幕間:距離を縮めたい
竜人の転生者、ユーリの視点です。
ハクさんはとても忙しい人だ。
普段は学園に通っていて寮暮らし、長期休暇で帰ってきても家にいないことが多い。
もちろん、家にいる時は目一杯構ってくれるし、ハクさんも好きで忙しくしているわけではないとわかっているから納得はしているけど、やはり不満ではある。
私は前世で死に、この世界で竜人として生を受けた。
この世界では竜人は迫害の対象のようで、特徴的な翼や尻尾を晒して歩いているとあまりいい顔はされない。本来なら、竜人は人里から離れ、ひっそりと暮らしているのがいいと思うんだけど、私はハクさんに会うために各地を巡り、その結果色々と怪我をしてきた。
まあ、その怪我の大半は自分から負ったものだけど、その選択を私は後悔していない。
私なんかがちょっと我慢するだけで人の命を救えるなら儲けものだし、私にはハクさんに会うという目標があったからずっと頑張ってこられた。
でも、ハクさん……いえ、正確には白夜さんに出会うことができ、私の目標はハクさんのために尽くすことに変わった。
ハクさんのためならば、たとえ死ぬような重症でも引き受けてみせる。けれど、ハクさんは中々その機会を与えてくれない。
まあ、機会がないということはハクさんが無事だということだからそれはそれでいいんだけど、あまりにも何もないから本当に役に立てているのかどうか不安になる。
だからこそ、自分のことをアピールするためにいろんな人を助けている。でも、ハクさんはあまりいい顔をしない。
私の事が心配だから、あまり大きな怪我を移さないでほしいとも言われた。その気持ちはとても嬉しいし、愛されているって感じがして顔が熱くなる。
けれど、やっぱり不安なものは不安なのだ。
「はぁ、早くハクさん帰ってこないかなぁ……」
今日もハクさんは家にいなかった。なんでも、ヒノモト帝国と言うところに行っているらしい。
大陸中を旅していた私でも知らないところだから、恐らくまた別の大陸なのだろう。
ハクさんは転移魔法と言う見たことがある場所なら一瞬で移動できるという魔法を使えるので距離はそこまで問題にはならないが、それでも寂しい。
私も転移魔法が使えたらいいのになぁ。そしたら、エルさんみたいに一緒についていけるのに。
「ユーリちゃんは本当にハクの事が好きなのね」
「そりゃあもう。命の恩人ですし、それにあのルックスは反則です」
私は前世で車に引かれそうになった時にハクさんに救われる形で生き永らえた。
その時ハクさんは男だったけど、今や私よりも幼い女の子になってしまっている。
もちろん、それは外見だけの話で、その正体は竜なのだけど、でも見た目は重要な要素だ。
さらさらとした銀髪にエメラルドグリーンの瞳。私なんか遠く及ばないほどのとてつもない美人だ。とてもじゃないけど、元は男の人だったなんて信じられない。
私は同性愛者と言うわけではないけれど、それでも可愛いものは好きだし、あの人形のような美しさはついつい愛でたくなる。
さらに言えば、性格も相当いい。困っている人を見過ごせないあの心は見習うべきものだと思う。
「あはは、ハクは可愛いからね。でも、ユーリちゃんも可愛いと思うけど?」
「私なんてまだまだです。お姉さんの方がよっぽど美人ですよ」
「あら、嬉しいこと言ってくれるわね」
ハクさんのお姉さん、サフィさんも負けず劣らずの美人だ。ハクさんとは直接の血の繋がりはないみたいだけど、目元のあたりとか結構似ている気がする。
「それより、どうかしたんですか? この時間はお庭で訓練しているのでは?」
「あ、そうそう、お客さんが来たから伝えておこうと思って」
「お客さんですか」
ハクさんの事を訪れるお客さんはそんなにいない。
ハクさんは王都では知らない人がいないほどの有名人ではあるけど、そこは暗黙の了解なのか本当に用がない人以外は寄らない決まりがあるのだとか。
