第五百三十三話:竜の知らない場所
その後、色々質問をしてから工房を後にした。
話していてわかったが、どうやらミオさんも転生者らしい。
まあ、ミオ・フユノなんて思いっきり日本人の名前だし、前世での名前もそうだったらしいから自分で名付けたんだろう。
この国は魔物の転生者が多く、名前を持たない者が多い。それで、日本風と言うこともあって、前世での名前をそのまま名乗る人も多いらしい。だから、そこまでの違和感はなかったのだとか。
ついでと言わんばかりにちょっと聞きにくい年齢のことについても尋ねてみたが、どうやらミオさん、かなりの年月を重ねているらしい。
と言っても、ミオさん自身がその年月を過ごしたわけではなく、その肉体がかなりの年月を過ごしたというちょっと特殊な状況らしい。
「私、雪女なんですよ」
そう聞いた時、思わずぽかんと口を開けてしまった私は悪くないと思う。
雪女と言うのはその方がしっくりくるからと言うことでそう呼んでいるだけであって、正確には雪の精霊らしい。しかもミオさんの場合、年月を経て大精霊となった雪の精霊の身体らしく、だから身体は数千年単位の年月を重ねているけど、実際には十数年しか過ごしていない、と言うことらしかった。
なんか、ミホさんと似たようなパターンな気がする。ミホさんの場合、気が付いたら空間の大精霊としてこの世界に生れ落ちていたわけだけど、それはもしかしたら元々空間の大精霊がいて、その体を引き継ぐ形で転生したという可能性もあるわけだ。
まあ、この世界に生まれた瞬間に授けられたチート能力によって体が成長し大精霊になった、と言うこともありそうだけど、真意のほどはわからない。
ミオさんも、実際に確認したわけではなく、あくまでそうだと予想しているだけのようだし。
ちなみに、普通の獣人だと思っていたミコトさんもどうやら普通ではないようで、フェンリルの【人化】した姿と言うことらしい。
フェンリルと言えば、一部の地域では神獣と崇められるほどの高位の魔物だ。嵐を司り、心優しき者には豊穣の恵みを、悪しき者には天災を与えるとされ、そのランクはSランクを越えてSSランクと言われている。
そんな神獣がポンといるのだからこの国は色々おかしい。つい先ほどミズガルズまで仲間に加わったようだし、多分下手に戦争でも仕掛けようものなら蹂躙されるな、これ。
「お疲れ様です。町観光はいかがでしたか?」
「とても面白かったです。わざわざありがとうございました」
日も暮れてきたので今日は宿でも取って休もうと思っていたのだが、城に泊まっていいとのことだったのでお言葉に甘えることにした。
私達に宛がわれたのは結構大きな部屋で、もしかしたらオルフェス王国の客間より広いかもしれない。
「いえいえ、楽しんでいただけたならよかったです。では、私は報告があるのでこれで。後のことはメイドさんに頼んでいるので何かあったら言ってくれれば対応しますよ」
「何から何まですいません」
「お客さんをもてなすのは当然の事ですから。それでは」
そう言ってミコトさんは去っていった。
今日はなかなか有意義な一日だったと言える。食事はおいしかったし、結界魔道具を間近で見ることもできた。製法を知ることはできなかったけど、それでも十分な成果と言えるだろう。
恐らく、まだまだ私が度肝を抜かれるようなことがたくさんあるに違いない。この国は宝の山のようだった。
「お疲れ様です、ハクお嬢様。随分とはしゃがれていましたね」
「まあ、これだけ懐かしいものが並べられていたらね」
特に桜は印象的だった。
桜と言えば、前世では入学シーズンに花を咲かせる代表的な木である。私が学園に編入したのは10月の事だったからあまり気にしていなかったけど、学年を重ねていく度に何か物足りなさを感じていた。
それが解消されただけでもここに来た意味はあったし、大満足である。
「ハクはチキューのニホンってところから来たって言ってたけど、こんな感じの場所なの?」
「うん。結構、いやかなり再現されていると思う」
私とエルしかいなくなったのでアリアが隠密を解いて姿を現している。
まあ、私が住んでいた場所は割と田舎の方だったからこんな日本情緒溢れるような場所ではなかったけど、学生の際に修学旅行で行ったことくらいはある。
ここはその時の記憶が蘇るような素晴らしい場所だ。正直、ちょっと帰りたいって思ってしまうくらいには再現度が高い。
前世での両親は今頃どうしているだろうか。仕送りをしていたとはいえ、額はたかが知れているし、優秀な妹もいたから生活面で苦労はしていないだろうけど、私の死を悲しんでくれていたのだろうか。
ちょっと会いたいと思ってしまったけど、それは絶対に無理な話だし、諦めるしかない。
まあ、きっとうまくやっているでしょう。
「それにしても驚きました。このような国があるとは知らなかったです」
「竜であるエルでも知らなかったの?」
「はい。ハーフニル様ならもしかしたらご存知かもしれませんが、他の竜は知らないと思います」
竜ですら知らない国。それはつまり、この国は竜脈の整備が行われていないということだ。
竜は竜脈の流れを見ることができる。竜脈が続いている以上、竜が見つけられないはずはない。特に、その場所に都市ができていたら、魔物が溢れないように必ず整備をするように義務付けられている。
それなのに知られていないということは、単純に見逃したか、あるいは意図的に隠されていたかと言うことになる。
この国には見る限り太い竜脈があるように見える。実際、土地は豊かだし、作物もよく育っていた。気候も安定していて、かなり竜脈の恩恵を受けているように見える。
しかし、普通なら整備されていない竜脈など数十年で何かしらの異常が見つかる。いやまあ、異常と言っても些細なことだから、仮に見逃したとしても数百年くらいは持つとは思うけど、この竜脈は綺麗に整備されているように見えた。
竜もいないのになぜここまで綺麗な竜脈が流れているのか、それは気になる所である。
もし、自力で調整しているのだとしたらちょっと注意しなくてはいけないのだけど……ここまで完璧に調整しているなら別に要らない気もする。
どこまでも規格外な国だ。
「これ、滅ぼす案件になると思う?」
「微妙なところですね。竜脈をいじくって土地を死滅させたり魔物を溢れさせたりしているなら話は別ですが、ここはかなり丁寧に調整されているように見受けられます。下手をすれば、竜が整備するよりも綺麗かもしれません」
「だよね。でも、確認くらいはした方がいいかも?」
「それはそうでしょうね。誰が整備しているかはわかりませんが、何か間違いがあれば大変ですから」
竜脈の整備は竜の仕事である。これは本能に刻み込まれた大切な使命であり、他の誰にも真似することはできない。
でももし、竜以外にもそれをやってのける人がいるならば、その存在を知っておく必要がある。
悪だくみをしているなら止めなくてはならないし、いい人ならばこれほどの技術、学ばせてもらいたいところでもある。
どちらにしろ、竜脈を整備している人に会わなくてはならない。
「なら、後で聞いてみようか。失礼にならない程度に」
「それがいいでしょう。もし何かあっても私が何としてもハクお嬢様を守りますので、堂々と聞いてみてくださいね」
「ありがとう、エル」
エルの言葉は頼もしいが、相手はエルの正体やアリアの存在を一瞬で見破ってきた得体のしれない相手でもある。
事は慎重に運ばなくてはならないだろう。怒らせたらなにされるかわからない。
私は少し緊張しながらしばらく部屋で待機していた。
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