第五百五十一話:入手の問題点
私は自分が森へ捨てられ、魔力溜まりに迷い込んだことも含めてこの木の実について説明した。
一年もの間魔力溜まりにいたということにミスティアさんは驚いていたようだったけど、それよりも気を引いたのはやはりこの木の実が半永久的に取れるということ。
誰も行ったことがないような未踏の地に足を踏み入れなければならないことと、魔力溜まりに入る手段こそ必要だが、それさえクリアできれば延々と採取することができる。
神星樹の実は食べるだけで力が身につくし、その種は優秀な魔力触媒として高い値が付けられている。
まあ、力が身に着くとは言ってもそんな急激に増えるものではなさそうだし、味も最悪なので継続して食べるには難しい気もするけど、それでも生まれた時の値で頭打ちになってしまう魔力の最大値をただ食べるだけで上げてくれるのは魅力的である。
種の方だって、小さいのに大型の魔石数百個以上にも相当する魔力を秘めているとなれば使い道などいくらでもある。
こんなぶっ壊れ性能の木の実をどう扱うかは重要なところだ。
案としては二つ。
一つは今ここにある木の実を片っ端から採取して持ち帰り、一部をヴィクトール先輩に、残りを売るなりなんなりしてその報酬を分け合うという案。
ヴィクトール先輩のアイデアは素晴らしいものがあるけど、魔法薬と言うのは常に失敗と隣り合わせのシビアなもの。種一個で成功する確率はとても低いし、予備があった方が安心できるだろう。その上で、報酬を得られるとなれば誰も損はしない。だが、出所を問い詰められる可能性がある。
二つ目は必要最低限だけ採取し、ヴィクトール先輩に渡してこのことは誰にも口外しないこと。
神星樹の実なんて相当な値が付けられる貴重品。もしその存在がばれれば黒い貴族なんかが手を出してこないとも限らない。必要最低限の量であれば、流通は少ないものの買えないことはないので私財をなげうって買ったと言えば苦しくはあるけど一応理由にはなるし、目を付けられる可能性は低いだろう。ヴィクトール先輩にだけ渡し、後は黙っていれば利益はないけど誰も損はしない。
どちらの案もありではあると思うが、私としては後者を推したい。
そもそもの話、私はそこまでお金に執着はしていないし、報酬なんていらないのだ。これはあくまでヴィクトール先輩へのプレゼントであり、そこに利益を求めてはだめだと思う。
ただ、必要最低限と言うのがどの程度なのかが難しいところ。
魔法薬はその調合によって使用する薬草などの量は変わってくるし、失敗だってある。あのアイデアだと、種の膨大な魔力を期待しているようだから一回に使う量は丸々一個、減らしても半分とかだと思うし、失敗する回数によっては足りないなんて事態が起きる可能性もある。
いやまあ、最悪私がもう一回取りに来て、と言うのもありだとは思うけど、あんまりいっぱい持って行くとありがたみが薄れそうだよね。
「……この場所の事は秘密にしておいた方がいいかなー。最悪命を狙われかねないしねー」
ミスティアさんも同じ意見なのか、秘密にすることを選んだようだ。
ただ、ミスティアさんの場合多少の報酬は用意してあげたい気もする。
なぜなら、ミスティアさんは一年の頃からヴィクトール先輩のために希少な素材を集めていたようだから、かなりお金を使っているはずなのだ。
人のためにこれだけ尽くしてきたのだから、多少なりともリターンがあってもいい気はする。
ただ、それだと結局売りに行くことになるので難しいところだ。
口が堅い誰かに買ってもらうのが一番だけど……王様あたりに相談してみるのもいいかもしれない。
いやでも、ミスティアさんが納得しないか。あんまりそういうことに利益を見出す人じゃないし。
「でも、ヴィクトール先輩の夢を叶えるためにはー、どうにかして供給しないといけないよねー?」
「まあ、確かに」
仮に、今回持ち帰った種によって例の装置が完成して実用化に至った場合、一つだけと言うわけにもいかないだろう。
元々貧しい人達のために作ったものなのだから、せめて各地の教会に設置したいところである。
そのためには数が必要なわけで、数を作るためには重要な素材である種が大量に必要となるわけだ。
寸分の狂いなく正確に作れるとしても、種一個から作れるのはせいぜい一個か二個だろう。とてもじゃないけど足りない。
ここにある実をすべて持ち帰れば多少は数を用意できるかもしれないが……それでも足りないだろうなぁ。
「ヴィクトール先輩にだけは教えちゃだめかなー?」
「……まあ、ヴィクトール先輩なら秘密は守るでしょうし教えてもいいかもしれませんけど、教えたところで取りにこれるんですか?」
問題はそこだ。
私は魔力溜まりには耐性があるし、ミスティアさんには防御魔法をかけているから大丈夫だけど、本来魔力溜まりに入るのは相当な危険が伴う。
下手をすればそのまま動けなくなって餓死、と言うことも普通にあり得るのだ。
そんな危険な場所にヴィクトール先輩を行かせたくはないし、そもそもこんな辺境の奥地なんて辿り着くことすらできないだろう。
仮に場所を教えたとしても危険が大きすぎる。それならば、いっそのこと教えない方がましなのではないだろうか。
「うーん、そうだよねー……」
「そもそも実用化できるのかっていう問題もありますけどね」
ヴィクトール先輩の考えた装置はとことん希少な素材を使っている。もちろん、代用できそうなものはいくつかあるが、それらを使ったとしても製作コストは相当高いだろう。
元々から魔法薬と言うのは一から手作業で作るので手間もかかるし、ポーションと違ってかなり高い。小金貨では利かないこともよくある。
それを更に素材を高くして作るんだとしたら、多分金貨数十枚、いや、数百枚以上はするんじゃないだろうか。
そりゃ、超長期間使用することを前提に作られていて、使い続ければいずれは回収できるんだとしても、流石に気の長すぎる話である。
どうにかして素材の価格を下げないとまず教会ですら買い取ってもらえないだろう。
そもそも、今の時点で教会には平癒魔法を使える魔術師だっているわけだし、そっちで対処した方が楽と言われる可能性もある。
だからこそ、ヴィクトール先輩も無理と断じたのではないかと思うんだけどね。
「なんとか栽培できればー、一番いいんだけどねー」
「でも、種を植えても発芽しないんじゃありませんでしたか?」
「そうなんだよねー……」
魔力を溜め込んだ種と言う条件は同じはずなのに、神星樹から出現した種はどう頑張っても発芽しないらしい。
もしどこでも育てることができるのなら革命的なことだし、世界中の商人や貴族がこぞって求めることだろう。
未だに高値が付けられているのはそういった理由もあるのだ。
ヴィクトール先輩のアイデアは素材こそ希少だが、一応代用品がないわけではない。ただ、数十年単位で稼働させるとなれば、神星樹の種だけは代えが利かないのでそれさえなんとかできれば量産は可能だと思われる。
やはりここがネックになるわけだ。
「どうしよー……」
頭を抱えて座り込むミスティアさん。
ヴィクトール先輩の夢は叶えてあげたい。でも神星樹の種は調達が困難。
所詮は人の夢と諦めずに悩む姿は素晴らしいけど、これはどうにもできない問題である。
私はミスティアさんを宥めながら、何かうまい手はないかと考えていた。
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