほとんど使用されていなかったのだ。
高い効果を持った薬ができたと思ったのも、神星樹の種の魔力をほんの少しだけ吸収した結果。もし、ヴィクトール先輩が考えるような薬が完成したのなら、その効果は計り知れないことになるだろう。
相性がいい素材ばかりを使ったと思っていたが、結局のところ一番基本的なところを見逃していたわけだ。
「濃度は……30パーセントくらい? だいぶ濃い気がする……」
魔力水は色々な濃度があるが、大抵は10パーセント前後だと思う。
恐らく、これは天然物の魔力水なんだろう。
魔力水は天然物と人工的に作られたものの二種類があり、通常売られているのは人工的に作られたものである。
天然物っていうのは、泉とかから取れたもので、人工的に作られたものよりも濃度が高いことが多い。
まあ、どちらにしてもそこまで貴重なものでもないのでかなり安い。
でも、天然物の方が少し高いので、この研究室はいいものを使っているということになるだろう。
まあ、それはそれとして。
本来であれば、魔力は濃い方が効果は高くなる。いや、正確には魔力水と素材の魔力を足したものがちょうどいい塩梅になったものが効果が高くなる。
通常の素材は魔力はそこまでなく、吸収される魔力は微々たるものでしかない。だから、魔力水の濃度は高い方が普通は効果が高くなる。
しかし、今回の場合はあまりに過剰すぎたというわけだ。多分、人工物か、もしくは普通の水でもいけるんじゃないだろうか。
「ハクー、何か気づいたー?」
急に水瓶に向かった私を訝しんだのか、ミスティアさんが話しかけてくる。
もし私の仮説が正しければ、魔力水の濃度を変えれば反応する組み合わせもありそうだ。
私はそのことについて説明すると、納得したように頷いてくれた。
「なるほど、魔力の濃度の問題か。それは盲点だったな」
「素材の魔力濃度まで気にする人なんていないからねー。ハク、よく気付いたねー」
「まだこの説が合ってるとは限りませんけどね」
割と自信はあるが、完璧にこうだと言い切れるほどではない。
しかし、これ以外に考えられることはないし、これが間違っていたらもうお手上げだ。
「人工魔力水なら私でも作れるだろう。早速試してみよう」
人工魔力水は普通の水に魔力を加えるだけと言うとてもお手軽なものだ。
一応、物に魔力を込めるっていうのはそれなりに難しいことで、一般人の中にはできない人も多いが、ここは魔法を学ぶ由緒ある魔法学園。その生徒であればそれくらいは朝飯前である。
早速水を汲んできて魔力を籠め、濃度の低い魔力水を作り上げる。そして、それを使って調合を始めた。
「これは……」
その結果、早い段階で反応を示す組み合わせがいくつか見つかった。
魔力水の魔力濃度を下げたことによって、吸収できる魔力が増え、それに伴って効果を示すものが出てきてくれたようだ。
これならば、理想の薬を作ることも可能かもしれない。
残り時間ぎりぎりになって、ようやく活路が見えてきた。
「よし、いけるぞ皆! 必ずや夢の魔法薬を完成させよう!」
「「「おー!」」」
ヴィクトール先輩の掛け声に全員が返す。
これをきっかけにして、研究室は改めて一つとなったことだろう。
仮に設定したタイムリミットまで残り三日ほど。ここまで来たなら、必ず完成させてみせる。
そう意気込みながら、その日は実験を終えた。
それから一週間ほどが経過した。
多少タイムリミットをオーバーしてしまったが、みんなの協力もあり、実験は比較的スムーズに進んでいった。
そして今、ついに待望の瞬間が訪れる。
「ミスティア君、平癒魔法を頼む」
「任せてー」
調べ上げた最適な組み合わせで、私の【鑑定】による完璧なタイミング調整で混ぜ合わせ、最後にミスティアさんが魔法を撃ちこむ。
慎重に調整して放たれた魔法はきちんと溶け込み、一つの魔法薬となった。
「……完成だ。理論上は、これで間違いなくできたはず」
「さっそくー、検証しないとですねー」
「ああ。すでに被験者は呼んである。と言っても、重篤な病気の者に試すにはこちらから行く必要があるが」
理想はどんな病気も治す万能薬、最低限は何度も摂取することで徐々に症状が和らいでいくようなもの。どちらにしても、ある程度重度の病気にも効いてもらわなければ困る。
一応、平癒魔法は理論上は魔力次第でどんな病気も治せるということになっているが、普通はせいぜい風邪が治ったりする程度だ。
しかし、今回は神星樹の種と言う多量の魔力を含んだ素材を使用している。それが魔力の肩代わりをしてくれれば、どんな病気も治せるのではないかと言う期待がある。
残りの期間でそれらを検証し、実用性を示さなければならない。
「ひとまずは、完成おめでとう、だな」
まだまだこれからとはいえ、ひとまず薬自体はできた。後はこれを長期間使えるようにする装置と組み合わせ、その効果のほどを実証するのみ。
見えてきたゴールを前に、私は確かな手ごたえと達成感を感じていた。
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