第五百四十九話:ミスティアの想い
食事を終え、焚火を囲んで休憩中。
すでに日はすっかり落ちて夜の帳が降りている。
エルに連絡したら、御者が心配していたと言っていた。
まあ、確かにこんな森の中で女の子二人だけで野宿とか危なすぎるしねぇ。
一応、サリアとエルが何とか取りなしてくれたのか探しに来るということはなかったようだが、明日中には無事な姿を見せてあげなくてはならないだろう。
「ハクはさー、なんでもできるよねー」
食後の温かいお茶を飲みながらミスティアさんがそう呟く。
今のミスティアさんは私が渡した毛布にくるまっている状態だ。
すでに秋だし、夜風は冷たい。いくら焚火に当たっているとはいっても流石にそれだけではまだ寒いからね。
「なんですか急に?」
「だってー、いきなり野宿なんて言い出してもこうしてちゃんとしたご飯が食べれたしー、テントまで張れたんだよー? 普通ならこんなことできないでしょー?」
「まあ、それはそうですが」
一応、上級冒険者ともなれば【ストレージ】の機能が付いた鞄を持っていることもあるので、常に食料やテントを用意しておくことも可能だけど、そんなのは稀だ。
普通なら、重い荷物を背負って、準備万端の状態で挑むべき野宿を、突発的な思い付きでやろうなんて方がおかしいのだ。
そういう意味では私はおかしいのかもしれないが、これは【ストレージ】の容量が底なしだからできる芸当であって、普通は無理だと思う。
【ストレージ】を授けてくれたと思われる親に感謝だね。
「正直ー、断られると思ってたんだー。馬鹿なこと言うなってねー」
「それがわかっていたなら何で野宿しようなんて言ったんですか?」
「ハクならー、なんとかできるかなーって」
「……」
まあ、実際それで何とかなっているのだから何も言えないけど、正直無謀だと思う。
それだけ見つけてあげたいという願いが強かったとも言えるけど、それで自分の身を危険に晒していたら意味がない。
ミスティアさんがいなくなったら誰がヴィクトール先輩の願いを叶えてあげられるというのか。もう少し自分を大切にしてほしいものである。
「それに比べて私はダメダメだよねー」
「そんなことはないと思いますが」
「ううんー、私にはハクみたいな凄い力はないからさー」
ミスティアさんは自嘲気味に笑う。
そりゃ、普通の人間と竜の力を持つ精霊を比べたら圧倒的に人間の方が劣るだろうけど、それは比べる対象が悪すぎると言うものだ。
同じ人間が相手なら、ミスティアさんは相当できる人だと思う。
まだ魔力が馴染まずあまり魔法を使えないとされている11歳の時点ですでに多くの魔法を使えていたようだし、魔法薬の調合に関しても一流レベルだ。成績だっていいし、魔法の道に進むにしても魔法薬の道に進むにしても大成できるだけのポテンシャルを持っていると思う。
それに何より、誰かのために全力を尽くせる人はそれだけで凄いと思う。
「ミスティアさんは、何のためにヴィクトール先輩の夢を叶えようとしているんですか?」
「えっ? それはー、素敵な夢だと思ったからー?」
「それなら、自分で作っちゃってもよかったのでは? アイデアはあるし、素材だって集められるんですから」
ヴィクトール先輩はこの魔法薬を素材の入手難度から作成不可能だと断じた。
今ならば、ヴィクトール先輩に邪魔されることなくミスティアさんがその魔法薬を作りだすことも可能である。
ただ利益を求めるだけだったらわざわざヴィクトール先輩に献上する必要はない。
それでもヴィクトール先輩のためにと思うのは、ミスティアさんがヴィクトール先輩の事を少なからず想っているからだ。
「人が考えたアイデアを横取りする気はないよー」
「だったら、ミスティアさんがダメダメなんてことはありませんよ。人を気遣える心を持っているんですから」
「むー、なんかよくわからないけどー」
ミスティアさんは気づいていないんだろうか?
