第五百四十五話:先輩のために
それから数日経って、私はミスティアさんに誘われて馬車に揺られていた。
先日言っていた、発表会のための素材集めのために遠出することになったのだ。
メンバーはミスティアさんと私の他にはエル、そしてサリアである。
遠出と言っても休みが一日しかない以上は日帰りにせざるを得ないと思っていたんだけど、ミスティアさんは発表会のための必要経費だとして先生方に公休扱いで一週間の休みをもぎ取っていた。
発表会は学生にとっては将来に関わる大事な行事だし、学園側もつまらない発表をされて貴族達の機嫌を損ねたくはないのでこういう要望は割と通るらしい。
ただ、当然長い間休めば授業に置いていかれることになるので降格のリスクもある。あまりむやみに使う手ではない。
まあ、そのために勉強しているわけだし、多分大丈夫だとは思うけど。
ちなみに、私達が休みの間も他のメンバーは勉強会は行われることになっている。家に関してはお姉ちゃん達に頼んでいるので問題はないだろう。
「それでミスティアさん、どんな素材を探しに行くんですか?」
「この紙にー、書いてある奴だねー」
この日のために借りた馬車の中で聞いてみると、そう言って一枚の紙を差し出してきた。
箇条書きのように書いてあるのかな、と思いきやどうやらそれは魔法薬の試作案のようなもので、こんな素材を入れたらいいのではないかとかどんな魔法を使ったらいいかとかが色々書かれていた。
いやまあ、魔法薬研究会として素材を探しに行くのだから別に間違っちゃいないんだけど、これはミスティアさんが考えたんだろうか?
「これは……」
「それはねー、ヴィクトール先輩が考えたものなんだよー」
私の質問を予想していたのか、ミスティアさんはそう答える。
まあ、確かにヴィクトール先輩らしいきちっとした感じがする。ミスティアさんはどちらかと言うと感覚派だから、ここまできっちり書かないような気がするし、違和感を感じたのはそのせいかもしれない。
でも、ヴィクトール先輩が考えたならヴィクトール先輩と行けばいいのでは? まあ、もちろん頼まれたからには同行するけど、今回の旅はヴィクトール先輩は呼ばれていないようだし、なんかおかしい。
「……ヴィクトール先輩は今年度で卒業でしょー?」
「ああ、確かにそういえばそうですね」
ヴィクトール先輩は私が一年の時に既に三年生だった。だから、私が四年生になった今、ヴィクトール先輩は最終学年である六年生。つまり今年で卒業だ。
そうか、もう卒業なのか……。
ヴィクトール先輩は魔法薬研究室のリーダーとして的確な指示を出してきた。発表会での資料作りもほとんどヴィクトール先輩頼りだったし、その存在はとても大きかったと言える。
それがもうお別れと考えると、少し寂しいな……。
「そのアイデアはねー、ずっと前から温めていたものなんだってー」
「そうなんですか?」
「うんー。それこそー、入学する前からねー」
そんな前からなのか。
いや、確かに魔法薬研究会を立ち上げたのはヴィクトール先輩だし、元から案があってもおかしくはないか。
入学前ということは10歳以下だったということだから、それでこれだけの案を思いつけるのは素直に凄いけど。
「でもー、どうしても希少な素材が必要でー、作れないっていう結論に至ったんだってー」
「まあ、確かに書いてある素材は貴重なものばかりですが……」
ざっと紙に目を通してみたけれど、要求している素材はかなり面倒くさいものばかりである。
雨が降った後に一日だけ咲くと言われるアメツユ草と呼ばれる薬草や、万病に効くとされているエメラルドタートルの爪、精霊が好むとされ、魔力溜まりに生息するとされている魔光蟲などなど、欲しいと思って探してもなかなかお目にかかれないものばかりである。
ヴィクトール先輩もかなり無茶な計画を立てたものだ。
「だけどー、これはヴィクトール先輩の夢でもあるんだってー」
「夢、ですか?」
「そうー。貧しい人達でも安価で病気を癒せるような、そんな魔法薬が作りたいんだってー」
この世界にはポーションと言う万能回復薬があるが、それはあくまで怪我に対してだけであり、病気にはあまり効果がない。一応、体力だけは回復するので多少の延命にはなるが、根本的な解決とはなりえないのだ。
だから、病気には薬師が対応することになるのだが、正直医療に関してはほとんど進んでないと言える。
前世だったら注射一本で治るような病気でも、この世界では命に関わることもある。それに、そういった薬は総じて高く、また一回飲んだからと言ってすぐに効くわけでもないので何度も購入する必要がある。
裕福な家庭ならいいが、貧しい家庭ではとても薬代を払うことはできずに、そのまま病気で亡くなる人も多い。
だから、安価で薬を作ることができればそういった人達を助けることには繋がるかもしれない。
うん、素敵な考えだと思う。
「ヴィクトール先輩はー、卒業後も魔法薬師として研究を続けるみたいだよー」
「熱心なんですね」
「うんー。だからー、そんな先輩にー、後輩からプレゼントしてあげたいじゃないー?」
なるほど、ミスティアさんが私を誘った理由がわかった。
基本的に普通の方法では手に入れにくい素材ではあるけど、私には普通でない力がある。
まあ、この力は万能と言うわけではないけれど、普通に探すよりはよっぽど可能性があると言うものだ。
ミスティアさんは以前ひょんなことから身体が入れ替わったことがあり、その際に私の秘密を知ることになった。
もちろん、その時はまだ竜人状態にしかなれなかったから私の正体が竜であるということに気付いているかどうかはわからないけど、それでも少なくとも竜の力の一端を使うことができるということは知っている。
だから、出来ればその力を貸してほしいっていうことなのかもしれない。
「ハク、力を貸してもらえないかなー?」
「ええ、そういうことでしたら喜んで」
この力を悪用するとかならともかく、先輩のために役立てたいというなら手伝わない理由はない。
それに、私だってヴィクトール先輩にはかなりお世話になっている。これで少しでも恩が返せるというのなら願ったり叶ったりだ。
「それで、結局何を探すつもりなんですか? 流石にこれ全部は一週間じゃ無理だと思いますけど」
こんなの一つだけでも一週間で足りるかどうか怪しい。まあ、いくつかは私の力を使えば何とかできそうなものもあるけど……。
ミスティアさんはどこまで私に期待しているんだろうか?
「探したいのはー、神星樹の種だよー」
「神星樹の種、どんなものなんですか?」
「簡単に言うとー、星の魔力を溜め込んでいると言われている種だねー」
何らかの条件で魔力を大量に溜め込み、もの凄いスピードで成長していく木の事を神星樹と呼び、その神星樹が作り出す実から取れるのが神星樹の種と言うことらしい。
この種は膨大な魔力を秘めているらしいのだが、実から取れたものは地面に植えても成長することはないらしく、優秀な魔力の触媒として知られているらしい。
種一つで大型の魔石数百個くらいと同等の魔力を保有しているというのだからその凄さが窺える。
また、実の方も食べればいろんな力が身に付きやすくなり、肉体のレベルアップが見込めるらしい。
ただ、どのような条件で神星樹が出来るのかは解明されていないため、実も種も流通は全くない。運良く見つけられたら一財産を築けるほどの代物である。
そんな貴重なものを躊躇なくプレゼントしようとしていると考えるとかなりの勇気だが、これもヴィクトール先輩の人徳がなせる技だろう。
頑張っているミスティアさんのためにも、ここは頑張って探さないとだね。
感想、誤字報告ありがとうございます。




