第五十九話:襲撃の合図
とっさに土魔法を発動させ、壁を作り出す。
内側から破裂するように弾け飛んだ外壁の破片は意外にも小さく、そのほとんどを防ぐことが出来たのは僥倖だった。
衝撃が収まったところで様子を窺うと、そこにあったはずの外壁は木っ端微塵になり、中央部の建物が姿を覗かせている。
周囲の人々は何事かと集まり、その驚くべき光景に目を丸くしていた。
「お、お姉ちゃん、大丈夫?」
「え、ええ……。それよりハク、腕から血が!」
ふと右腕を見れば血が滲んでいる。
防ぎきれなかった破片が当たったのだろう。この程度なら大したことはない。
「これくらいなら大丈夫。それより、今のって」
「どうやら、始まったようね」
今は大体16時くらいだろうか。てっきり夜まで待つと思っていたけれど、思ったよりも行動が早かった。
恐らく最初の振動は外側の外壁を爆破した衝撃だろう。向こうではここと同じような惨状が広がっているはず。
立ち上がり、辺りを警戒してみる。
魔石を媒介に壁を破壊したとしたら、近くにそれをやった術者がいるはずなのだ。
だが、爆発騒ぎの影響で人が集まりすぎている。これじゃあ誰が犯人かわからない。ローブ姿を探しても、それらしい人物は見当たらなかった。
「これから何が起こるっていうの?」
奴らの目論見通り、壁は破壊されてしまった。
本当なら事前に奴らを捕らえて止められれば良かったんだけど、それは今考えても仕方がない。
壁が破壊された今、次に起こる出来事に目を向けるべきだ。
しばらく警戒してみたが、特に何かアクションを起こしてくることはなかった。
野次馬がざわつき、しばらくして兵士が駆けつけて事情を聞いて回っている。
てっきりすぐにでも何かしら仕掛けてくると思ったのだけど、違うようだ。
もしかして、何か起こってるのは外側の方か?
「お姉ちゃん、外側の方に行ってみよう」
「うん、そうだね」
野次馬を通り抜け、外側の外壁へと急ぐ。
その途中、カンカンとけたたましい鐘の音が聞こえてきた。
これって、敵襲の合図?
「あ、サフィさん! 探していました!」
ギルドまで辿り着くと、多くの冒険者が集っていた。
何事かと近寄ると、スコールさんがお姉ちゃんの手を取る。
「緊急事態です。外壁が破壊され、外からオーガの群れが迫ってきています」
「オーガが? なんだってこんなタイミングで……」
オーガというと、私がカラバの街で戦ったCランクの魔物だ。
この辺りでは見かけないと聞いたんだけど、それが群れでこちらに向かっているとは、タイミングが良すぎる。
十中八九奴らの差し金だろう。
「現在、戦える冒険者を集めています。サフィさんもご協力ください」
「わかった。ハク、あなたは宿で待っていてくれる?」
「私も戦うよ、お姉ちゃん」
オーガはCランクの冒険者がパーティ単位で狩る魔物だと聞いている。
確か、昨日街道に出たっていうオーガを討伐に出ていたはず。つまり、今この町には腕利きの冒険者が少ないんだ。
戦力は少しでも多い方がいいだろう。私だって、オーガとの戦闘経験はある。
しかし、お姉ちゃんもスコールさんもそれを快く思っていないようだ。
露骨に顔を顰め、スコールさんに至っては慌てたように止めに入ってきた。
「ハクさん、今回は相手が悪すぎます。君のような子供が相手する魔物ではありません」
「私はオーガを倒したことがあります。それに、今は一人でも多く戦力が欲しいんでしょう? ならやります」
「でも、ハクが戦うことないんだよ?」
「お姉ちゃんにだけ戦わせて自分だけ安全な場所にいるなんて御免だよ。それに、私だってこの町の人を助けたい」
お姉ちゃんが危険な目に遭うのも嫌だし、このまま何もせずにいたらきっと後悔する。
私の決意に満ちた目を見たのか、お姉ちゃんは怯んだ。
気持ちはわかるけど危険な目には遭わせたくない、そんな心情が伝わってくる。
『ハクはやると言ったらやる子だから、諦めた方がいいわよ』
『アリアちゃん、そうは言ってもね……』
『サフィだってわかってるでしょ?』
お姉ちゃんの視線が私の顔とその横を行き来している。
そして、しばらくして観念したのか、がっくりと頭を下ろしてため息をついた。
「わかった。でも、私の傍から離れないでね」
「うん、ありがとう、お姉ちゃん」
「い、いいんですか?」
お姉ちゃんの判断にスコールさんは納得いっていないようだった。
それはお姉ちゃんも同じみたいだけど、首を振りながら大丈夫と制す。
「一応、ハクはこれでも闘技大会準優勝者だから、足手纏いにはならないと思う」
「準優勝!? き、君が?」
「まあ、一応」
本来ならお姉ちゃんに負けてただろうから四位くらいだったと思うけどね。
スコールさんは闘技大会の結果までは知らなかったのか、驚きに目を丸くしていた。
「さあ、あんまり時間はないんでしょ? 早く準備を」
「そ、そうですね。ではこちらへ、作戦を説明します」
ギルドマスターに促され、冒険者の輪の中に加わる。
その中にはゼムルスさんやミーシャさん、それにサクさんの姿もあった。
急ぎ、ギルドマスターから作戦が伝えられる。現在の状況はこうだ。
何者かによって外壁が破壊され、それと同時に森にあるダンジョンから大量の魔物が溢れ出した。
そのほとんどはオーガであり、しかも通常の個体よりも強力な個体だという。それが脇目も振らずに王都に一直線に向かってきているのだそうだ。
ダンジョンの魔物は溢れないように定期的に調査がされているし、入り口には警備の兵士もいるはずなのだが、今回それが機能していないように見える。恐らく、壁を破壊した何者かによる手引きだと思われる。
オーガの数はおよそ300。その他、低位の魔物が数十体単位で追随しているようだった。
外壁が破壊された今、攻め込まれるわけにはいかない。
冒険者は騎士団と協力してこれを押さえることになる。なるべく外で戦い、王都に魔物の侵入を許さないように尽力してほしいとのことだった。
「それでは諸君、王都を守るため、全力で挑んでくれ」
冒険者達の雄たけびが上がる。
特殊個体のオーガだけあって少し不安だが、士気は十分高いようで安心した。
王都を守るにあたって、今回は貴族の何名かが私兵を貸してくれているらしい。国からも兵士が出され、戦力は1000人ちょっと。数だけなら圧倒しているように思える。騎士団の人員がごっそり抜けているのが悔やまれるが。
穴が開いた外壁を中心に展開し、オーガを待ち構える。
ドドドと地響きを響かせながら迫りくるオーガの集団はさながら山のようにも見えた。
戦力的には前衛が七割ほど。その他は弓使いや魔術師だ。特に魔術師は稀少らしく、全体の一割ほどしかいない。
近づかれる前になるべく倒せるといいんだけど。
私が配置されたのはもちろん後衛。隣はお姉ちゃんが寄り添っている。
本当はお姉ちゃんは前衛にいるべきだけど、私のことを気遣ってか後衛にいることを選んだ。
ちなみにミーシャさんとサクさんは前衛。ゼムルスさんは後衛にいる。
みんな無事に終われるといいんだけど。
魔法の射程に入った。ギルドマスターの指揮の下、オーガへの攻撃が始まった。
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