第五百六十二話:無茶するライン
エルが抱えてくれると言うので途中でミスティアさんをエルに任せ、私達は家へと戻ってきた。
ミスティアさんの状態は割と酷いもので、目の下には隈ができているし、立っている時はフラフラの状態だ。
この様子だと、何日かは徹夜していたんじゃないだろうか?
流石に帰ってきてからずっとってわけじゃないと思うけど、もう色々限界だと思う。
勉強会初日のミスティアさんと比べるとまるで別人のような姿にみんなも心配の声をかけてきた。
「うー……休憩ならちゃんととってるからー、戻らせてー……」
「ダメですよ。そんなこと言って全然休まないんですから」
ミスティアさんは暴れることこそなかったが、ずっと研究室に戻らせてくれと嘆願していた。
その根性は見上げたものがあるが、それで体調を崩してしまっては元も子もない。
まあ、今からその体調の崩れを一瞬で治そうとしているわけだけど、あんまり多用しないでほしいとは思う。
ユーリは道具ではなくちゃんとした人だからね。疲れを肩代わりできるとはいえずっとそれに頼られても困る。
「その方がミスティアさん?」
「うん。ユーリ、お願いできる?」
「任せて!」
ミスティアさんをベッドに寝かせると、ユーリが隣に立つ。
ユーリの対象の怪我や病気を自分の身体に移し替えるという能力は、ほとんど一瞬で完了する。
ユーリがそっとミスティアさんの身体に触れると、ユーリはその場にへたり込んだ。
「おっと……大丈夫?」
「凄く、眠い……」
どうやらしっかりと移し替えに成功したようだ。
ミスティアさんの顔を見れば先程まであった隈が取れているし、顔色もいい。逆に、ユーリの目の下には隈が浮かび、うつらうつらとして今にも寝そうな感じである。
よっぽど眠気を溜め込んでいたのだろう。それをすべて引き受けたのだから、眠くなるのは当然だ。
「ありがとう。少し休んでてね」
「うん……お休み……」
そう言ってユーリはすやすやと寝息を立て始めた。
いつもの怪我を引き受けるのよりはよっぽどましではあるけど、やっぱりこの能力はあまり使わせたくはない。
私はユーリを優しく抱きかかえ、ユーリの部屋へと向かい、ベッドに寝かせた。
一応、今回の事はお姉ちゃん達も全部了承済みである。ただの寝不足ならきちんと寝れば多分回復すると思うけど、その間の世話はお姉ちゃんがやってくれることだろう。
私はなるべく早く疲れが取れるように平癒魔法をかけ、部屋に戻ってくる。
「あ、ハクー、私に一体何をしたのー?」
私がユーリを連れて行く間に起き上がったのか、ベッドの隣で自分の身体を確認しているミスティアさんと目が合った。
まあ、いきなり疲れが抜けて体がすっきりしたらびっくりするよね。
「ユーリがミスティアさんの疲れを肩代わりしてくれたんですよ」
「それはサリアにも聞いたけどー、どういうこと?」
ミスティアさんは頭にはてなマークを浮かべて首を傾げている。
まあ、ここまで来たら説明しないわけにはいかない。
私はミスティアさんにもユーリの能力について説明した。
「……そっかー、私、そんなに心配かけてたんだねー」
「私だけじゃなく、ここにいる全員ミスティアさんのこと心配してましたよ。もちろん、ヴィクトール先輩もルシウス先生もね」
発表会前だからと研究室の使用時間を伸ばしたのはルシウス先生だが、それはあくまで学業を妨げないぎりぎりのラインまでと言う話だ。
もちろん、普通に終えた場合と比べたら寝る時間は遅くなるだろうし、睡眠時間は削られるだろうが、それでも最低限必要とされる睡眠時間は取れる計算である。
もし、それによって寝不足になるのなら、私やヴィクトール先輩だって寝不足になっているはずだ。
ミスティアさんが寝不足になっているのは、許可された時間を超過してさらに研究を続けていたり、自主的に徹夜で研究していたからだろう。
ルシウス先生はもちろん、ヴィクトール先輩も休む時はしっかり休むように何度も言っていた。私達もいつ体調を崩さないかと心配していた。
疲れが取れてようやくまともな思考をできるようになったのだろう。ミスティアさんはやっと私達の心配に気付いたようだった。
「ごめんねー、私、どうしても完成させたくて……」
「その気持ちはよくわかります。だから、今回は特別です。今だったら、きちんとした判断を下せるでしょう?」
「……そうだねー。頭がすっきりしてるからー、今なら間違えることはないと思うよー」
「私もなるべく急ぎますから、一人だけで抱え込まないでくださいね」
魔法薬の研究には多種多様な魔法が不可欠だ。
ミスティアさんは確かに三属性に適性を持っていてとても優秀ではあるが、すべてをカバーすることはできない。
もちろん、今作っているのは平癒魔法を使った魔法薬だから光属性が使えるミスティアさんは適任ではあるけど、何もかも一人でやってしまっては肝心の魔法を撃ちこむタイミングまで持たないだろう。
せっかく仲間がいるのだから、それに頼らないでどうするのか。私達だって、同じ目標を目指しているのだ。一人だけで頑張って、私達を蚊帳の外にするのは寂しい。
喜びも辛さも分かち合ってこその仲間だ。
「うん、わかったよー」
「今日はゆっくり休んで、明日からまた頑張ってください。くれぐれも、徹夜なんてしないように」
「……わかったよー」
なんか反応が遅かったような気もするが……まあ多分わかってくれただろう。
これでひとまずは問題を解決できただろう。
もちろん、まだ発表会までは時間がある。それまでは結局遅くまで研究をしなきゃいけないだろうし、その間完成の兆しが見えなければまた無茶をする可能性はある。
だから、そうならないためにも私達が一丸となってサポートするのだ。
猶予としてはあと一週間ほどしかないけど……何とかなる、はず。
「それじゃあ、私は学園に戻るねー」
「……あの、休んでっていう言葉が聞こえませんでしたか?」
「ちゃんと休むよー。ただ、調合道具を出しっぱなしにしてきちゃったしー、片付けないとでしょー?」
まあ、それはそうなんだが……ミスティアさんが言うとそのままきりがいいところまで調合しようとして結局いつも通り夜遅くまでってコースになりかねない。
今日は休日。ルシウス先生が来ることもないから警備の人が来るまではいくらでも研究室を使うことができる。
そう考えると、かなり心配なのだけど……。
「心配しなくてもー、今日はちゃんと休むよー。でも、いざとなったらまた徹夜するからねー?」
「……それは具体的にはどういう状況で?」
「んー、あと一週間で薬が完成しなかったら、かなー」
発表会までは残り三週間くらい。
発表会で今回の薬を発表する場合、それに向けて論文を書いたり効果の実証をしなくてはならないのでそれに二週間くらいかかると仮定してあと一週間で完成、って感じだ。
だから、後一週間で完成できないイコール時間が足りないということになる。
最悪、論文に関してはヴィクトール先輩はすでに書き始めているようだし、短時間でできるとしても、完成しなければ意味がない。
そこまで来たら、無茶をするのも致し方ないか。
「……わかりました。その時は私もお供します」
「心強いよー」
確かに兆しは見えているが、まだ完成には程遠い。多少の無茶は覚悟しなければならないだろう。
出来ることなら、あと一週間できちんと薬が完成してくれるといいんだけどね。
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