第五百三十話:裸の皇帝
専用の道を通り、城へと到着する。
この通路はどうやら庭と言うか広場に繋がっているらしく、城に入ったはずなのにだだっ広いグラウンドのような光景が広がっている。
眼前には巨大な城が見えているが、流石にこれ以上先には入れなさそうだった。
「ウィーネさん、ここから先はどうするんですか?」
「ここで十分だ。少し待て」
ウィーネさんはそう言って城を見上げる。
目線を追ってみると、どうやらバルコニーを見ているようだった。
しばらく黙ってみていると、少し間をおいてバルコニーに誰かが出てくる。
それは群青色の毛並みが美しいワーキャットだった。
ぴんと立った耳、赤い縁取りの眼鏡、手足と尻尾の先だけ黒い毛並みで覆われていて胸にはさらしを巻いている。何より特徴的なのは、眼鏡とさらし以外何も身に着けていないということだ。
『え、痴女?』
アリアがそう呟くのも無理はない。ワーキャットであるから、全身は毛で覆われていて胸にはさらしを巻いているので恥部が見えることはないが、それでも全裸と言うのはかなり斬新だ。
え、まさかあれが皇帝とか言わないよね?
「ローリス様、転生者を保護してまいりました」
「ご苦労様」
マジか。あれが皇帝なのか。
い、いや、まあ、全身毛で覆われているし、むしろ服を着ている方がおかしいのかな? でも、ウィーネさんは普通に服着てるしな……。
というか、ウィーネさんとローリスさんは毛色が似ているけど、姉妹かなにかなんだろうか。
「あなたがタクヤね。私はローリス。ウィーネから話は聞かせてもらったわ。大変な思いをしてきたのね。でも安心して。ここでは例え魔物だったとしても受け入れる用意がある。あなたは誰にも迫害されることなく生きていくことができるのよ」
「シャー」
「……そうね、このままだと何を言ってるかわからないでしょう。ちょっと待っていてちょうだい」
バルコニーから花崎さんに話しかける。しかし、花崎さんは何を言っているのかわからないのか首を横に振っていた。
すると、ローリスさんは跳躍して目の前まで降りてきた。
バルコニーから地上までかなりの高さがあるにもかかわらず、着地はスマートでまるで猫のよう。いや、まあ猫なんだけどさ。
私が驚いていると、ローリスさんは花崎さんのお腹あたりに手を触れ、軽く撫でた。
「……さあ、これで喋れるかしら?」
『う、ぁ? こ、言葉がわかる! それに喋れる!』
まるで少年のような甲高い声が聞こえてくる。
もしかして、花崎さんの声なの?
先程までシャーとしか喋れなかったにもかかわらず、ローリスさんが少し触れただけでたちまち話せるようになった。
一体何をしたんだろうか。普通に考えて、知りもしない言語を一瞬で話せるようになるはずがないんだけど……。
「タクヤ、ウィーネにも言われたと思うけど、もう一度聞くわ。あなたはここで暮らしたい? それとも、外で自由に生きていたい?」
『こ、ここに住みたいです! もう生贄を捧げられるのもいきなり攻撃されるのも嫌だ!』
「わかったわ。では、あなたは今の姿と人の姿、どっちの方がいい?」
『で、出来れば人の姿がいいです。この体、強いのはいいけど簡単に色々壊しちゃうから……』
「よろしい。では、あなたには【擬人化】のスキルを授けましょう」
そう言って、再び腹を一撫でする。
その瞬間、花崎さんの身体がシュルシュルと縮んでいき、やがて10歳くらいの少年の姿となった。
と言っても、普通の人ではない。肌はミズガルズと同じ黒い鱗で覆われ、腰元からは長い尻尾が生えている。目も爬虫類のような縦長の瞳孔が覗いているが、まぎれもなく人の姿ではあった。
言うなれば、蛇人間とでも言えばいいのだろうか。【人化】スキルであれば完全に人になるんだろうけど、【擬人化】はどうやら元の姿が多少なりとも影響した姿になるらしい。
【人化】の完全劣化、とまでは言わないが、少し使いにくそうなスキルである。でも、それでも人にスキルを授けるなんて異常なことだ。
本来スキルは生来のものか、あるいは修行によって手に入れるものだ。当然、修行で手に入れる場合はその人自身の努力が必要不可欠だし、間違っても人から与えられるものではない。
人にスキルを授けるなんて、下手をすれば神にも等しい所業なのではないだろうか。
このローリスと言う人物、一体何者なんだろうか。
「へぇ……思ったよりも小さい。これはいいのを引いたかもしれないにゃん……」
「え?」
「こほん。タクヤ、これであなたは我が国の国民です。色々と教えることもあるけど、とりあえず今日は休むといいわ。メイドに案内をさせるから、着いて行ってくれる?」
「わかりました!」
ローリスさんがパンパンと手を叩くと、どこからともなくメイド姿の兎獣人が現れる。彼女に案内を頼むと、花崎さんはそれについていった。
それよりも、さっき何か呟いていたようだったけど、あれは何だったんだろうか。一瞬凄い黒い笑みが見えた気がしたんだけど……。
き、気のせいだよね?
「……さて、今度はそちらの方ね」
そう言ってローリスさんはこちらの方へ向き直った。
「初めまして。私はローリス、この国の皇帝よ。よろしくね、ハク、エル、それと、そこにいる精霊さんも」
「ッ!?」
この人、アリアの事に気付いてる。
そもそも、精霊と言うのは目に見えない。意図的に見えるようにすることはできるけど、普段は周囲の魔力に同化して認識できないはずだ。
もちろんアリアは精霊としての力で空気に溶け込んでいたし、何なら隠密魔法まで使っていた。それなのに、アリアがいる方に視線を向け、そこにいると確信している。
「む、もう一人精霊がいたのですね。知らぬうちに連れてきてしまい申し訳ありません」
「いいのいいの。この子、ハクの契約精霊のようだから付いてくるのは当然よ」
なんなんだこの人達は。今まで出会ってきた誰よりも勘が鋭い。いや、何かしらの能力なのだろうか?
二人とも転生者と言う可能性もあるかもしれない。と言うか、そうでもなければ転生者をわざわざ保護したりしないか。
【鑑定】を仕掛けても名前だけしか見えないのでよくわからないし……今までは竜の力でごり押せてきたけど、今回ばかりは慎重にいかないとまずいかもしれない。
「ふふ、かわい。すっごく虐めがいがありそう……」
「ひぇっ……!?」
な、なんか悪寒が……。得体のしれない相手に緊張しているんだろうか、少ししっかりしないといけない。
「あなたは、見学がしたいんだったわね。まだ町をざっと見ただけだと思うけど、どう? 私の国は気に入ってくれた?」
「は、はい。凄く、懐かしい感じがして、とてもいいと思います」
「でしょー? この町は私とウィーネが一から作り上げた場所だからね。自慢の場所よ」
「あの、ということは、お二人とも転生者なんですか?」
「ええ、そうよ。私もウィーネも元は遠い世界の人間だった。それが何の因果かこの世界まで来ちゃったのよね」
「命があっただけでも良いかと。私はあの時ローリス様を守り切ることができなかった。ですから、この第二の生こそは、きっと守り抜いて見せます」
「ふふ、期待しているわ」
なんだか重そうな過去がありそう……。あまり触れない方がいいかな。
私は一度深呼吸をすると、ローリスさんに向き直った。
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