第五百四十六話:癒しの装置
話を聞く限り、神星樹を見つけられればおのずと手に入るということだろう。種をピンポイントで探さなくちゃならないとかじゃなくてよかった。
問題は神星樹がどこにあるかだが、まあ大方の予想はつく。
星の魔力を溜め込んでいるということは。恐らく竜脈の近くだろう。竜脈はまさしく星の魔力と言っていい代物だ。
ただ、それだと町の近くで容易に見つかることになってしまう。なぜなら、竜脈の上は土地が豊かになるため、それに伴って人が町を立てるからだ。
ただ単に竜脈の近くと言うことではないのかもしれない。
とすると、濃い方か薄い方のどちらかと言うことになるか。それほど希少なものとなると、多分濃い方、魔力溜まりとかになっているレベルのところなんじゃないだろうか?
それならまずは、そういった場所を探すのが先決だね。
「ところでミスティアさん、この馬車はどこに向かってるんですか?」
「とりあえずー、カラバの町の方に向かってるよー」
「何か根拠があるんですか?」
「特にはないよー。ただー、あっちは大きな森があるじゃないー? 木なんだから森にあるんじゃないかなーって思っただけー」
……まあ、確かに砂漠の真ん中に木が生えてるとかならおかしいけどさ。
条件的に、重要なのは魔力の濃度だと思う。濃すぎて誰も近寄らないような場所でもないと、もっと発見報告があってもいいはずだ。
カラバの近くの大森林は一部が魔力溜まりと化している場所もあるし、そういう意味ではある意味目の付け所はいいのかな?
しかし、ここからカラバまで行くには流石に一週間じゃ足りない。帰りを考えると、三日程度で到着しないと間に合わない。
三日で行ける距離と考えると……まあ森にはつけるか。別の森だけど。
ただ、あの森は私が転移魔法の練習のために何度も訪れている森だからなぁ。そんな魔力の濃い場所あったかなぁ。
まあ、全部を見たわけではないからまだわからないけど、探す時間が一日程度だと流石に厳しい気がする。
もうちょっと休みを長く取れればいいんだけどね。……いや、流石にこれ以上は無理か。一週間取れただけでも凄いと思うし。
「……まあ、探すだけ探してみましょう。でも、あんまり期待しないでくださいね。流石に時間が足りません」
「ごめんねー。付き合ってくれるだけでも嬉しいよー」
ミスティアさんは私が謎パワーで見つけてくれるとでも思っているんだろうか。だとしたらちょっと無責任だけど……。
まあそれはともかく、早めに進んだとしても探せる時間はせいぜい二日程度。竜脈の流れを見て探していけばワンチャンあるか?
最悪見つからなかったら、後で探しに来ることも視野に入れよう。ここで見つからずに落ち込ませたくはない。
「それと、他の素材はどうするんです? また後日探すんですか?」
「ううんー、そっちはすでに確保済みだよー」
「確保済みって、もう見つけてるんですか?」
「うんー、一年生の頃から頑張って探してたー」
なんと、この計画は魔法薬研究会に入った当初から進められていたものらしい。
さらっと言っているけど、あの激やば難易度の素材達を学園に通いながら集めたって相当なことじゃないか?