冒険者の中にはハクさんを守る親衛隊なるものまでいるらしく、常に交代でこの家を見張っているという噂もある。
なんかそこまでされると気持ち悪いけど、でもハクさんが大事にされているのは確かだ。
そうでなくても、お姉さんのサフィさんやお兄さんのラルドさんも冒険者界隈ではかなりの有名人。ここは有名人ばかりが住まう家なのだ。私なんかじゃ釣り合わないね。
「どなたですか?」
「サリアよ。ハクはいないって言ったんだけど、戻ってくるかもしれないからしばらくいるって」
サリアさんはハクさんの同級生の方で、一番の親友らしい。
直接会ったことはないけれど、ため口で話し合う仲なのだとか。
ちょっと羨ましい。私は未だにお互いに敬語で話しているから。
「それじゃあ、お茶の用意をしてきますね」
「うん、よろしく」
ハクさんは基本的にみんな敬語で話す。気軽に話しているので私が知っているのはお姉さんとお兄さん、そしてアリアさんとエルさんくらいなものだ。
お姉さんの話では、他にも数人いるようだが、条件としてはみんな親友と言えるような関係と言うことだろうか。
お互いに名前を呼び捨てで呼び合うような、そんな仲になって初めてハクさんは敬語を外してくれるらしい。
でも、どうやったらそういう関係になれるのかはわからない。
私にとってハクさんは年上だ。恋人同士になったとはいえ、呼び捨てで呼ぶのは少し気恥しいし、急に呼び捨てなんてされたらハクさんだって困るだろう。
でも、そういう一歩を踏み出すのが重要だったりするのだろうか? でも、それで嫌われてしまったら元も子もないし……。
そんなことをグルグルと考えながらお茶を入れ、サリアさんが待つ応接室へと運んでいく。
「お茶をお持ちしました」
「おお、ありがとな」
サリアさんはハクさんと同学年らしいけど、それにしては年齢が高い。すでに大人の女性としての魅力を醸し出しているし、胸もそれなりに大きい。これで学生だというのだから驚きだ。
まあ、これには色々事情があるらしいのだけど、私はよく知らない。
サリアさんはあまり物怖じしない性格のようで、どんな相手にも自分の口調を崩さないらしい。一応貴族らしいのだが、それにしては少し男の子っぽい喋り方で、ハクさんよりよっぽど男の子っぽいと思う。
今のハクさんは本当に女の子だからね。仕草も何も全部。
それはいいとして、この方がハクさんの親友か。年齢、は関係ないよね。むしろ、ハクさんの見た目を考えたら付き合いにくそうな年齢だし。
ハクさんが好かれるのは当然として、その層は多岐にわたる。子供もそうだし、大人もそう。だから、ハクさんがどの年齢層が好みなのかはいまいちわからない。
何か秘訣でもあるんだろうか。私は恋人と言う親友以上の関係なのにいまだに敬語を使われているという微妙な状況なので、どうにか糸口を掴みたい。
「僕の顔に何かついてるか?」
「え? あ、いえ、なにも……」
そんなことをついつい考えていたら、どうやらじっと見つめてしまったようだ。
「何か悩みでもあるのか?」
「い、いえ、そういうわけでは……」
「嘘だな。悩んでますってオーラが半端ないぞ」
そう指摘されて思わず黙り込む。
私はそんなにわかりやすかっただろうか。確かに、ハクさんと今以上の関係を、と思ってはいるが、今の関係が崩れると思うと怖いというのが本音。
サリアさんのように物怖じしない性格なら変わるのだろうか。エルさんやアリアさんはハクさんが小さい頃からの知り合いのようだし、あまり参考にはならない。
「……ええ、実は悩んでいるのです。もしよければ相談に乗っていただけますか?」
「おう。僕でよければ話聞くぞ」
少し悩んだ結果、悩みを打ち明けることにした。
ハクさんの親友であるサリアさんなら、もしかしたら何か糸口を見つけてくれるかもしれないしね。
私は控えめに隣に寄り添うと、話を始めた。
感想、誤字報告ありがとうございます。




