第五百五十八話:社交術の授業
次の授業は何だと想像して、社交術の授業だと思い出す。
社交術と言うのは貴族や王族などが行うパーティにおける作法の事で、立ち振る舞いや食事のマナー、ダンスのやり方などを学ぶことになる。
四年生である今年は社交術の授業が必須授業となっており、今までやってこなかった私も強制的に参加させられることになったわけだ。
なぜここにきて社交術が必須科目になったかと言えば、来年五年生になると私達は15歳となり成人を迎える。
成人となると、貴族の間では社交界にデビューするのが普通らしい。学生とはいえほとんどは貴族の子。だからこそ、社交界でも恥ずかしくないように勉強をするわけだ。
それだったらもっと早いうちから勉強しとけばいいのにとも思うが、学園では少ないが平民の学生もいるし、そういう教育は幼い時から家で教えられているということもあって強制はしないらしい。
ただし、全くできないというのも困るため、復習の意味も込めて四年生で再び社交術を学ぶのだとか。
「社交術ねぇ……」
多くの学生にとっては昔にやったことであり、忘れていたとしても少し指摘されれば自然と直っていくのでそこまで難しい授業ではない。
ただし、私のような平民にとっては話が別だ。
私は前世の記憶があるから、話し方についてはある程度丁寧に話すことはできるし、テーブルマナー程度なら少しは知っているが、それ以外についてはからっきしだ。特に、ダンスなんてしたことないのでいつも足を引っ張ってしまう。
平民の多いFクラスではそれらの経験不足も含めて割と緩めに授業をしているようだが、ここは中間のCクラス。ある程度のレベルが求められるから私にとってはほんとに拷問のような時間だ。
「次は社交術か……嫌だなぁ」
「サリアもそう思う?」
「おう。あんなことする必要あるのか?」
私と同じく、サリアもそういうことは苦手な様子。
まあ、サリアの場合、色々と事情があるので社交界に出ていくことはできないから仕方ないと言えばそうなんだけどね。
サリアの家は貴族社会でも爪はじきにされているし、その元凶となったサリアが今更社交界に出てきても今以上に陰口を叩かれるだけだろう。
一応、学園内であればだいぶ落ち着いてきてはいるのでいけなくはないだろうが、親も出てくる本物の社交界は無理だろうな。
サリアは今後の社交界に出ることはできない。そうなれば、当然そのお目付け役である私も出る必要はない。
だから、この授業を受ける必要は私達にはあまりないのだ。
「まあ、必須って言われたから受けるしかないけど、必要性は感じないね」
「だよなぁ。ご飯は自由に食べたいぞ」
一応、サリアはテーブルマナーとかは家で習ったらしいけど、使うことはあまりない。
貴族らしからぬ口調もそうだし、どちらかと言うと冒険者っぽいと言えばそうかもしれないね。
これは教えた人があれだったのか、それともサリアの素なのか。まあ、どっちでもいいけど。
「まあ、愚痴ってても仕方ないから行こうか」
「うぬぅ……」
サリアを宥めつつ、移動を開始する。
今日はダンスの授業だったかな。実際に体を動かさなければいけない分面倒くさい。
「さて、皆さん集まりましたね。今日もダンスについて学んでいきます。男女でペアを作ってください。女子のみになった場合はどちらが男性パートをやるか話し合って決めるように」
体育館に集まり、先生が指示を出す。
学園での男女比率は女性の方が多い。これは男性の方が魔法が下手というわけではなく、単純に力の問題だ。
力のある男性は騎士を目指して騎士学校に通う人が多い。逆に、力がない女性はその差を補うために魔法を学び、魔術師となるわけだ。
もちろん、これは一般的な話で、女性でも騎士になる人はいるし、男性でも魔術師になる人はいる。
特に、近衛騎士ともなると王妃や王女につく場合は女性の方が求められるから女性騎士は割と重要だ。
二人組を作れと言われたので私はシルヴィアさんと組むことにする。
サリアやエルでもいいけど、私とサリアはかなりへたくそな部類に入るので一緒にやっていたらいつまで経ってもうまくならないということで強制的に離されることになっている。
エルはできないわけではないけどそこまでうまいというわけでもないので、それなりにうまく、また男性パートも女性パートもできるシルヴィアさんが適任と言うわけだ。
ちなみに、サリアはアーシェさんと組んでいる。アーシェさんもシルヴィアさんと姉妹だけあってダンスは割とうまい。
流石は侯爵家と言うべきか。
「ハクさん、今日はどちらのパートをやりますか?」
「女性パートでお願いします。まだ慣れていないので……」
「了解ですわ。ふふ、ハクさんにも苦手なことがあるなんて意外ですわね」
「私はただの平民ですからね?」
「ただのではないと思いますけどね」
ダンスは基本的に男性が女性をリードする。まだ足元がおぼつかない私なんかがリードできるはずもないので、必然的にリードしてもらう形になるわけだ。
見ている分には優雅で美しいけど、実際にやるとなると疲れる。
しかも、本番では制服ではなくドレスを着て踊らなければならない。
ドレスなんて着たことないんだけど、イメージは凄い窮屈そうである。
そもそも、本番で着るドレスはこちらが用意しなくちゃいけないらしいし、その時点でもう面倒くさい。
私とサリアの場合、国が用意してくれるらしいけど……そんな無駄なものにお金かけないでほしいなぁ。
「ハクさん、動きが硬いですわ。もう少し、身をゆだねて」
「こ、こうですか?」
「はい。足を踏んづけても怒りませんからもう少し気を楽にしてください」
そう言われても、女性の足を踏むとか絶対にしたくない。
まあ、私程度の体重ならそこまで痛くはないかもしれないけど、それでも体重がかかってしまったら痛いだろう。
ただでさえ私と言うお荷物を抱えてストレスが溜まっているだろうにそんなことしたら余計にイライラが溜まってしまうだろう。
シルヴィアさんの事だから笑って許してはくれるだろうけど、出来ることならそんな気づかいさせたくなかった。
知識として覚えるだけなら楽なんだけどなぁ……。
「そう、その調子ですわ。やっぱり、ハクさんは物覚えがいいです」
「いや、後期も終盤になってこれではダメでしょう……」
そりゃ確かにダンスの練習に移ったのは後期に入ってからだけど、それでもこれは酷いと思う。
せめて一度も足をもつれさせずに一曲を終えないと厳しい。
んー、何かいい方法はないだろうか。
身体強化魔法を全身にかけて動きを良くして強引に正しいステップを踏むとか? ……魔力消費が半端なさそう。
いや、多分できるけど、そんなことのために身体強化魔法使うのは馬鹿らしいと思う。
あ、でも目に身体強化魔法をかけるのはありかもしれない。
動きが遅く見えれば次のステップまで考える時間が増えるし、少なくとも足を踏む心配はなさそうかな?
うん、やってみよう。
「今度は一回も間違えませんでしたね。上出来じゃないですか」
「やっとこさって感じですけどね」
目に身体強化魔法をかけた結果、多少は楽になった。
後は慣れの問題だね。
ちなみにサリアはアーシェさんの足を踏みまくってしまい涙目になっていた。
うんうん、わかるよその気持ち。踏みたくなくても踏んじゃうのは辛いよね。
私はサリアを宥めながら、サリアに共感していた。
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