恐らく、家の人とかにも手伝ってもらったんだとは思うけど、そうだとしても凄すぎる。
よっぽどヴィクトール先輩の事が好きらしい。ここまでしてもらえるなんてヴィクトール先輩は幸せ者だね。
「でも、そんな素材見たことありませんでしたが……」
「全部集めてからびっくりさせようと思ってたんだけど―、思ったより時間がかかっちゃってー、間に合いそうにないから今年で決めに行くことにしたのー」
出来ることならヴィクトール先輩が魔法薬研究会に所属している間に功績を残してあげたかったらしい。
確かに、学園では何かと便宜を図ってもらえて、貴族との交流も気軽に行えるが、卒業して就職してからと考えるとそういったものは自力で用意しなければならない。
しかも、仮に用意できたとしてもそれがいい人とは限らないし、下手をしたら研究成果を横取りされる可能性だってある。
色々と守ってもらえている学生のうちに成果を上げることができれば、就職だってより良いところにできるかもしれないし、ヴィクトール先輩の夢も叶いやすくなるかもしれない。
だからこそ、学生の間にけりを付けたかったのだとか。
まあ、気持ちはわかる。
ヴィクトール先輩の目標は貧しい人でも気軽に買うことができる病気の薬と言うことみたいだけど、それを実現するには色々と準備が必要だ。
素材の調達もそうだし、それらを売る販路もそうだし、お店だって必要だろう。
現在の薬師の業界はポーションに押されてそこまで盛り上がっていない。薬師として一から販路を築き上げていくのは至難の業だろう。
そう考えると、注目してもらえる今のうちにと考えるのは何も間違ってはいない。
ただ、問題が一つある。
「この魔法薬、素材が相当高価ですけど、安価で販売なんてできるんでしょうか? 元々魔法薬の手間賃は高いですし、これじゃあとても平民が買えるようになるとは思えないんですけど……」
安価で売りたいなら、素材も安く抑えなければ意味がない。それなのに、探しているのはどれも高価で貴重な素材ばかり。
こんなの素材だけでも通常の薬より高くなってしまう。これでどうやって安価で売るつもりなのだろうか。
「詳しくは私も知らないけどー、数十年単位で使える霧を発生させる装置? を作りたいみたいだよー」
「霧? 装置?」
おかしいな、魔法薬を作るという話だったはずなのにいきなり装置と来たか。
これはどういうことだろう? 霧状の薬を噴射する装置を作るってこと?
「その紙の下の方にー、案が書いてあるでしょー?」
「ああ、これですか」
確かに、それらしき図形と共に何か書かれている。
ええと、なになに? ……ふむ、どうやら鍵は神星樹の種と魔法にあるらしい。
神星樹の種はとてつもなく膨大な魔力を溜め込んでいる。その魔力を平癒魔法によって癒しの魔力へと変換し、それを別の素材で霧状の薬に変化させ、周囲に振りまくようにする。こうすることで、霧が振りまかれている一定範囲内にいる人には常に平癒魔法がかかっている状態となり、病気の回復を促進すると言うもののようだ。
神星樹の種に含まれている魔力はとてつもなく多いので、変換が済んでしまえば魔力が切れるまでの間ずっと平癒の霧を出し続けることができる。素材は高いかもしれないが、教会などに導入することによってより多くの命を救うことができるようになり、その人数は稀少な素材を使ったとしても余りあるほどの数になる、という予測を立てているらしい。
「……なるほど」
まあ、案としては悪くない。本当に神星樹の種の魔力を平癒魔法と同等の代物に変えることができるのなら、魔力量からしても数十年は持つだろうし、それに霧状で噴射するとなれば一度に複数人の治療も見込める。
装置のオンオフが出来ればなおいいだろう。そうすれば、数十年と言わず100年くらい持つかもしれない。
ただ、それでも流石に素材コストが高すぎる気もする。
他の素材はまあ、希少ではあるけど時間をかければ手に入るものではある。けど、神星樹の種はそう簡単に見つかるものでもないだろう。
種から栽培することもできないようだし、種を取りつくしたらまた別の場所を探さなくてはならない。そりゃ、数十年かければ見つかるかもしれないけど、それじゃあ作れるのはせいぜい二個とか三個とか。とてもじゃないけど数が足りない。
これならば、多少劣化になっても別の素材を使った方がいいのではと思う。魔石、は混ぜられないから無理としても、他にも魔力の篭ったものはいくらでもあるだろう。
数年程度でも持てば十分実用化に足ると思う。
まあ、それだと結局一人当たりの払う額が高くなってしまうからヴィクトール先輩の気持ちもわかるけどね。
最初の一つはこれでもいいかもしれないけど、代案は考えておいた方がいいだろう。
ヴィクトール先輩の夢を貶すのは少々心が痛むが、提案くらいはした方がいいかもしれないね。
感想ありがとうございます。




