第五百五十四話:素材を見せる
放課後になり、私達はある場所へと向かっていた。
いつもならさっさと移動してしまうミスティアさんだが、今日は素材を持ってくるということで防犯の面でも一緒に運ぶことになっている。
どこに保管していたのか気になったが、どうやらギルドの貸金庫に保管しておいたらしい。
自分で保管能力のない冒険者が魔物の素材などを保管する際に使用するもので、冒険者であればお金さえ払えば誰でも利用することができるようだ。
例えば、武器に使う素材を手に入れたから武器を新調したいと思ったけど、お金がないから鍛冶屋に素材を持って行っても意味がない。だけど、そのまま持っていたら盗まれてしまうかもしれない。そんな不安を持つ冒険者が利用するのだとか。
もちろん、お金と違って預けたギルド支部でしか受け取りはできないし、保管している限り毎月お金は取られてしまうけど、盗まれるよりはましと考えて利用する人も多いのだとか。
ギルドは場所にもよるけど、基本的にどの支部にも手練れの冒険者はいるものだし、わざわざギルドに押し入って素材を盗もうとする奴はいない。
もしそんなことをすればギルド全体を敵に回すことになり、どこに行っても付け狙われることになる。だから、適当に作った金庫よりも安全なのだとか。
私の記憶ではミスティアさんは冒険者じゃないような気がしたんだけど、いつの間に登録したんだろうか。
一年の頃から素材を集めていると言っていたし、多分一年の後期か二年になってから?
まあ確かに、希少な素材を複数人と共有する寮で保管するわけにはいかないだろうし、実家に置いていたのでは取りに行くのが面倒だしでそれくらいしか選択肢がなかったのかもしれない。
「それで、ミスティアさんのランクはどうなんです?」
「Fだよー。依頼受けてないからねー」
ギルドに行く道中、そんなことを聞いてみたがそういう返答をされた。
あれ、全く依頼を受けないのっていいんだっけ?
確かに、エルフとかの長命種族は寿命が長いが故に時間にルーズなことが多く、ちょっと休むと言って数年くらい依頼を受けないこともあるので、それで冒険者資格を剥奪されるということはないけど、最初から全く受けないのはダメだったような?
いや、貸金庫を借りているし、ギルドにお金は払っているからそれでいいのだろうか。
冒険者なんて、ほとんどの人がお金に困ってなるものなので、お金だけ払って稼がないというのは異様に見えるけど、そういうギルドのサービスを利用する目的で使う人もいるというわけか。
「貸金庫って月にどれくらいとられるんですか?」
「んー、小金貨1枚くらいかなー。大きさにもよると思うけどねー」
貸金庫と言う名ではあるが、大きなものは倉庫レベルの大きさのものもあるらしい。どちらかと言うと、貸倉庫の方が正しいのかもしれない。
ミスティアさんが借りているのは一般的な大きさの金庫で、容量的には馬車一台分くらいのもののようだ。
まあ、素材には巨大なものも多いし、それらを置いておく分には妥当なところかもしれない。
ただ、保管方法には気を付けているらしく、細かく区分けしてそれぞれに適した温度で保管しているようだ。
まあ、適した温度と言っても完全に密閉しているわけではないから多少のずれはあるようだけど。
私も【ストレージ】がなかったら利用していたかもしれないね。
「さて、着いたねー。引き出してくるからちょっと待っててー」
そうこうしているうちにギルドへと到着する。
私は酒場にいる冒険者に挨拶しつつ、適当に時間を潰す。
せっかくだから掲示板でも見てみようか。
「えーと? 討伐系の依頼が若干増えてきたかな? 後は薬草採取とかの依頼が多いかな」
8月に王都周辺の魔物は掃討が行われるのでその少し後の時期は討伐依頼が激減する。
あれからもう四か月くらい経つし、そろそろ離れていた魔物も戻ってきているころなのだろう。ただ、そこまでランクの高い依頼はないので、まだまだ繁殖している最中なのかもしれない。
薬草依頼はまあ、討伐依頼がないから増えているって感じかな。魔物がいない間に危険地域にある薬草を取ってくるってこともできるし、王都の冒険者にとっては割とありふれた状況かも知れない。
その他は、雑多なお手伝い依頼や護衛依頼なんかがある程度で特に面白みのある依頼はない。
まあ、上級冒険者に指名依頼するような難しい依頼はここには張ってないだろうから本当のところはどうだかわからないけど。
「お待たせー」
そうして掲示板を眺めていると、ミスティアさんが戻ってきた。
その背に大きな背負い袋を持っている。素材を集めていたとは言っていたけど、意外に量があるなぁと思った。
「それ、重くないですか?」
「んー、ちょっとねー。でも大丈夫だよー、ハクは近づく人がいないかを見ておいてー」
今回私がついてきた理由は護衛だ。
ないとは思うが、ギルドから大金を降ろした直後を狙うスリのような人もいないことはない。
今回の場合はお金ではないけど、貴重な素材であることに変わりはないので警戒するに越したことはない。
私とエル、そしてサリア。この三人が守っている素材に手を出せる人なんていないだろうけどね。
念のための警戒をしながら学園に戻る。
当たり前ではあるが、特に道中襲われることもなく、無事に研究室へと辿り着くことができた。
「さて、いよいよだねー」
「ちょっと緊張しますね」
「喜んでくれるかなー」
いつもなら何の気もなしに開ける研究室の扉だが、今日はなんだかラスボス前の扉のように感じる。
一度深呼吸して呼吸を整え、それぞれにアイコンタクトを送る。
よし、行こうか。
「お、今日はミスティア君も一緒か。仲がいいのはいいことだな」
意を決して扉を開けると、そこにはいつものように奥の席に座るヴィクトール先輩の姿があった。
緊張していたのが馬鹿みたいにいつもの光景すぎて少し笑いが漏れる。
私はミスティアさんに視線を送ると、ミスティアさんはすたすたとヴィクトール先輩の横に歩いていき、どさっと背負い袋を机に置いた。
「うん? これはなんだ?」
「ヴィクトール先輩のためにー、頑張って集めてきましたー」
ミスティアさんはいつも通りの口調ではあるが、若干声が震えている。
明らかに緊張している様子だ。
ヴィクトール先輩は首を傾げながらも背負い袋の中身を確認する。そして、その中身を認識した瞬間、目を見開いてミスティアさんと背負い袋の中身を交互に何度も見た。
「これは……エメラルドタートルの爪にアメツユ草にシラユキ草、魔光蟲に氷結晶、それにこれは、ま、まさか神星樹の実か!? こ、こんな貴重なものをどこで!?」
「えっとー、いろんな場所で集めましたー。神星樹の実はハク達も手伝ってくれたんですよー」
神星樹の実に関しては道中で数個ほど背負い袋に入れておいた。
金額に直したら金貨数百枚はくだらないであろうお宝の数々。いつも冷静なヴィクトール先輩もこれには度肝を抜かれたのか、終始目を見開いていた。
「いったいどうして……ま、まさか、あの時の落書きを見て……?」
「そうですよー。ヴィクトール先輩の夢に共感したから、頑張って集めたんですー」
ヴィクトール先輩としてはあれは落書きレベルのものだったらしい。
確かに、そうでもなければ少しは製作コストを抑えようとする跡が見られるはずなのに、あれはそんなもの度外視して書かれていたからそう言うものだったのかもしれない。
けれど、落書きだったとしても理論的には通っているし、作ることは可能だと思う。
ミスティアさんの想いの強さが窺えるね。
ヴィクトール先輩はしばしの間呆然と素材達を見つめていた。
感想、誤字報告ありがとうございます。