今までミスティアさんが集めた素材を売り払えば、相当な額になることは目に見えている。今探している神星樹の種だって、売れば金貨数十枚、もしかしたら数百枚はくだらないだろう。
そんな代物を無償で譲り渡すというのがどういうことか。
ミスティアさんほど賢い人なら素材の価値がわからないわけではないだろうし、それは完全にヴィクトール先輩を想うが故だ。
それが恋心なのか尊敬の念なのかはわからないけど、それができるだけでミスティアさんは十分凄い人だと思う。
「今回の旅で見つかるかどうかはわかりませんけど、発表会までには必ず見つけてみせます。だから、安心してください」
「頼もしいけどー、なんか複雑だなー」
仮にあのアイデアがそのまま通るとしても、実際に作るのはヴィクトール先輩だろう。
流石に、ミスティアさんが完成品まで作ってはいどうぞとはならないはずだ。
そうなると、研究する期間を含めて少なくとも一か月は欲しいところである。
いや、一か月でもだいぶ短いけど、発表会まで二か月を切っているからそれでなんとかするしかない。
最悪竜や精霊のネットワークを使ってでも見つけてみせる。ミスティアさんの想いを無駄にしちゃいけない。
「今日はもう寝ましょうか。明日は早くから探したいですし」
「わかったよー。最初の寝ずの番は私がやるねー」
「いえ、私がやりますからミスティアさんは休んでください」
「えー? でも、ハクはずっと飛んでて疲れたでしょー? ご飯も毛布も用意してもらったんだからこれくらいはやらせてよー」
「なら、三時間したら起こしますから、最初にやらせてください。それならいいでしょう?」
「うーん、わかったー」
まあ、この周囲には結界を張っているし、寝ずの番なんて必要ないけどね。だけど、森で二人で野宿なんて通常は危険すぎるから形だけでもやっておく必要はある。
私が最初にやるのはミスティアさんを寝かせてそのまま朝を迎えさせるためだ。三時間で起こすとは言ったが、起こすつもりはない。
私なら一日くらい徹夜したところで行動に支障はないしね。
「それじゃあ、お休みー」
「お休みなさい」
テントに入っていくミスティアさんを見送り、焚火を見つめる。
明日も丸一日探すとして、夜には馬車と合流しなくてはならないから探せる時間はせいぜい半日程度。今日同じだけ探して見つからなかったのだから、見つけるのは至難の業かもしれない。
何かいい方法があればいいんだけどなぁ。
「ねぇねぇ、ハク」
「うん? どうしたのアリア?」
考え事をしていると、姿を現したアリアが頭の上にちょこんと乗ってくる。
精霊になったとは言ってもやはり小さいアリア。お母さんは人間と変わらないくらい大きいのにこの差はなんなのだろうか。
無理矢理精霊になったから? まあ、小さい方が見慣れているから別にいいんだけども。
「その神星樹って、魔力が濃い場所にあるんだよね」
「うん、多分ね」
「ってことは、魔力溜まりみたいなところにある可能性が高いってことでしょ?」
「まあ、そうなるかな?」
仮説ではあるが、多分そう言うことだと思うんだ。
星の魔力と言われると私の中では竜脈を思い浮かべるけど、あくまでそう言われているだけで本当に竜脈の魔力かどうかはわからないし、あまりにも大量の魔力を溜め込んでいるから星の魔力と言う言い方をしただけかもしれない。
まあどちらにしても、魔力が濃い場所でなければ溜め込みようがないし、多分そう言うことだと思う。
「なら、魔力溜まりを探せばいいんだよね?」
「そうだね」
「それなら精霊に聞けばわかると思うよ?」
「え、ほんと?」
アリアの提案に思わず顔を上に向ける。
でも、確かに精霊なら知っていてもおかしくはない。
なぜなら、精霊は魔力生命体であり、食事の代わりに魔力を補給することで生きている。魔力溜まりはそんな精霊達にとってはフードコートのような場所であり、各地にある魔力溜まりの場所を知っていてもおかしくはない。
精霊はその辺りにたくさんいる。アリアなら自身が知らなくても、意思疎通をすることはできるし、聞けば有力な情報を得られるだろう。
唐突に出現した希望ある案に私は思わずほうと息をついた。
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