第五十八話:崩落する壁
「さて、それではハクさん、詳しい話を聞かせていただけますか?」
ギルドの二階にある一室。ギルドマスターの部屋に着くと椅子を勧められ、早速事情を説明することになった。
気になることがあり、外壁を調べに行ったところいきなり襲われたことを告げると、ほっと安堵したような笑みを浮かべる。
「とにかく、無事でよかった。それで、気になることというのは?」
「外壁に大量の魔石が埋め込まれていました」
「外壁に魔石が?」
あの魔石を埋め込んだのは十中八九奴らだろう。外壁を破壊して何をする気かは知らないけど、面倒なことになるのは間違いない。
外壁は外からの攻撃に対する守りの要だ。それが破壊されたとあっては外からの攻撃に対して無防備を晒すことになる。
魔物の侵入を許すことになるし、最悪他の国から攻められるかもしれない。
「それと例の組織と何か関係が?」
「多分関係あると思いますよ。奴らも大量の魔石を購入していたようですし、外壁付近での目撃証言もありましたから」
「なるほど。しかし、だとしたら何が目的なのか」
そこがわからない。
さっき言ったように単純に防御力を下げ、外からの攻撃に対して無防備にするというのが目的なら、奴らは国家転覆を目論む重犯罪者ということになる。
けど、それだけで国家が沈むほど甘くはないだろう。
外壁が破壊されれば国は国外に対してそれを隠そうとするだろう。情報が伝わるのはかなり先になるはずだ。それまでには遠征に出ている騎士団も戻ってくるだろうし、戦力も十分確保できるだろう。
本当に国家転覆を目論むなら、破壊した直後に攻撃しなければ意味がない。
「奴らが他の国と繋がっている可能性はありますか?」
「ないとは言い切れない。だが、規模としてはそこまで大きくないはずだ」
王都での犯罪歴は目立つが、他の町ではそういった集団が目撃されたという情報は上がっていないし、国境近くに敵国の兵が集結しているという情報も今のところない。
そもそも国境沿いには軍備を整えた領地があり、そうやすやすと突破されることはないという。
「とにかく警戒はしよう。転移陣の方にも人を集めている最中だ」
「あ、ちゃんと伝わってたんですね」
「もちろん。君はまだ幼いのにいろんなことに気付くね。感心するよ」
まあ、所詮は浅知恵ですけどね。
騎士団の方にも連絡し、出来るだけ警戒するように促しているらしい。
それを聞いてほっとした。
だけど、まだ油断はできない。何をしてくるかわからないのだから。
「その、なんだ。君は被害者で、事件のことが気になるのはわかるし、協力してくれるのは嬉しいんだが、あまり無理はしすぎないようにな」
「? はい、わかりました」
帰り際にスコールさんがそんなことを言っていた気がする。
心配してくれたってことでいいのかな? まあ、お姉ちゃんに心配かけたくないし、あんまり無理はしないようにはしてるけど。
ギルドを出ると昼過ぎになっていた。さて、これからどうしようか。
一応、中央部側の外壁も見ておいた方がいいかな? 外縁部側と違ってあっちの壁を破壊する意味はあまりないように思うけど。
まあ、確認するだけでもしておいた方がいいか。
通りを歩いて中央部側の外壁へと向かう。
意外と遠いんだよなぁ……。
途中、少し休憩しながら歩いていくと、ようやく外壁へと辿り着く。
作り自体は外側と同じだ。中央部を円状に囲っていて、各地域ごとに門が設置されている。
ローブの集団が目撃されたのは……この辺りか。
早速探知魔法を走らせてみると、まああるわあるわ。魔石の山だ。
同じように穴が開けられていて通れるようにもなっている。
隠されているとはいえ、気づかないものかね。
いつからこうだったかは知らないけど、巡回の兵士はしっかりしてほしい。
さて、予想通りではあったけど、こっちの壁まで破壊する必要ってあるのだろうか。
いや、王都に打撃を与えたいのであれば破壊すべきだけど、外側の壁まで破壊するってことは外から何か持ち込みたいってことだよね?
でも、組織の規模はそこまで大きくなくて、敵国の軍が近づいている気配もない。そんな規模の組織が自前で国を落とせるだけの兵力を持っているとは考えにくいし、そんな兵力を隠しておけるだけの場所もないだろう。
一応、森があるけど、まさかあの森の中に拠点を作って待機してるなんてことないよね?
というか、そんなことするくらいだったら城の壁でも破壊して暗殺でもした方が絶対早いと思うんだけど。
……まさか城の壁も? いや、外壁ならともかく、城の壁ならさすがに気付くよね?
私だって気付けたんだ、ちょっと魔法が使える人ならあれだけ魔石が仕込まれてたら違和感に気付くはず。
「あ、ハク、ここにいたんだ」
「お姉ちゃん」
思案していると、背後から声をかけられた。
見知った気配に振り向くと、住宅街からお姉ちゃんが歩いてきているところだった。
「どう? 何かわかった?」
「壁に魔石がたくさん埋め込まれていることはわかったよ」
私は外側の外壁で起こった出来事を説明する。
途端にすごく心配そうな表情になったけど、この通り無事だから安心してほしい。
「なるほどね。やっぱり私があの時捕まえていれば……」
「お姉ちゃんは悪くないから、気にしないで」
「でもぉ……」
あの時は私を守るためにあえて追わなかったのだ。それにあの時捕まえていたとしても今日襲われた結果は変わらなかっただろう。
俯くお姉ちゃんの頭を精一杯背伸びして撫でてやると、ようやく笑ってくれた。
「ありがとう、ハク」
「それはこっちのセリフだけどね。ところで、お姉ちゃんの方は何かわかった?」
「それが、これといって何も」
お姉ちゃんは確か、昨日考えた印の場所を重点的に探していたはずだけど、がっくりと肩を落としている様子を見るに成果は芳しくなかったらしい。
私を殺そうとしてきたあの男。すぐに見つかると思っていたのになかなか見つけることが出来ない。
お姉ちゃんはもちろん、ギルドも探してくれているはずなんだけど、どこにいったのやら。
「これじゃハクも安心できないよね……」
「だから私は大丈夫だって」
お姉ちゃんが私のことを心配してくれるのは嬉しいけど、私はそれよりもお姉ちゃんの方が心配だ。
お姉ちゃんは強いし、奴らに負けるようなことはないとは思うけど、余り首を突っ込みすぎて怪我でもしたらと思うと。
アリアの件もあるし、絶対なんてないんだと思い知ったから余計にだ。
「私はお姉ちゃんが一緒にいてくれるだけで嬉しいから」
「ハク……」
お姉ちゃんの腕がそっと私の背中に回り引き寄せる。
目の前に豊満な胸が飛び込んでくるけど、少し屈めば溺れる心配もない。
身を委ねて、お姉ちゃんの温もりに包まれる。
ああ、これが私の欲しかったものだ。
目を閉じて、暖かな場所を堪能する、その時だった。
ドォン! と大きな音がしたかと思うと、地面が大きく揺れる。
ハッとして顔を上げると、遠くの方で煙が上がっているのが見えた。
「い、今のは……」
「まさか……!」
違和感を感じて振り返る。
聳え立つ外壁は見た目には何の変化もない。けれど、内包している魔力が上昇していると探知魔法が伝えてくる。
これは、まずい!
「伏せて!」
とっさにお姉ちゃんを突き飛ばし、地面に倒れ込む。
それと同時に、轟音と共に外壁が弾け飛んだ。
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