第五百四十八話:森で野宿
竜の飛ぶ速度は馬車の二倍とか三倍とか言われている。
まあ、実際にはもっと速いと思う。私も本気になれば三倍と言わず十倍以上の速度も出せるしね。
でも、流石に竜人モードではそこまでの加速はできない。
しかし、それでも森の中を歩いて探すよりは遥かに素早く移動できるので、楽であることに変わりはない。
「ところで、その神星樹は何か特徴とかはないんですか?」
「あるよー。簡単に言うとー、他の木よりも大きくなりやすいってところだねー。それからー、葉の色も明るめが多いみたいー」
神星樹は溜め込んだ膨大な魔力を成長のために使用するので成長が著しく早い。なので、他の木よりも巨木になりやすく、また濃い魔力の影響か葉は常に瑞々しさを保っているらしい。
森の中にあったなら、見つけることができればすぐにわかるだろうとのこと。
まあ確かに、一本だけ他と違う葉の色があったらわかりやすいよね。
現在は秋だし、森の木々はだいぶ色が変わってきている。目印としては十分かもしれない。
「神星樹は群生していることもあるらしいからー、こうして上から探せれば多分一発でわかるよー」
「え、一本だけじゃないんですか?」
「そうだよー」
そんな希少な木ならてっきり一本だけぽつんと立っているものかと思っていたんだけど、群生するのか。
そうなると、種の方も一気に複数個手に入るってことだよね。なら、案外素材としてはありなのかな?
いや、一か所見つけるだけでもかなりの労力だし無理か。
まあ、それはともかく、それなら確かに見つけやすそうではある。空を飛べるからこその特権だね。
「でも、なかなか見つかりませんね」
あったらすぐにわかるとは言っても、見渡す限りの森にはそれらしき木は見当たらない。
まあ、希少なものなんだから当たり前だけど、すでに一時間ほど飛んでいるけどまるで見つからない。
この森にはないのか、それとも何らかの理由で見えなくなっているのか、どちらにしても代り映えのない景色に少し不安を覚える。
探知魔法も使っているけど、今のところは魔力が濃そうなところは見当たらないしなぁ。
「やっぱりー、もっと人里離れたところじゃないとだめかなー?」
「十分人里離れた場所だと思いますけど」
街道に沿って移動しているのならともかく、今は街道とは直角に移動しているのでどんどん人の手の入ってない方向へと移動している。
と言うか、多分この時点でも前人未到の地だと思うんだよね。村らしきものも見当たらないし、むしろ魔物の反応が増えているから。
まだまだ先はあるけど、少なくとも探知魔法の範囲にはなさそうだし、本当にあるのか心配になってくる。
「これ、今日中に見つからなかったらどうします? 森で野宿しますか?」
「出来れば馬車に戻りたいけどー、それだと探す時間が減っちゃうよねー」
一応、一週間の旅と言うことで野宿セットは持ってきてある。
ただ、それらは馬車に置いてきているのでもし野宿するならば馬車に戻る必要がある。
まあ、私の【ストレージ】の中には野宿セットも入っているので別に戻らなくても大丈夫ではあるけど。誤魔化すためのポーチも持っているし、ミスティアさん相手でも問題はない。
問題はこんな森の中で野宿できる場所があるかどうかって話だけど。
「私はどちらでも構いませんが」
「んー、じゃあこのまま野宿でー。洞窟とか見つけておきたいねー」
「なるべく低空で飛びますから、それらしきものを見つけたら教えてください」
「はいよー」
まあ、最悪私が威圧すれば魔物は寄ってこないだろうし、多分大丈夫だろう。
あとそれから今更だけどミスティアさんに防御魔法を張っておこう。落としたら大変だし。
「ちょっと暗くなってきましたね」
それから休憩を挟みつつ探し続けたが、結局それらしきものは見つからなかった。
方向が悪いのだろうか? 一直線に進み続けるのもあれだったので途中で何度か方向転換をしたが、きちんとマッピングはしているので被っている場所を探しているというわけではないはずなのだが。
「そろそろー、野宿する場所を決めないとだねー」
「はい。でも、いい場所は見つかりませんでしたよね」
私が神星樹を探している間、ミスティアさんは目視でそれらしい場所を探していたのだが、結局見つかることはなかった。
まあ、洞窟とか探そうにも上からでは木々の葉が邪魔で見えないしね。仕方ない。
もう適当にその辺の木を切り倒して場所を作るか? あんまり森林破壊はしたくないけど。
『ハク、それならいい場所があるよ』
『アリア? どこなの?』
『あっちの方。魔力の滲み込んだ泉があるはずだよ』
どうしようかと迷っていると、アリアがそう提案してきた。
どうやら、妖精として世界を飛び回っていた時に見つけた場所らしく、妖精や精霊の溜まり場となっている場所らしい。
確かに、水場が近いのはありがたいし、泉の傍なら多少は開けているだろう。雨が降ったら面倒くさいけど、テントを張る場所くらいはありそうだ。
『なら、そこへ行こうか。ありがとね、アリア』
『このくらいはね』
アリアのアドバイスに従いしばらく進むと、言った通りに泉があった。
私は静かに泉の傍へと降り立ち、ミスティアさんを降ろす。
なかなか悪くない場所かも知れない。魔物は……あんまりいなそう?
「今日はここで休みましょう。エル達には連絡しておきます」
「はーい」
万が一のための通信魔道具は常に持ち歩いている。
エルは転移魔法が使えるし、サリアは通信魔法を使うこともできるけど、魔石の消費を考えなければこちらの方が断然楽だし、重宝している。
「それにしてもー、よくこんな場所見つけられたねー」
「たまたまですよ」
「へー?」
ミスティアさんが訝しげな顔でこちらを見てくるが無視した。
まあ、アリアには気づいていないだろうけど、これも私の不思議パワーかなにかかと思っているのかもしれない。別にそれでもいいけどね。
さて、さっさとテントを立てて火を起こしてしまおう。この時期は普通に寒い。
「ミスティアさんはテントを立てていてもらえますか? 私は薪を拾ってくるので」
「了解ー」
まあ、一応焚火など焚かなくても火の魔石を使ったカイロ的な魔道具もあるのだが、魔物を寄せ付けないためにも焚火は必要だと思う。
ここは人の手が入っていないから魔物も普通に強そうだしね。私はともかく、ミスティアさんは少し危険かもしれない。
薪を拾いに行く間、ミスティアさんを一人にしてしまうけど、そこまで離れるつもりはないし、いざとなればアリアもいるのでそこまで心配はしていない。近くに魔物がいないことは確認済みだしね。
「さて、こんなもんかな」
ある程度薪を集め、泉の方へと戻っていく。
ミスティアさんは私が渡したテントをすでに立て終えたようだ。手際がいい。
適当に薪を重ねて火魔法で火をつける。後は夕飯だな。
「ミスティアさんは保存食どれくらい持ってますか?」
「んー、これくらいー」
そう言って鞄から干し肉を一欠片出してきた。
え、まさかこれだけ?
「他のは全部馬車だよー」
「それでよく野宿を提案できましたね」
こんな食糧事情で野宿とか相当ふざけてると思う。
仕方ない、ここは私が出しますか。
私はポーチから出すふりをして【ストレージ】から食事を出す。
私を頼りにしてくれるのはありがたいけど、もう少ししっかりしてほしいな。
感想、誤字報告ありがとうございます。




