第五百六十三話:失敗の原因
それからは、ミスティアさんもきちんと時間内に研究を終えるということを覚えたようで、いつまで経っても研究室から帰らない、と言うことはなくなった。
ヴィクトール先輩もその姿に安心したようで、笑顔も増えたように思える。
さぼり癖の酷い後輩達も流石に発表会の重要性に気付いたのか割と手伝ってくれるようになってきたし、研究室の雰囲気はいい方向へと向かっていた。
しかし、雰囲気が良くなることと研究が進むことは別問題なようで、とりあえずのタイムリミットである一週間のうち半分を消費しても未だに魔法薬の完成には至らなかった。
「ふむ……七色草とアメツユ草の相性がいいことはわかっているのだが、そこから先の組み合わせがうまくいかないな。ミスティア君が持ってきてくれた希少素材を始め、研究室にあった既存の素材や普段はあまり使わない素材も買ってみてはいるが、やはりうまくいかない。一体何が原因なんだ?」
ヴィクトール先輩がうなっているが、その問いに答えられる人はこの場にはいない。
今わかっていることは、神星樹の種が一部の素材の能力を引き上げる効果を持っているということ。そして、その素材のうち有用なのが七色草とアメツユ草と言うことくらいだ。
ここまでわかっているのなら、これらの素材を使って魔法薬を完成させればいいと思うだろう。しかし、これらの素材を混ぜ合わせて、最後に平癒魔法を撃って完成させる場合、出来上がるのはただの万能薬でしかない。
いや、これでも十分有用な発明だろう。万能薬はあらゆる病気に効果のある薬で、今でも難病の治療のために使われることのある便利な薬だ。
しかも、神星樹の種を使っている影響か、その効力はかなり高く、通常の万能薬よりも効果が高いだろうと予測されている。
素材が高級とはいえ、これでも貴族とか王族相手に売れば十分売れる薬となるだろう。
ただ、ヴィクトール先輩が目指しているのはそこではない。
今作っているのは平民でも気軽に使えるような薬。それも、長期間にわたって効果を発揮し続けるようなものである。
魔法薬の分野だけでやるには無謀にも思える挑戦ではあるが、そのプロトタイプである薬は完成しているようだし、やってやれないことはないはずだ。
「ハク君、今まで取れたデータから何かわからないか?」
「うーん、細かい条件の違いはありますけど、こんなの誤差レベルだと思います。まあ、その誤差レベルのものが原因かもしれませんけど」
今まで作ってきた失敗作の魔法薬はすべてデータを取っている。
使った素材、混ぜ合わせたタイミング、魔法の強度など、思いつく限りのことはきちんとメモを取っていた。
【鑑定】まで使って調べたのである。このデータの信憑性はかなり高いはずだ。
しかし、それを見てもこれと言ってダメな点は見当たらない。
タイミングだって私が【鑑定】でこれ以上ないタイミングで混ぜ合わせたものだってある。素材も色々なものを試した。これでだめだというのなら、そもそもの組み合わせが間違っているということになる。
しかし、素材に関してはすでに100以上の種類を試した。
王都で買えるものはもちろん、行商人から買い取ったものもある。もちろん、希少な素材もたくさんあった。だが、それでもいい組み合わせは見つからない。
神星樹の種自体はすべての属性に対応するポテンシャルを持っており、本来ならどんな素材に混ぜても有用な効果を発揮すると推測することができる。
しかし結果は逆で、一部の素材にしか反応しないで、それ以外はむしろ効果を弱める結果となっている。
この矛盾は一体何なのか。それがわからないことには先に進むことはできない。
「となると、考えられる可能性は未だによい組み合わせの素材を見つけられていないか、何か見落としがあるのか……」
「みんな、何か気づいたことはあるー?」
ミスティアさんが聞いてみるが、誰一人として答えない。
まあ、ここで簡単に気付いたらこんなに悩んだりしていない。
私も考えてみるが、これと言って浮かぶものはない。
ヴィクトール先輩が示した可能性を考えるのなら、まず組み合わせが悪いってことは多分ないと思う。
確かに、今やろうとしていることは、神星樹の種と七色草、アメツユ草を掛け合わせることによって治癒力を高めた魔力を薬に変換するという割と難しい方法ではあるが、ここまで組み合わせが悪いのはありえない。
最高の組み合わせとまではいかなくとも、多少なりとも反応を示す素材の一つや二つ見つかってもおかしくないと思う。素材の特性的に、万能の素材であることに違いはないんだから。
他の素材と違うところがあるとしたら、魔力の性質。
神星樹の種は星の魔力を溜め込んでいるとされており、通常の魔力とは異なる魔力の性質を持っていると考えられる。それが何らかの影響を及ぼして、反応を示さないのではないだろうか。
これを採取した魔力溜まりの魔力も通常の魔力とは性質が異なり、取り込んでもすぐに自分の魔力として使用することはできないとされているしね。
「魔力、魔力か……」
仮に、神星樹の種の魔力が魔力溜まりの魔力と同じ性質を持っていると考えると、どんなことが考えられるだろう?
