第五百五十三話:帰ってきて
それから急ぎめで帰り、無事に王都まで帰ってくることができた。
本当ならば、一週間もの旅をした疲れを癒すために一日くらい休養が欲しいところだが、帰ってきたのは最終日の夜。当然明日は登校日であり、休む暇なんてなかった。
まあ、疲れたと言っても動いたのは二日程度だし、それもほとんどの間私が飛んで探していただけなのでメンバーの疲労はそこまででもないと思う。
私も一日の徹夜があるけど、一日程度だったらそんな問題にはならない。
そもそも、前世では徹夜なんて割とありふれたものだったしね。仕事でも残業はあったし、休みの日に徹夜でゲームをしたこともあったから元から徹夜には慣れている。だから、そこまで気にするようなことではない。
そういうわけで、特段寝坊して遅刻するということもなく、ごく普通に登校することができた。
「ハクさん、それにサリアさんとエルさんも、お帰りなさいですわ」
「急に旅に出るなんて言うんですもの、心配しましたわ」
「あはは、いきなりですいません」
教室に着くなり、シルヴィアさんとアーシェさんが話しかけてきた。
今回の旅は本当に急遽決まったことで、事前にミスティアさんから話があるとは聞かされていたものの、出発したのは話を聞いた翌日と言う手際の良さだった。
ミスティアさんも、私が断るとは全く思っていなかったんだろう。もしくは、断られたとしても自分一人だけでも行くつもりだったのかもしれない。
おかげで、休みの間の勉強会はシルヴィアさんに託し、家はお姉ちゃんに開放してもらって続けてもらうことになった。
ミスティアさんって意外とアグレッシブだよね。いつもなんかのほほんとしてる感じなのにギャップが凄い。
「それで、素材は見つかったの?」
「ううん、残念ながら」
「そう、それは残念ね」
間にカムイが割り込んでくる。
学園においても、神星樹の種については秘密だ。
まあ、これを発表会で発表する場合、この嘘はすぐにばれるとは思うけど、明言さえしなければいいわけなどいくらでもできる。
そもそも、神星樹の種なんて言う生息地不明の素材をたった一週間の遠征で見つけたというよりは、見つけられなかったから大金をはたいて買ったと言った方がまだ説得力がある。
騙すのはちょっと悪いとは思うけど、少なくとも発表会までは秘密にしておいた方がヴィクトール先輩へのサプライズ感も増すだろう。
「発表会の出し物、こちらも考えなくてはいけませんよね」
「今はまだ六年生がいらっしゃいますけど、私達もそろそろ責任ある立場になってきますし」
シルヴィアさんとアーシェさんは確か火属性魔法研究会だったかな。
古くから存在する古参の研究室で、会員も多く、補助金も多い。だが、常に新しい何かを求められていて、毎年苦戦しているのだそうだ。
主に披露するのは火魔法の演舞。何度か見たことがあるが、あれはかなり芸術的だと思う。
学園での一般的な魔法の行使は、詠唱によって精霊に呼びかけ、その力を貸してもらうことで発現すると言うものである。だから、既存の魔法を使う分には割と簡単ではあるけど、新しい魔法となると途端に難しくなるのだ。
イメージをしっかりと思い浮かべ、且つ詠唱を考え、思うような形になるまで何度も練習する。その積み重ねによって演舞は作り出されるのだ。
多分、大道芸人とかとしてもやっていけると思う。魔法は攻撃に使うものとされているこの世界では割と新鮮なものかもしれない。
まあ、流れ弾の危険があるからしっかりと結界魔道具を使わないといけないだろうけど。
「テストか発表会、どちらでもいいからもう少し早くやってほしいですわよね」
「今は発表会が終わってすぐ後にテストですからね。勉強のタイミングが難しいですわ」
発表会は将来を決める上で重要な貴族との顔つなぎの意味もあるし、重要度はそれなりに高い。しかし、テストもクラスの昇格に関わってくるのでこれまた重要度は高い。
せめて一か月くらい間があればいいんだけど、二週間くらいしか間がないからねぇ。
まあ、どっちも頑張れっていうのが示された道なんだろうけど、大変なのは変わりない。
「そういえば、私達がいない間の勉強会はどうでしたか?」
「ハクさんがノートを置いていってくださいましたからそこまで苦労はしませんでしたわ」
「ただ、成績上位者が軒並みいなくなっていたのでわからない問題で引っかかることは多かったですけれど」
私達がいなかった間の勉強会。と言っても休みの日に行われるだけなので一日だけだが、割と変化はあったらしい。
ノートがあるだけましではあったが、やっぱり気軽に聞ける人がいないというのは中々難易度が高かったようだ。
まあ、残ったメンバーで考えると一番成績優秀なのは王子だから王子には聞きにくいよねぇ。
他はユーリはまだまだ勉強は始めたばかりだし、シルヴィアさんとアーシェさんは計算が少し苦手だし、キーリエさんは教えられるほどではないし、カムイは勉強会の発足のきっかけとなった人物だしで教えを乞うには少々物足りない。
私達がいない間だけでも先生に頼めばよかったのではないかとも思ったが、まあ一日だけだし別にいいか。
「今回は素材を取れなかったとのことですけど、また行く予定はあるんですの?」
「いえ、流石に素材が希少すぎたので別のもので代用しようかと。早々公休も取れませんし」
「なら、今度の勉強会は参加してくれそうですわね。よかったですわ」
そういえば、代用品に関してもどこかで調達しないといけないよなぁ。
出来ることなら、町で買うことができる、あるいは少ない労力で採取することができる素材が理想だけど、ヴィクトールさんのアイデアを形にするとなると流石にそんな都合のいいものはないだろう。
だから、希少とまではいかなくてもちょっと珍しかったり取るのが難しかったりするものを探すことになると思う。
専門店で卸したりするか、あるいはオークションなどを探すのもいいかもしれないね。
「ハクさんほどではありませんが、この一週間の授業の内容はノートにメモしているので参考にしてくださいな」
「あ、わざわざありがとうございます」
「いえいえ、みんな一緒に昇格したいですからね」
一週間じゃそこまで進まないとは思うけど、ノートを取ってくれているのはありがたい。
私は前世ではノートはむしろ貸す側だったけど、ノートを写させてもらうってこういう感じなんだね。
「あ、先生が来ましたわ。それでは、また後で」
「はい、また」
そう言ってシルヴィアさん達は去っていった。
まあ、後でと言っても今日は放課後は研究室の方に行くからあまり時間は取れないと思うけどね。
今日はいよいよヴィクトール先輩に集めた素材を見てもらう日だ。
ミスティアさんがヴィクトール先輩のアイデアに心打たれ、無理だと断じられてもなお集め続けた素材の数々。ヴィクトール先輩は喜んでくれるだろうか?
ついでに言うならば、ミスティアさんはヴィクトール先輩に告白でもするんだろうかと言うのが少し気になる。
ここまで頑張ったのだから、報われる形になって欲しいものだ。
私はノートを広げながら放課後の展開を想像していた。
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