幕間:次こそは守りたい
ヒノモト帝国の宮廷魔術師、ウィーネの視点です。
ヒノモト帝国は世界に不遇に扱われている転生者やその家族などを保護することを名目に作られた国だ。
住人の多くは魔物であり、強力な力を持っているが故に討伐されかけたりした過去を持つ。
かくいう私も最初はただの猫だった。
当初は裕福な貴族の家でローリス様ともども飼われていたが、その貴族は裏で悪事を働く悪徳貴族だった。
その時点で末路は決まっていたのだろう。悪事が明るみになり、家は潰され、私達は保護されることもなく野に打ち捨てられた。
私は別にどうなっても構わなかった。けれど、ローリス様だけは絶対に救わなければならないと思った。
前世での私は、ローリス様を守る護衛の任についていた。しかし、抗争相手の連中に不意を突かれ、孤立無援の状態になり、最後は追い詰められて殺された。
私は必ずローリス様を守ると誓っていたのに、守れなかった。それがたまらなく悔しくて、第二の生を受けた時、これは神に与えられた最後のチャンスだと思った。
幸運にも、私とローリス様は今世では姉妹として生を受けたらしい。暢気な性格のローリス様は猫の生活をそこそこ気に入っていたようだったけど、魔物が跋扈するこの世界でただの子猫が生きていけるはずもないことは重々承知していた。
だからこそ、私達は賭けに出た。
転生の恩恵なのだろう、私達には特別な力が宿っていた。私は魔法を自在に操る力を、そしてローリス様は自分の持つスキルを相手に付与できる能力と、意識のない、または同意した相手からスキルを奪う能力を持っていた。
私が魔物を弱らせ、ローリス様がスキルを奪っていく。そうすることで、私達はどんどん力を付けていった。
最初は死に物狂いで、他の人の事なんて眼中になかったが、しばらくそうしたことを続けていると、私達と同じように人間に転生できなかった魔物の転生者も大勢いることがわかった。
せっかく類稀なる力を持っていても、人でないというだけで迫害されてしまう。いわば世界を敵に回しているような状態だ。
そんな彼らを救いたい。ローリス様はそうおっしゃって、そうした虐げられてきた不遇な転生者達を救うための国を作り上げた。
もちろん、魔物が住まう国など世界から認められるはずもない。けれど、ローリス様は【擬人化】のスキルを使って住人達を人に仕立て上げ、無理矢理国として認めさせた。
まあ、それでも大っぴらにしたらばれるので、交易は必要最低限の場所だけで行い、対応する人もこちらを理解してくれる人族に限ってはいるが。
元は魔物と言うこともあって、彼らは人族にはない特別な力を持っていることも多かった。
それらの能力を用いて国を開拓し、交易品を作り、各国に流していく。
今ではヒノモト帝国は世界になくてはならない存在になっていることだろう。ヒノモト帝国が作り出す結界魔道具は他の国では作れない。しかし、結界魔道具がなければ魔物や戦争の被害を食い止めるのが難しい。
魔物の存在を認めさせる、とまではいかないが、それでも世界に胸を張れる大国へと進化していったのだ。
ローリス様は本当に賢い方だと思う。もし私だけだったら、ここまでのものは作り上げられなかっただろう。
魔物が持つマイナススキルを引き受けたこともあって住人達のローリス様への信頼は厚い。私も、そんな方に再び仕えることができてとても光栄に思う。
「ローリス様、交渉の方はいかがだったでしょうか」
「問題ないわ。とても紳士的な方で、スムーズに交渉することができた。ハクが何か調整してくれたのかもね」
現在、ヒノモト帝国では新たな事業に乗り出そうとしている。
それは土地の魔力の調整の委託。
土地の魔力とは、土地に循環している魔力の事で、その土地に豊饒をもたらすものである。だから、それらをちゃんと調整しないと土地が死滅し、草も生えないような場所になってしまうのだ。
今までは私がその調整を行っていたのだが、今回竜と面識のあるハクが来たことによってその役目を竜に委託することにしたのだ。
竜は元々土地の魔力を調整することを目的としている種族であり、こちらから頼まなくても勝手にやってくれるようなものではあるが、竜の役割の中には魔物の間引きも入っている。
いくら住人が人に近い容姿をしているとはいっても魔物であることに変わりはない。だから、もしかしたら間引きと称して討伐されるかもしれない可能性を考えて、あえて竜に気付かれないように結界で隠蔽していたのだ。
しかし、ハクの登場によってその問題も払拭された。これで私も少しは楽ができると言うものである。
「向こうの要求は何を?」
「お酒と調味料、肉に魚に野菜、後は娯楽用品が少々ってところね。これから増えるかもしれないけど、まあ許容範囲内でしょう」
「結界はいらないのですね」
「まあ、竜だしね。本来結界魔法は竜の専売特許だし」
本来なら、竜の使命なのだから勝手にやらせてもいいのだけど、それだと万が一にも住人に手を出されたら問題だ。
だから、こちらからある程度便宜を図ることによって釘を刺したわけである。
竜の一匹や二匹程度ならどうとでもなるけど、流石に大群となるとそうも言ってられないので穏便な方向に持っていくことに越したことはない。
「これでウィーネも少しは楽ができるかしら?」
「はい。ご配慮いただきありがとうございます」
「ウィーネは私の大切な妹だもの。これくらいは当然よ」
前世での年齢は私の方が圧倒的に上だったが、今世では私の方が妹と言うことになっている。
ローリス様を守る立場で妹と言うのも少々格好がつかないが、ローリス様は妹ができたことを心から喜んでいるようだったので悪い気はしない。
「だから、今夜あたりどう?」
「それがローリス様のお望みならば」
「もう、それじゃダメ。ウィーネがやりたいかどうかを聞きたいの」
「ローリス様の願いは私の願いでございます」
「硬いわねぇ……」
とはいえ、元は主従の関係だった。今でもそれは変わっていないし、これからも変えるつもりはない。
ローリス様は不満のようだけど、こればかりは譲れない。
私はローリス様の剣であり盾。私の使命はローリス様を守ること。それ魂に刻み込まれたゆるぎない信念だ。
「まあ、いいわ。そういうことなら今夜お願いね」
「かしこまりました。それでは、今のうちに仕事を片付けてしまいましょう」
「お願いね。私もちゃっちゃと仕事を済ませてしまいましょう」
自由気ままで皇帝らしくはないが、やる時はやる優秀な人である。
軽く言っているが、私の負担を減らそうと方々に手伝いを頼んでいるのを知っている。だから、私はそれに応えなければならない。
謁見の間を後にし、仕事を片付けに行く。と言っても、土地の魔力の調整をしなくてもよくなったので、スケジュール的にはだいぶ楽だ。この調子なら、夕方頃には終わるだろう。
ローリス様に誘われた以上、身だしなみはきっちり整えなくてはならない。
私の服は黒いから汚れはあまり目立たないが、念のため新しいのを用意した方がいいだろうか。それと、お風呂にも入らなくては。
猫に転生したせいかお風呂はあまり好きではないが、ローリス様の前で無様な姿は晒せない。
「さて、頑張ろうか」
ローリス様の情欲的な姿を想像して少し笑みがこぼれる。
いけないいけない、私は厳格なイメージで通っているのだ、部下の前でこのような表情は晒せない。
私は頬をぱしぱしと叩いて気合を入れると、次の仕事場に向かった。
感想、誤字報告ありがとうございます。




