第五百四十七話:困った時のハク頼み
それから三日ほど移動し、森までやってきた。
街道も通っていて多少開発されている森ではあるけど、それでもその範囲は膨大で、この中から神星樹を探せと言われたら相当な観察眼が必要になると思う。
ヒントとなるのは神星樹は星の魔力を大量に溜め込んだものが発芽し、急激に成長するという点。
星の魔力と言うのは私から言わせれば竜脈の魔力だと思うので、恐らく竜脈の近く。それも魔力が相当濃い場所だと思われる。
ただ、普通ならばそんな場所は滅多にない。
人里離れた辺境の地とかならともかく、町からたった三日離れた場所で、しかも人の手が入っている森の竜脈なんて竜が放置しておくはずはない。
竜脈自体は通っているかもしれないが、魔力溜まりになるほどの濃い魔力を放っている場所なんてないだろう。
竜脈の魔力が関係なく、ただ単に魔力が濃い場所と言うだけだったら天然の魔力溜まりがあるけど、そちらはかなり探しにくい。
だって、見た目には魔力が濃いかどうかなんてわからないし、入ってみて初めてここが魔力溜まりだと認識するくらいだからだ。
もちろん、森のような場所だったら、木の発育が良かったりと多少の差異はあるけれど、正直わからないと思う。
「……ミスティアさん、ホントにここから一日で見つける気ですか?」
「やっぱりー、無謀かなー?」
そりゃ無謀だろう。普通の人は魔力の流れを感じることなんてできないし、出来たとしてもせいぜいなんとなくその辺に魔力を感じる程度のものだ。
ミスティアさんは割と優秀で、一年生の頃から光魔法をマスターしているほどの腕前ではあるけど、こんな少人数でどこにあるともわからない魔力溜まりを探すなんて無理があるだろう。
いやまあ、私なら探知魔法で魔力が濃い場所くらいは探せるけど……まさかそれを見越して頼んできたんじゃないよね?
森の中って木々が魔力を持っているからかなり探知魔法が使いにくいんだからね? いくら優秀だとしても、普通の学生が見つけられるようなものじゃないからね?
「……まあ、やるだけやってみます。でも、せめて二日ください。一日程度で調べられるほど狭い森じゃないです」
「流石ー、頼りになるねー。わかったよー。帰りはちょっと急ぎ目で行くってことでー」
ミスティアさんはもう確実に手に入れられると確信したような目をしている。
私の力の一端を知っているとはいっても、まだ竜だということは話していないんだけどな。
とりあえず、探知魔法で森を探ってみる。
動く魔力、つまり魔物の存在が複数確認できるけど、どれも距離は遠い。目当てである魔力溜まりらしき濃い反応もここからでは見受けられないようだ。
ここから歩いて森の中に分け入っていくわけだが、見つかる気がしない。
飛んで探せれば楽だけど……流石に竜の姿を見せるわけにはいかないしねぇ。
「ハクー、ここなら私達しかいないしー、飛んでもいいんだよー?」
「ミスティアさん、初めからそれ目当てで私を呼びましたよね?」
「えへへー、ばれたー?」
今回ヴィクトール先輩を呼ばなかったのはサプライズと言う意味合いもあるんだろうけど、私の能力を使わせる目的もあったのだろう。
サリアとエルもいるけど、その二人は私と同じ部屋ですでに秘密を共有している。だから問題ないという判断なのだろう。
確かに、竜人モードでも飛べれば探すのは楽だけど……ミスティアさん的にそれでいいんだろうか?
こう、好きな人へのプレゼントなのだから自分で見つけたいとかはないんだろうか。
「ここからなら御者にも見えないしー、ハクの力で探してくれると嬉しいんだけどなー」
「まあ、ミスティアさんがそれでいいならいいですけど……」
流石に森に馬車で入ることはできないので街道の途中で置いてきた。
一応、御者と念のための護衛の冒険者がいるので、襲われたとしても多分大丈夫だろう。この森にはそこまで強い魔物はいないはずだし。
……いや、でもエルが来た影響で多少は変わっているかな? なんか心配になってきた。
「……サリア、エル、悪いけど馬車の護衛をしていてくれる? もしかしたら襲われちゃうかもしれないし」
「ハクお嬢様からあまり離れたくはないですが……」
「何かあったらすぐに合図を送るから。エルとサリアならすぐに駆け付けられるでしょ?」
エルならば竜の姿になればこの森の範囲くらいだったらすぐに駆け付けることができるだろう。サリアもエルの背中に乗れば簡単についてくることができるはず。
ミスティアさんは一応依頼者だから連れていくけど、たとえミスティアさんを守りながらでも大抵の事ならなんとかできる自信はある。
元々過剰すぎる戦力だし、分けておいた方が色々と楽だろう。
二人と離れるのは少々寂しいけど、魔王に挑むわけでもないし、大丈夫だと信じたい。
「……ハクお嬢様がそうおっしゃるのであれば」
「でも、気をつけてな? 何が出るかわからないし」
「うん、もちろんだよ。お願いね」
そう言って、二人は馬車の方へと戻っていく。
この場にはミスティアさんと私、そして姿を消しているけどアリアだけが残った。
「もしかしてー、あの二人には知られたくなかったー?」
「そういうわけじゃないですけど、馬車を襲われたら帰る手段がなくなっちゃいますから」
ちょっと悪いことをしたと思っているのか、ミスティアさんは申し訳なさそうに眉をひそめている。
まあ、唐突に二人を帰したわけだから、そう思われてもおかしくはないか。
実際には知られたくないどころか私の本性まで知っているんだけどね。
「それじゃあ、お望み通り空から探しましょうか」
「おおー、頼りになるねー」
私は背中から竜の翼を出す。
今日は制服ではなく私服なのできちんと翼用の切れ込みが入っているので突っかかることはない。
なんだかんだでこのスタイルの服も定着してきたなぁ。もう服を破って使えなくすることはない。
「では、おんぶと抱っこ、どちらがいいですか?」
「へっ?」
「空を飛ぶんですから、どっちで抱えられたいかってことですよ」
気の抜けた声を出すミスティアさんにジト目で話しかける。
まさか私だけ飛んでミスティアさんだけ置いていくなんてことできるはずもない。それをやるんだったら、ミスティアさんも馬車に戻ってもらっている。
だが、目を丸くしているところを見ると一緒に飛ぶことは想定していなかったようだ。
抜けているのかなんなのか、まあ新鮮だからいいけど。
「ちなみに、おんぶだと翼を動かしにくいので抱っこの方が楽です」
「え、えっとー、じゃあ抱っこでいいかなー」
「それでは、失礼しますね」
「うひゃっ!?」
私はひょいと膝の下に手を入れ、ミスティアさんをお姫様抱っこする。
ミスティアさんの身長は170センチメートル近くあるのでだいぶアンバランスではあるが、抱える分には特に負担は感じない。
竜の力を持つ私は腕力もそこそこ強化されているのだ。
「飛びますから、しっかり捕まっていてくださいね」
「ちょ、ちょっとまっ、ひゃー!?」
そのまま飛び立つと、あっという間に空へと躍り出る。
ミスティアさんが凄い勢いで首に抱き着いてくるのが少し苦しい。あんまり暴れると落としちゃうよ?
何度か宥めつつ、森の上空を滑るように移動していく。
さて、神星樹は見つかるかねぇ。
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