幕間:距離を縮めたい2
竜人の転生者、ユーリの視点です。
私とハクさんは恋人同士のはずである。しかし、実際にはお互い敬語で話しているし、ハクさんはあまり家にいてくれない。
まあ、恋人と言うのはあくまで私が思っているだけの事で、ハクさんの中では多分私は妹とかその辺りに思われているんだろうなと思う。
ハクさんが私に向ける目は恋人に対してではなく、庇護するべき対象に向ける目だったから。
確かにハクさんは竜だから私よりも長生きしているだろうし、力も持っているから守るべき対象として見るのは当たり前なのかもしれない。けれど、私だって一応は竜人。一般人と比べたら強い力を持っているし、長い一人旅の影響でそれなりに戦闘スキルも持っている。
並び立つ、とまではいかなくても、自分の身は自分で守れるくらいには自信があるのだ。
それなのに、私はいつまで経ってもハクさんの庇護対象のまま。信頼する相棒には到底なれそうにない。
ハクさんを振り向かせるためには一体どうしたらいいんだろう。サリアさんならば、その答えを知っているだろうか?
「んー、まず、守られてるから相棒にはなれないっていうのは違うと思うぞ」
「えっ?」
そういった話をして返ってきたのは意外な言葉だった。
庇護対象として見ているということは、ハクさんにとって私は守るべき存在で、言い換えれば私は弱いと言っているようなものだ。
もちろん、それは間違っていないし、守るべき存在として見てくれるのは嬉しい。けれどそれは、あくまで弱き者を守るためと言う目的。恋人と言う大切な存在だから守りたいと言うものではないと思う。
それなのに、それは違うとサリアさんは言うのだ。
「どういうことですか?」
「だって、僕だってそういう目でハクに見られているぞ?」
「え、そうなんですか?」
「ああ。僕だけじゃない。シルヴィアも、アーシェも、アリシアも、王子も、みんなみんなそういう目で見てる」
意外だった。サリアさんは闇魔法の使い手で、その実力は現役の暗殺者並みと言う話をハクさんから聞いたことがある。
それほどの手練れの人がハクさんからすれば守るべき対象というのはよくわからない。
でも確かに、思い返してみればハクさんが親しい人に向ける目はいつだってそういう目だったかもしれない。
Aランク冒険者であるサフィさんやラルドさんに対してもそういう目をしていたことがあったのだから、ハクさんにとって守りたい人と言うのはその人の強さで決まるようなことではないのかもしれない。
と言うことは、ハクさんは竜としての力を持つがあまり、みんな助けたいと思ってしまっているということだろうか。あの優しい性格のハクさんなら確かにやりかねないかもしれない。
「だから、そんな目で見られているからと言って悲観する必要はないと思うぞ」
「そうですか……。確かに、ハクさんは強いですもんね」
ハクさんは相手を弱いと思って見ているのではなく、大切な人だからと言う意味で見ているらしい。
でも、それだと敬語を使っている人とそうでない人の差は何なのだろうか。
ハクさんが心を許すに値する要因は一体何だったのだろうか。
「私、未だにハクさんに敬語を使われているんですけど、どうやったらサリアさんみたいにため口で話せるようになりますかね?」
「んー、そうだなぁ。お互いに心が通じ合うことが大切なんじゃないか?」
サリアさんは以前、そのスキルが原因でハクさんを傷つけてしまったことがあるらしい。その時、ハクさんはサリアさんと敵対するのではなく、懸命に諭し、その力を使わない方向に説得したようだ。その結果、サリアさんもハクさんの優しさに気付き、今では親友となったということらしい。
お互いに心が通じ合う。言うのは簡単だけど、やるのはとても難しい。
そもそも、お互いに心が通じ合うとは何だろうか。相手の考えていることが何でも理解できるようになるとか? ……そういうわけではないだろう。
相手が何を思っているのか、何を欲しているのかを感じ取ることができればいいということだろうか。そんなの、エスパーでもなければ無理なような気がするけど……。
「サリアさんは、ハクさんの思っていることがわかるんですか?」
「いや? でも、ハクが何をしたいのかはなんとなくわかる」
例えば何か窮地に陥った時、ハクさんならばどうするかを考え、瞬時に考えが浮かぶかどうか。
もしその時に考えがすぐに浮かぶようなら、相手の考えを理解していると言ってもいいかもしれない。
試しにやってみる。例えば、目の前に怪我をした子供がいるとする。その時にハクさんならばどうするか?
そんなの決まっている。ハクさんならば、すぐさま治癒魔法をかけて助けるだろう。
ハクさんの性格はよく理解しているつもりだ。そもそも、私の場合でも回答が同じなので私とハクさんは似た者同士なのかもしれない。
これは、通じ合っていると言えるのだろうか? いや、ハクさんが私の事をどう思っているかわからない以上はまだ確定ではないか。
でも、ハクさんは私に対してよく注意をしてくる。それって、私が何をするのかわかっているから止めてくれているのではないだろうか。それは通じ合っていると言えるのではないだろうか。
でも、ならなぜ未だに敬語なんだろう?
「私もハクさんの考えそうなことは何となくわかります。ハクさんも、多分私の事をわかっていると思います。でも、まだ敬語なんです」
「そこまで来てるなら、後は一歩が出るかどうかじゃないか?」
「一歩?」
「ハクは結構シャイだから、何かきっかけがなければ敬語を解くことはあまりしないんだ。相手から誘って、その時にある程度親密になれているのなら敬語を外してくれる。ユーリはその一歩が足りていないじゃないかって」
一歩、確かにそうかもしれない。
私は今の関係が崩れるのが嫌で、ハクさんの方から敬語を解いてくれるのを待っていた。
けれど、それはハクさんも同じで、ハクさんは私が敬語を解くのを待っているのかもしれない。
お互いに通じ合っているのなら、後は一歩を踏み出すだけ。私が、今の関係に甘んじて敬語を続ければ一生敬語が取れることはないだろう。でも、私が一歩を踏み出し、呼びかけることができれば、あるいは行けるかもしれない。
今がお互いに通じ合っているかどうかの確証はない。けれど、踏み出さなければ何も始まらない。
確かにその通りだ。私には覚悟が足りていなかった。
「……なるほど、参考になりました」
「安心しろ。ハクは優しいから、いきなり呼び捨てにしたところで怒ることは絶対ない。むしろ、喜んでくれると思うぞ」
「そ、そう言うものでしょうか?」
「そう言うものだ。不安なら僕も見守っているし、試してみるだけしてみたらいいんじゃないか?」
サリアさんに言われて少しだけ勇気が出てきた。
確かにハクさんなら、いきなり呼び捨てにしようが怒ることはないだろう。初対面ならいざ知らず、これでも一応半年以上付き合っているのだから。
私はハクさんが戻ってきたら呼び掛けてみようと思い、サリアさんと共にハクさんの帰りを待つ。
しばらくして、帰ってきたハクさんを呼び捨てで呼んでみたら、ハクさんも遠慮がちに私の事を呼び捨てで呼んでくれた。
ああ、こんなにも簡単なことだったんだね。
私は勇気をくれたサリアさんに感謝すると共に、ハクさん……いえ、ハクの事をより一層意識するようになった。
感想、誤字報告ありがとうございます。




