第五十七話:人攫い
翌日、お姉ちゃんは早々に宿を出発していった。
今日は満月。大気中の魔力が最も満ちる日だ。何か魔法に関することをするなら最適な日だろう。
お姉ちゃんにも満月に何か起こるかもしれないという可能性は伝えたけど、果たしてどうなるだろうか。
このまま何も起きずに今日が過ぎてくれればいいんだけど。
さて、私も出発することにしよう。
向かうのは外壁。昨日お姉ちゃんと一緒に見た地図に示されていた地点だ。
内側と外側があるけど、より重要度が高いと思われるのは外側だろう。もし穴が開いているのだとしたらそのまま外に出られるってことになるからね。
大通りを抜け、だんだんと人気の少ない道に入っていく。
この辺りはスラム街も近く、空き家も多いから昼でもそこまで人は見当たらない。
一時間ほどかけて外壁に辿り着く。
目の前には見上げるほどに巨大な石の壁が聳え立っていた。
さて、ローブの集団が目撃されたのはこの辺り。何か痕跡が残ってればいいんだけど。
そう思い、私は探知魔法の魔力を強める。
先程から妙な気配が引っ掛かっていたのだが、その正体はすぐにわかった。
目の前の壁の内側、つまり内部に大量の魔力反応がある。
この形と大きさ、恐らく魔石だろう。つまり、魔石が大量に壁に埋め込まれているのだ。
その数ざっと数えても百以上はあるだろう。周囲10メートルほどの範囲に限るが、分厚い壁に所狭しと魔石が組み込まれている。
このめちゃくちゃな配列、どう考えても後から仕込まれたものだ。恐らく、土魔法で埋め込んだんだと思う。
これが数個だけだったら気づかなかったかもしれないけど、これだけ大量となれば嫌でも気づく。
それと、隠されてはいたが、やはり一部に人一人が通れるほどの穴が開けられていた。
隠蔽魔法によって隠されていたけど、私の目は誤魔化せない。
これで私の予想は少しは当たっていたことは証明できたけど、この魔石は何だ。
これだけの魔石が埋め込まれていれば、魔石を媒介に魔法を発動すれば十中八九壁は崩れるだろう。外壁の一部に大穴が空けば外部からの魔物の侵入を許すことになる。
それは確かに大変だけど、今の時期は闘技大会の影響で周辺の魔物は軒並み掃討されている。再建に時間はかかるかもしれないけど、今すぐに脅威になるとは思えない。
では、他に何の目的が? 大穴なんか開けたら間違いなく気付かれる。せっかく気づかれないように外に行ける通路があるのにそれを潰す理由がわからない。
他にも通路があって、それを隠すためにこちらに注意を向けさせようとしているとか? だとしても、そんなことをすれば外壁の警備が厳重になってそれすら使えなくなる可能性を考えればおかしい。
あるいは、例えば外に大量の兵力が用意してあって、それを侵入させるための突破口になるとか? だとしたら、奴らは王都に戦争を仕掛けようとしてることになるんだけど。
「とりあえず、ギルドに報告した方がいいかも」
なんにしても、この状況は明らかに異常だ。知らせておいた方がいいだろう。
そう思って踵を返そうとした時、ふと背後に誰かがいることに気が付いた。
振り返ると、そこに立っていたのはローブを着た人物。三人ほど並んで立っている。
あのローブ、間違いなく奴らの仲間だ。
「おやおや、お嬢ちゃん、こんなところで何をしているのかな?」
ローブの下で下卑た笑みを浮かべながら話しかけてくるのは中央にいる男。左右にいるのは逃がさないためか、私を取り囲むように広がっていく。
「いけないなぁ、こんなところに一人で来ちゃ。そんなことをしていると……」
男は懐に手を入れナイフを取り出して見せつけるように刃先を向ける。
「おじさん達みたいな人に捕まっちゃうよ?」
じりじりと距離を詰めてくる男達。
人攫いはしてるだろうなと思っていたけど、ここまで露骨だと逆に変な笑いが浮かんでくる。
さて、どうしてくれたものか。
あのローブがみんな魔道具だとしたら魔法は効かない。そうなると相手に直接触れない間接的な魔法を使うしかないか。
私は目に身体強化魔法をかける。
少しずつ後ろに下がりながら機会を窺う。
「やっちまいな」
男が号令をかけると同時に二人が襲い掛かってきた。
焦らず、しっかりと動きを見て避ける。
まさか避けられると思っていなかったのか、襲い掛かってきた男達は目をぱちくりとさせていた。
「何やってんだ、さっさと捕まえろ!」
再び手が伸びてくる。それを時には叩き落とし、間を抜けるようにするすると避けていく。
この程度なら避けるだけなら簡単だ。動きも遅いし、魔法を使う気配もない。正直拍子抜けではある。
いつまでも捕まらないことにいら立ったのか、男二人も懐からナイフを取り出してきた。
傷ものにしたら売れなくなるんじゃないの? とか思ったけど、なりふり構っていられないようだった。
迫りくるナイフをひょいひょいと避ける。だんだんと動きも雑になってきた。
そろそろ頃合いだろう。足に身体強化魔法をかけ、一気に加速する。男の一人の腹に拳がめり込み、昏倒させた。
「なっ、てめぇ!」
もう一人の男が逆上して襲い掛かってくる。だが、それは予測済みだ。
足払いをかけて転倒させ、股を思いっきり蹴り上げる。
何とも言えない悲鳴を上げて、もう一人も気を失った。
うん、なんかごめんね。でも後悔はしてないよ。
「お、お前、何もんだ!?」
あっという間に仲間二人が倒され、余裕の消えた声が聞こえてくる。
こいつらから色々情報を聞き出せればいいんだけど、なんだか下っ端臭いんだよなぁ。
まあ、一応聞いてみようか。
「あの壁に埋め込まれた魔石は何ですか?」
「は、魔石? し、知らねぇよ!」
反応からして本当に知らなそうだ。うーん、ちょっと残念。
とりあえず捕まえてしまおうか。
逃げようとしている男の足元に小さな落とし穴を作って転ばせる。
間抜けな叫びをあげて転んだ男に手刀を打ち込んで気絶させた。
「さて、こいつらどうしようか」
奴らの仲間であろうことは確定だし、ギルドに突き出したいところだけど、三人も運べる気がしない。
風魔法で浮かせてやれば運べなくはない気もするけど、目立ちそうだよなぁ。
うーん……でも仕方ないか。
放置して報告に行ってる間に目覚められても困るし、それなら確実な方を選ぼう。
自分が飛ぶならともかく、何かを浮かべる程度だったらそんなに難しくはない。ただ男三人ともなるとちょっと重いな。
多めに魔力を使って持ち上げると、そのままギルドへと向かった。
ギルドに着くと、受付に事情を説明する。
外壁近くで襲われた旨を告げると、なんだか慌ただしく駆け回っていた。
うーん、早くこいつら引き取ってほしい。さっきから視線が痛いんだよ。
見た目幼女なもんだから驚きやら心配やらの声がそこかしこから聞こえてくる。ただ、話しかけるべきか迷っているようで直接何か言ってくるような人はいなかったのが救いか。
しばらく待っていると、受付さんが長身の男性を伴ってやってきた。
ギルドマスターじゃん。確か名前は、スコールさんだったかな。
「こんにちは、ハクさん。例の組織の人間を捕まえたとか」
「はい、多分」
「詳しい話を聞かせてもらっていいですか?」
「はい」
スコールさんに促され、二階の部屋へと向かう。
途中で男達を引き渡し、こうなった経緯を話すことになった。
感想ありがとうございます。