幕間:見慣れぬスキル2
主人公、ハクの視点です。
ひょんなことから手に入れた【擬人化】スキルによって、私は大人な姿に変身することができるようになった。
スキルは魔力に依存しないので、たとえ魔力切れになってぶっ倒れても変身が解けることはない。つまり、望めばいくらでもその容姿で活動できるわけだ。
このスキルの凄いところはある程度であれば容姿を変更できるという点。
明確にイメージする必要があるが、望めばもっと子供の容姿にもなれるし、男性寄りの姿になることもできる。
ただ、本来の性別までは変えられないようで、男性寄りの容姿になると言っても本当の性別は女性でしかない。
それと、【擬人化】は本来の姿の影響が強く出るせいか、髪や瞳の色も変えることはできなかった。
まあ、逆に言えばその程度なので、それ以外は自由自在である。だが、やはり最初の姿が一番いいと思い至った。
特に意識しないで【擬人化】する場合、その人が思う理想の姿へと変身するようだ。だから、特に何か特別な理由がない限りはそのままの姿が一番だ。
さて、お風呂場で色々と堪能していたが、そろそろ上がらないといけない。
ふふ、お姉ちゃん達はこの姿を見たらどんな反応するかな。少し楽しみだ。
「お姉ちゃん、お風呂出たよー」
「はーい。それじゃあ私も入ろう……か、な?」
変身した私の姿を見て、お姉ちゃんが固まっている。
驚き、困惑、警戒、羨望、色々な感情が織り交ざって頭がパンクしてしまったようだ。
試しに目の前で手を振ってみるが、反応がない。
ふふ、ここまで驚いてくれるとからかいがいがあると言うものだ。
「……はっ! え、だ、誰?」
「私だよ、お姉ちゃん」
「その声……もしかして、ハクなの?」
「そうだよ」
しばらくして復帰したお姉ちゃんは私の声で気づいたようだ。
目を丸くして、頭の先から足の先まで食い入るように見つめている。
「えっと、ど、どうしたの? その姿」
「ちょっと面白いスキルを貰ったからね、試してたらこうなった」
「すっごい美人……ハクが成長したらこうなるんだ……」
感動したように何度も見つめるお姉ちゃん。
確かに、私が順調に成長したら今のような容姿になるのかもしれない。まあ、これは理想の姿だから多少の差異はあるかもしれないけど、お姉ちゃんをして美人と言わしめるだけの美貌はあるようだ。
私からしたら、お姉ちゃんも十分美人なんだけどね。
「サフィ、どうし、た……?」
と、そこに様子を見に来たと思われるお兄ちゃんがやってきた。
お兄ちゃんもお姉ちゃん同様私の姿を見るなり固まり、手に持っていた木のカップを取り落としている。
中身が床にぶちまけられ、お兄ちゃんの足を濡らしているが、お兄ちゃんはそれにすら気づいていないようだ。
「は、ハクなのか? え、どうなって……」
「どう? この姿。大人に見える?」
私はよく見えるようにその場でくるりと回って全体像を見せてやる。
今は寝巻なので少々物足りないかもしれないが、お兄ちゃんに対しては十分な破壊力があったようだ。
お兄ちゃんは何も言わずにその場に仰向けに倒れ込む。よく見ると、鼻からは鼻血が出ていた。
「ハク……大人……いい……」
うわごとのように何か呟いているが、まさか気絶するとは思わなかったな。
流石にこのままにしておけないので、お兄ちゃんを部屋まで運ぶ。
お姉ちゃんも若干放心状態だったが、私が呼びかけると素直に手伝ってくれた。
この姿になっても竜としての力は健在らしい。出そうと思えば竜の翼を出すこともできそうだ。
「皆さん、どうかしたんですか?」
部屋でお兄ちゃんを介抱していると、そこにユーリがやってきた。
ユーリは私の姿を見るなり目を見開いていたが、それもすぐに収まりため息を吐く。
「なるほど、ハクの仕業ってわけね。もう、だめでしょう? お兄さんを気絶させたりしたら」
「え? あ、うん、ごめんなさい?」
意外なことに、ユーリは私の姿を見ても驚くことはなかった。
確かに、ユーリとはようやく敬語抜きで話せるようになって距離が縮まったけど、私の容姿が変わっていることはそんなに些細なことなんだろうか。ちょっとショックである。
あんまり驚いてくれないユーリに少し落ち込んでいると、ユーリはすたすたと私の下にやってきて、私の頬に軽くキスをしてきた。
……って、ええ!?
