第五百五十二話:まずは持ち帰る
ひとまず、まずは持ち帰ってみて、後のことはその時考えるという結論に至った。
まずもって、この魔法薬が本当に作れるのかどうかもわからないし、作れるとして販売できるほど実用的なものであるかどうかすらわからない。
であれば、今後の供給をどうしようかと考えるよりもまず先に作れるかどうかを把握することの方が大事だと考えたわけだ。
今日一日は捜索に充てる予定ではあったけど、それでも結構時間はかつかつだし、早めに帰れるならその方がいい。現物を見つけた以上、さっさと回収して帰るべきだ。
「持ち帰るのはハクのアイテムボックスに入れればいいとしてー、その後の保存方法はどうしようかー」
辺りに生えている神星樹から実を回収しつつ、そんなことを呟くミスティアさん。
確かに、保存方法は大事だ。
持ち帰ったはいいけど、保存方法が悪くて腐らせちゃいましたじゃ困る。
まあ、種ならばよほどのことがなければ多分大丈夫な気はするけど、実の方まで考えるとちょっと大変かもしれない。
やっぱり冷やす方がいいのかな? それとも常温? 木の実なんて取ったらすぐに食べていたからよくわからない。
「なんならずっと私が持っていてもいいですけど、どうします?」
「んー、出来れば保存方法は確立しておきたいなー」
私の【ストレージ】は中に入っているものの時間が止まるので、保存と言う意味では最強の手段かも知れない。
でも、【ストレージ】はレアスキルなので持っている人は少ない。常に私がいられるならいいけど、そうでない時もあるだろうからやっぱり保存方法は大切か。
「基本的には冷やしておいたらいいんじゃないですか? 大抵のものはそれで新鮮さを保てると思いますが」
「氷室が必要になるかー」
まあ、数はそれなりに確保できるんだし、常温と冷蔵で差が出るかどうかを調べておけばいいだろう。
もの凄く贅沢な使い方ではあると思うが、調べないことには正確な保存方法もわからないしね。
「さて、こんなものでいいですか?」
「結構あったねー」
そんなことを話しながら採取すること数十分。ポーチの中には100個近い数の神星樹の実が集まった。
必要最低限持ち帰る、と言う考えもあったが、それがどの程度なのか把握できなかったし、私の【ストレージ】に入れておけば足りなかった場合でもわざわざまた取りに来る必要がなくなるということで目につくものは粗方採取することになった。
本当は取りつくすのはあんまりよくない行為かもしれないけど、神星樹の場合、ものの数日でまた実をつけることになるので別に問題はないと思う。
伊達に一年もの間私の食生活を支えてくれた木の実ではないのだ。
「これだけあれば足りないってことはないでしょう」
「むしろー、他の素材の量が心配だねー」
鍵となるのが種だとしても、それを薬としてまとめ上げるのは他の素材の仕事でもある。
ミスティアさんは他の素材もそれなりの数用意しているようだが、やはり希少なものなので数は少ない。
そっちの心配をすることになるとはミスティアさんも思わなかっただろう。
そもそも、神星樹の実がこんなにも数があるものだとは思っていなかったようだし。
「その辺に関してはまた後日探すか、代用品を探しましょう。必要となる性質がわかればできるはずですよ」
最高級のものを作るとなれば素材もおのずと高級になるが、目標を多少ランクダウンすれば代用品を探すこともできる。
特に、ヴィクトール先輩のアイデアでは数十年単位で稼働することを目標としているようだったけど、一年とか半年とかを目標とすれば材料も安く済ませられるだろう。
安く作れ、且つ効果もきちんとあるものを作ろうとすると大変ではあるだろうけど、それを模索するのが魔法薬と言うものだ。
「ハク、色々ありがとうねー」
「いえ、私もヴィクトール先輩にはお世話になっていますから。見つけられて何よりです」
ミスティアさんが畏まった様子でお礼を言ってくる。
ミスティアさんの要求はとても学生が受けるような内容ではなかったけれど、ヴィクトール先輩を思う気持ちはよく伝わった。
この努力がヴィクトール先輩の心を動かし、諦めていたこの魔法薬の作成をしてくれるのなら私も手伝った甲斐があると言うものである。
時刻はお昼前。思ったよりも時間がかかってしまったが、そろそろ帰るとしよう。
私は再びミスティアさんをお姫様抱っこして魔力溜まりを後にする。
「ハクはやっぱり頼りになるねー」
「そうですか」
少しずれた眼鏡を支えながらはにかむミスティアさん。
神星樹の種を無事に見つけられたことが嬉しいのか、私に顔を擦り付けてくる。
サリアもそうだけど、ミスティアさんも結構いい体つきしてるよね。胸も大きいし。
私は押し付けられる柔らかなふくらみを感じながら、エル達が待つ馬車へと戻っていった。
馬車の下に辿り着いたのは若干日が傾き始めたかな? と言う頃。
森の中と言う、いつ魔物に襲われてもおかしくないような場所で丸一日以上待たせてしまったにも拘らず、御者や護衛の冒険者達は真っ先に私達の無事を喜び、温かい言葉をかけてくれた。
やはりというかなんというか、女子学生がたった二人で、しかも碌な準備もしていないまま野宿するということに相当な懸念を感じていたらしく、何度も何度も探しに行こうとしていたらしい。
一応、エルとサリアが私がBランク冒険者であることや、【ストレージ】機能付きのポーチを持っているということを言って落ち着かせてくれたみたいだけど、心配なことに変わりはなかったらしい。無事に戻ってきてくれただけでもよかったと喜んでくれた。
「それで、例のものは見つかったのかい?」
「いえ、残念ながら……」
「まあ、とても希少なものだからね。見つからないのも無理はない」
見つけた神星樹の実については黙っておくことにした。
御者はともかく、冒険者の二人に知られてしまうと、そこから話が漏れて一獲千金を夢見て探しに来る人が出てきちゃいそうだし、辿り着くにはかなりの危険が伴うので言わない方が吉だと考えた。
御者の人が宥めるようにポンポンと私の肩を叩いてくる。
別に落ち込んではいないけど、私の無表情を痩せ我慢だと思ったのかもしれない。
とにかく、物は見つからなかったがこれ以上は帰れなくなるということで早速出発することになった。
「ねぇ、エル。ちょっと聞きたいんだけど」
「どうなさいました?」
「私の魔力量ってさ、竜としては多いの? 少ないの?」
帰りの馬車の中で、私はこっそりとエルにそんな質問をした。
私は以前、魔力溜まりにいた時に神星樹の実と思われる木の実を一年ほど食べていた時期がある。そして、神星樹の実は食べると力が身に着くとされていて、実際に当時雀の涙ほどしかなかったはずの私の魔力は増えていた。
あの時は魔力溜まりにいたおかげで最大値が増えていったのだとアリアに説明されていたが、この実の影響もあったと考えると、私の魔力は常人に比べて増えているのではないかと思うのだ。
封印が解け、完全に竜の力を取り戻した今、私の魔力は一体いかほどのものなのかと少し気になったので、聞いてみた次第。
そうすると、エルは腕を組んで少し考えた後にこう答えた。
「かなり多い方かと思われます。数値化されているわけではないので正確な値はわかりませんが、量だけでしたらハーフニル様といい勝負かと」
お父さんとほぼ同等。これは私の魔力がとてつもなく多いとみるべきか、お父さんの魔力がけた外れているとみるべきか、どっちなんだろうか。
いやまあ、お父さんはすべての竜の王だし、それと同等ってことは相当多いってことなんだろう。
なんだかんだであの木の実の意味はあったんだなと納得した。
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