第五百五十話:見たことがある
早速アリアを介して精霊に近くの魔力溜まりの場所を聞いてみると、いくつかの該当地域があることが判明した。
ただ、近くと言っても精霊の感覚がずれているのか、だいぶ遠いものも多い。
戻る時間を考えると、長くても五時間くらいで辿り着ける場所にあってほしいのだが、いずれも今の速度では無理な場所ばかりであった。
まあ、時間内でも辿り着ける場所があっただけましだけど、そこになかったら今回の旅で見つけるのは不可能だな。
明日になったら行ってみようということで、寝ずの番をしながらその日は夜を明かした。
次の日、起床したミスティアさんになんで起こしてくれなかったのかと肩を揺らされつつも朝食を終え、テントを片付けてまた空を飛ぶことになった。
ちなみに、お風呂には入れないけど洗浄魔法で体は綺麗にしているのでその辺は問題ない。
泉があったから水浴びでもよかったかもしれないけど、流石に寒いしね。
「ハクー、なんだか今日はスピードが速くないー?」
「あ、すいません。苦しかったですか?」
「ううんー、大丈夫ー」
一応、飛んでいる時は周囲に風の膜を張っているので風の影響は少ないと思うけど、流石にスピードを出したらきついのかもしれない。
ミスティアさんは大丈夫と言っていたけど、若干スピードを落とす。
目的地がわかっているから早めに行こうと思っていたんだけど、急ぎすぎるのも考え物だね。
「今日こそ見つかればいいんだけどねー」
「見つかりますよ。多分」
今から向かう場所は一応魔力溜まりと言うことなので神星樹が生えている可能性はある。
ただ、魔力溜まりと言っても色々あり、環境によっては木が育たない地形もあり得るかもしれない。
まあ、ここは森だし、森の中にある魔力溜まりなら大抵は大丈夫だと思うけどね。
「……おー? ハクー、あれを見てー」
飛び続けることしばし、ミスティアさんが何かを見つけたのか地上を指さしている。
そこにあったのは、巨大な窪地だった。
円状になっている窪地の中には緑豊かな木々が生え揃い、明らかに周りの森とは違う雰囲気を出している。
間違いない、あそこが魔力溜まりだ。
「調べてきた特徴と同じだねー。きっとあれが神星樹だよー」
「そうみたいですね」
ここからではよく見えないけど、多分実もつけているだろう。
思った以上に多く生えているのはびっくりしたが、まあ多いことに越したことはない。
「ハクー、あそこに降りてー」
「了解です」
本来なら魔力溜まりは人が立ち入れない土地ではあるが、私の場合は特に問題はない。
以前だったら拒否反応を起こしていたところだろうが、竜の力を完全に開放した今の私ならば魔力が濃いことはむしろ利点だ。
ミスティアさんはやばいけど、防御魔法で包んでいるので魔法が切れない限りは活動し続けることができる。
アリアは言うに及ばずなので、何の問題もない。
ふわりと柔らかく着地すると、むせ返る様な緑の香りが辺りを包み込んでいた。
この感じもなんだか懐かしい。記憶を取り戻した当初は私もこんな場所にいたんだよね……。
「凄い魔力濃度……ハク、大丈夫ー?」
「はい、大丈夫ですよ。それより、早く神星樹の種を見つけちゃいましょう」
「う、うん、そうだねー」
流石にこれだけ魔力が濃いと感じるものがあるのか、ミスティアさんは少し落ち着かなさそうにきょろきょろと辺りを見回している。
さて、肝心の神星樹は実を付けているかな?
「ええとー……あったー、これみたいだねー」
ミスティアさんはそう言って近場にあった神星樹と思われる木に生る実を見る。
拳よりも小さいくらいの薄赤色の木の実が数個単位で連なるように生っている。知っている木の実で言うと、プラムに似ている気がする。
……あれ? この木の実どこかで見たような……。
「触っても……大丈夫みたいだねー。保存はどうすればいいのかなー?」
一つを手に取ってみて、いろんな角度から見ているようだ。
うーん、やっぱりどこかで見たことある気がする。
いや、プラムは食べたことがあるけど、もっと大事な場面で……そう、アリアと最初に出会った時にアリアが持ってきてくれた木の実。それはこんな形じゃなかっただろうか?
私はミスティアさんに気付かれないように【ストレージ】を漁ってみる。
私は前世の記憶を取り戻した当初、運悪く魔力溜まりに落ちてしまいそこで一年を過ごした経緯がある。その時の主食だったのが、このプラムに似た木の実だった。
そして、魔力溜まりを脱出する際、私はそこにあったものを色々と【ストレージ】に入れて持ってきていた。
魔法の練習に使っていた石や薬草、その中には当然木の実も含まれている。
「やっぱり同じ、だよねぇ……」
しばらくして探り当て、取り出してみると、それは今ミスティアさんが見ているものと全く同じと思われる木の実だった。
どうやら私は一年もの間神星樹の実を食べて暮らしていたらしい。
神星樹の実って、確か食べると力が身につくんだよね? そんなものを一年も食べていたのなら、私って相当な力を身につけていることになるんじゃ?
でも、旅に出た当初を思い返してみてもそんな力が身に着いたようには感じていなかった。
体力は全然なかったし、筋力だってすぐに筋肉痛になるくらいにはなかったはず。
唯一上がったものと言ったら……魔力しかない。
「もしかして、私の魔力が増えた理由って、魔力溜まりにいただけじゃなくて、この実のせいでもあった?」
確か、私が魔法を使い始めたのは魔力溜まりに落ちてから三か月ほど経った時だったはず。それまではずっとアリアが持ってくる木の実を食べていたから、そのおかげで急激に魔力の許容量が増えて、魔法を使えるようになったと考えれば辻褄は合うか?
まあ、魔力溜まりにいただけで魔力が増えたというよりは説得力はある気がする。
ともかく、この実は私の救世主でもあったようだ。
四年も経ってからそんな事実が明らかになるとは思わなかったけど。
「あれ? でもそれじゃあ、魔力溜まりにさえ来れればこれ取り放題なんじゃ……」
季節によっては実りが少なくなることもあったが、無くなるということはなかった気がする。
多分、魔力溜まりの膨大な魔力が無理矢理木の成長を促進させて実を付けさせているんだろう。
魔力溜まりに入る方法がネックではあるが、もし自由に出入りすることができれば永続的に供給もできるのでは……?
結構やばいことに気付いてしまったかもしれない。
一攫千金どころじゃないよこれ。
「ハクー、これ食べても大丈夫だと思うー?」
「あー……食べられますけど、すっごく熱くて辛いので気を付けてくださいね」
「? なんで知ってるのー?」
うっかり口を滑らせてしまうくらいには呆然としていた。
これは……どうだろう。ヴィクトール先輩の夢が叶うと喜べばいいのか、それとも危険だから黙っていた方がいいのか。
いやまあ、仮にこのことを広めたとしても普通の人は魔力溜まりに入ることはできないし、仮に入れたとしても魔力溜まりなんてそうそう見つからない。
神星樹目当てで来るのならこの広大な森の未踏の地を探さなくてはならないわけだし、悪用できる人はそうそういない、かな?
私としても、ヴィクトール先輩の夢は叶えてあげたい。もしあの装置が完成すれば、より多くの人を救うことができるはずだし、私情ではあるけど間接的にユーリの負担を減らすことにも繋がる。
まあでも、これはミスティアさんにも意見を聞いた方がいいだろう。元々はミスティアさんの願いなわけだし。
私はこっそりと取り出した木の実を【ストレージ】にしまうと、ミスティアさんに説明を始めた。
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