「ゆ、ユーリ?」
「その姿、とっても素敵です。でも、私より身長高くなっちゃってちょっと残念」
「う、うん、ごめん……」
「謝らなくていいの。独り占めしたいくらい可愛いけど、お兄さんの事もあるし、私は邪魔にならないようにしているね。あ、でも、タオルくらいは持ってこなくちゃ。ちょっと待っててね」
そう言ってユーリは去っていった。
なんというか、凄い大人な対応をされた気がする。
ユーリってあんなキャラだったっけ? もっと臆病なイメージが……いや、そうでもないな。バンバン怪我に飛び込んでいくような人だし。
「ハク、どういうことなのか説明してもらえる?」
「うん、さっきも言ったけどね……」
私はお姉ちゃんにこうなった経緯を説明する。
【擬人化】のスキルが手に入ったのは完全に偶然だ。あの時、襲われていなかったら絶対に手に入れることはなかっただろう。
あの変態皇帝に感謝するわけじゃないけど、【擬人化】のスキルに関してだけはお礼を言ってもいいかもしれない。
ただ、あくまでこれは偶然的に付与されたものなので、私のスキルかと言われると微妙なところだ。
お姉ちゃんもそれは思ったようで、やっぱり確認を取るべきじゃないかと言ってきた。
「やっぱり行かなきゃダメ?」
「ダメじゃないかなぁ。ハクがそのスキルを欲しいって言うなら、事情を話せば譲ってくれると思うし」
まあ確かに、ローリスさんなら普通にそのままにしてくれそうではある。
ただ、これが欲しいと素直に言ってしまうと、じゃあお願い聞いて? と襲われる可能性があるのが怖い。
この姿ならローリスさんの守備範囲外ではあると思うけど、あの人の前でスキルに頼った姿で挑むのは自殺行為だ。むしろ、もっと悪化する可能性さえある。やっぱり怖い。
せめて直接じゃなく間接的に……そういえば、確かあの大陸の管理はアースがやっていたよね。ヒノモト帝国に挨拶に行ったのもアースだし、アースなら自然な形でお伺いを立ててくれるかも。
よし、そうしよう。こんなことでエンシェントドラゴンを動かすのもどうかと思うけど、私の貞操がかかっているんだ、背に腹は代えられない。
「もし不安ならお姉ちゃんも行くから、ね?」
「う、うん。ありがとう」
「それにエルも行ってくれると思うし……そういえばエルはどこへ行ったの?」
「あ、そういえば……」
いつもなら真っ先に出てきそうなエルの姿が見えない。
どこへ行ったんだろう?
不思議に思っていると、不意に部屋の扉が開き、エルが入ってきた。
なぜか、顔を押さえ、その隙間から血がしたたり落ちている。
エルが怪我をした? そんな馬鹿な。
「え、エル? 何があったの?」
「いえ。少々、ハクお嬢様が尊すぎて忠誠心が溢れ出しただけです」
「はい?」
よく見てみると、したたり落ちている血はどうやら鼻血のようだった。
え、まさかお兄ちゃんと同じように私を見て鼻血出したの? いやいや、いつ見たんだよ。
私はこれまでの行動を思い返してみる。
お風呂を上がった後、廊下でお姉ちゃんと出会い、お兄ちゃんが合流して、その後お兄ちゃんを部屋に運んでその後はずっとその部屋にいた。
廊下は一直線だし、いたら気付くと思う。お姉ちゃんにもアイコンタクトを取ってみるが、首を振っていた。
え、マジでどこで見たの?
「ハクお嬢様、そのスキルはぜひ入手しましょう。私が何に変えても手に入れてみせます」
「え、いや、別にそこまでしてもらわなくても……」
「いえ! その姿は大変貴重です! 出来ることなら絵師に絵を描かせて額縁に入れて飾りたいくらい!」
「そんなに!?」
なんだかエルが暴走気味だ。
確かに欲しいスキルではあるけど、襲われるくらいなら手放してもいいとは思っている。
この姿には憧れるけど、絶対に欲しいスキルではないし、そもそも短時間でいいなら変身魔法で再現できるしね。
まあ、魔力消費なしで維持できるのは魅力だけど。
「その姿を見られるなら私は死んでもいいです!」
「いや、そんなことで死なないで!?」
しばらくの間、エルの暴走は止まることはなかった。
後日、アース経由でローリスさんに確認を取ったが、別にそのままでいいということで、晴れて【擬人化】スキルは私のものになった。
でも、その際に「貸し一つね」と言われてしまい、静かに恐怖する羽目になった。
感想、誤字報告ありがとうございます。




