第六十話:特異オーガの軍勢
まず、後衛の弓使いや魔術師達が遠距離から攻める。
もともと大きな体のオーガが群れを成しているということもあり、そのほとんどは命中した。
しかし、その勢いが衰えることはない。多少脚止めをした程度に過ぎない。
オーガは特別な皮膚を持つらしく、魔法に対してある程度の耐性があるらしい。弱点はうなじであり、正面からの攻撃はあまり効果がないと思われる。
後衛の攻撃に合わせ、前衛の戦士達が果敢にも攻め込んでいく。
王都の外に広がる平原はたちまち戦場となり、すぐに乱戦となった。
オーガ達は全く怯む様子を見せず、手にした棍棒でそれらを次々と薙ぎ払っていく。その度に戦士達が宙を舞い、折り重なる悲鳴が聞こえてくる。
そんな光景を前に、後衛からできる限りの援護を出す。
身体強化魔法による強化や防護膜の展開、弓使いは攻撃による支援。お姉ちゃんも光魔法を駆使し、前衛の回復に努めているようだった。
私も土魔法でオーガを転倒させたり時にはそのままうなじを狩りとったりして精一杯援護する。
特異個体というのは本当のようだ。身体は大きく、それに合わせて武器も巨大化している。しかも、特別皮膚も硬いようで並大抵の攻撃ではびくともしない。
数十人がかりでようやく一体を相手にできるかといったところ。これだけの数がいても押し止めるのがぎりぎりだ。それもいつまで持つかわからない。
こんな数のオーガが王都に入り込んだらどうなるか。間違いなく大混乱に陥るだろう。
侵入を防ぐための外壁は破壊され、侵入は容易。しかも、中央部の壁まで破壊されている。
街の住人には避難を呼びかけているけど、その多くは中央部へと逃げている。なのに、その中央部も安全とは言えない状況なのだ。
まさか奴らはそれを狙って中央部の壁まで破壊したのだろうか。ダンジョンの魔物を操っていることといい、油断ならない連中だ。
とにかく、何としても食い止めなければならない。より一層力が入る。
幸いなのはオーガの足がそれほど速くないことだろう。
前に戦ったやつは意外と早かったけど、そのおかげで崩れてもすぐに援護が間に合う。
王都への到着が遅れるという意味では救いだ。けれど、いいことばかりでもない。
目に身体強化魔法をかけていると副産物として遠くがよく見えるようになる。
遠くの敵を見る際には便利だが、そのせいで見たくないものまで見えてしまうのだ。
棍棒が直撃し、吹き飛ばされる人。魔物の群れに押し潰される人。
離れているせいか悲鳴はそこまで大きくないけれど、確かに聞こえてくる死を前にした人の声。
なるべく助けたいと思っているけど、この量では限界がある。
救えなかった人もたくさんいた。だけど、それを悼んでいる暇はない。
ぎりっと歯を食いしばり、その光景を忘れようと努力する。
彼らは町を守るために戦う戦士であり、これは一種の戦争だ。戦闘で人が死ぬことは当たり前といえば当たり前だし、悪いのは敵であって自分ではない。
そう言い聞かせ、目の前の敵を殲滅していく。
動きがあったのは衝突してから数十分が経った頃だった。
度重なる戦闘によって疲弊してきたのか、突破される箇所が多くなってきている。剣や槍を持ってなんとか押し止めようと踏ん張っているが、一人二人が止めに入ったところでオーガの歩みは止まらない。
それに、後衛の補給も追いつかない。弓使いはすでに矢を撃ち尽くした人が出てきたし、魔術師も魔力切れで動けなくなる人が多くなってきた。
空を飛んでくるような魔物はいないからまだましだが、このまま戦闘が長引けば近いうちに大崩壊が起きる。そうなれば、王都は滅亡の危機だ。
一体どうすれば……。
「……お姉ちゃん、あいつらに勝てる?」
「一体一体ならやれると思うけど、あれだけの軍団となると厳しいかも……」
前衛の中でも特に活躍している人物は何人かいる。
ミーシャさんは素早い身のこなしで次々とオーガの首を刎ねていっているし、サクさんも冷静に相手の攻撃をかわし、返す刀で着実に数を減らしていっている。