まず、魔力溜まりの魔力は濃度が非常に濃い。その魔力は人の魔力の上限を無視して常に吸収され続けるため、魔力過多に陥り、その結果気分が悪くなって動けなくなるわけだ。
ただ、これにはいい点もあって、常に上限いっぱいに魔力が供給され続けることによって魔力の上限が少しずつ大きくなっていく。つまり、魔力溜まりに長くいればいるほど魔力は増えていくというわけだ。
まあ、こんなことを思いつく人はいないだろうけどね。
そして、常に魔力を供給し続けられるのなら魔法が使いたい放題じゃんと思えなくもないが、魔力溜まりの魔力は少し特殊で、すぐに自分の魔力として使用することができない。
一応、しばらくすれば馴染んで使えるようにはなるようだが、それがどのくらいの期間なのかはわからない。私はいつの間にか自分のものにしていたようだし。
後は妖精などの一部の魔力生命体にとっては魔力溜まりは休憩所のようなものであり、有用なものであるということ。
人にとっては毒でも妖精にとっては好物と言うわけだ。
まあ、これは妖精の魔力が特殊なのかもしれないけどね。
「うーん……?」
これらの特性をそのまま神星樹の種が持っていると仮定すると、他の素材にとって神星樹の種は有毒なものであり、効果を損なう結果となっているが、一部の素材にとっては好物であり、効果を高める結果となっている、と言うことだろうか。
この一部の素材が七色草やアメツユ草であることは間違いない。しかし、どちらの素材も別に特別な魔力を持っているというわけではない。
いや、確かにいずれの素材も通常の素材に比べたら保有する魔力は多い。恐らく、場所や条件のせいで溜め込む魔力の量が多いんだろうと思う。
だとすると、すべての素材が素材にとって好物となるものであれば、調合は可能だと考えられる。
しかし、別の魔法薬を作る際には反応した素材を試してみても結果は変わらなかった。
変えたのは素材のみ。それも、すべて神星樹の種に反応を示した素材だけで調合したにもかかわらずダメだった。
これは一体どういうことなんだろう?
「ひとまず、素材も少なくなってきたし、在庫の確認をしよう。何か足りなくなってる素材はあるかい?」
「私が持ってきた素材はほとんど品薄状態かなー。特にアメツユ草ー」
「七色草もだな。でも、まだ売ってるのは見たことがあるぞ」
「素材ではありませんが、保存用の小瓶も少なくなってきています。買い足しておいた方がいいかと」
ミスティアさん達が在庫の少ないものを挙げていく。
七色草はともかく、アメツユ草は今から探すのは難しい。今のところの要の素材なのでできればなくなる前に片を付けたいが……。
「それくらいか? 明日は買えるものは買ってくるべきかもしれないな」
「あ、それなら魔力水も足りなくなりそうですよ。ほら」
思い出したかのように一年のマーク君が部屋の隅に置いてある水瓶を指さす。
まあ、連日調合してるから水の減りも早いよねぇ。
……いや、待てよ?
そこまで考えて、私はあることに思い至った。
もしかしたら、原因はここにあったのかもしれない。
私はすぐさま残り少なくなった水瓶の水を掬うと、それに【鑑定】をした。
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