その他にも何人かの冒険者は獅子奮迅の活躍を見せている。それらの人物がいるからこそ、士気が保たれている感じだ。
お姉ちゃんは異名を持つほどの冒険者。特異個体とは言えど、倒せないことはないのだろう。
問題なのは数が多すぎることだ。多少減らしたとは言っても、全体の3割にも満たない。
それに、彼らにだって体力というものがある。いつまでも戦い続けられるわけじゃない。彼らが動けなくなった時が本当の最後だ。
ならどうすればいいかと言われたら、どうにもできない。
スタミナポーションのような一時的に体力を回復する薬はあるけど、激化する戦闘においては微々たるものだし、交代できる戦力もない。
闘技大会のおかげで冒険者が多く集まっていたというのは救いだったけど、騎士団の遠征や街道に討伐に出てしまった高ランク冒険者の存在を考えるとプラスマイナスゼロだ。
今残ってる戦力といえば、城を守るために常駐してる数少ない兵士か、戦える力のある市民。しかし、それに期待するのは無理がある。
未だに体力が温存できていて、あのオーガにも対抗できる戦力なんてこの場にはお姉ちゃんくらいしかいないだろう。一人では荷が重すぎるが。
何かないだろうか。敵を一気に殲滅できるような策は……。
「……ねぇ、アリア」
『何?』
「オーガは魔法の耐性があるって言ってたけど、どれくらい?」
『そうだね。真正面から受けるなら初級は全部、中級も半分くらいは弾くかな。上級ともなるとさすがに食らうと思うけど』
この場には他の人達もいるけど、この状況で聞いている人はいないだろう。
声に出してアリアに聞くと、予想した通りの答えが返ってきた。
「なら、範囲魔法で一気に倒せるかも」
『まあ、理論上はそうなるかな?』
「範囲魔法って……そんな魔法使える人なんてそうそういないよ?」
範囲魔法は膨大な魔力を消費する。その上精度が難しく、範囲が広くなればなるほど使える人は限られてくる。
私だってそんなに広い範囲は使えない。だけど、そうでもしなければこの状況は覆せない。
やれる限りのことはやってみよう。
「お姉ちゃん、お願いがあるんだけど」
「……本気なの?」
私の真剣な目を見てお姉ちゃんは私が何をやるのかを察したようだった。
私は小さく頷き、お姉ちゃんの目をじっと見つめる。
ごくりと息をのむ音が聞こえた。
「少しの間だけ、前線の人達を下がらせてくれないかな」
「それは……ハクはどうする気なの?」
「私は奴らの背後に回る。そして魔法を撃つ」
前線までは結構な距離が離れている。広範囲に打撃を与える目的で魔法を撃つなら近づいた方がいいだろう。それに、背後に回ればオーガの弱点であるうなじが露呈する。そうすれば、少ない魔力でも倒せるかもしれない。
「どうやって背後に回るつもりなの?」
「それは……気合で?」
「何も考えてなかったのね」
「うぅ、はい……」
お姉ちゃんが呆れたようにため息を吐く。
背後に回ると簡単に言ったはいいけど、それはかなり難しい。
何しろ広範囲を魔物が埋め尽くしているから、安全に背後に回れるルートなんて存在しない。
ただでさえ消費が激しい魔法を放つ気なのにそれまでに消耗させられては意味がないだろう。ちょっと無茶だったかな。
「……敵の背後までは私が運んであげる」
「えっ?」
「私ならハクを守れるし、多少無茶なルートでも突破できる」
お姉ちゃんの言葉に思わず目をぱちくりとさせる。
てっきり反対されるかと思っていたんだけど、意外とすんなり受け止めてくれた?
「その代わり、絶対私の前からいなくならないでね」
「それは、もちろん」
「それならよろしい」
お姉ちゃんは私の頭をポンと撫でると戦場を見渡した後、街の方を振り返る。
数日滞在しただけではあるけど、なんだかんだ愛着はある。
この景色を守るためにも精一杯のことをしよう。
決意を新たにぎゅっと拳を握り締めた。
150000PV達成いたしました。ありがとうございます。