第五十六話:外壁の怪しい影
宿に戻ると、すでにお姉ちゃんが帰ってきていた。
机の上に地図を広げ、何やら難しい顔をして唸っている。
「お姉ちゃん、ただいま」
「あ、お帰りー。どこに行ってたの?」
「昨日言ってた転移陣を見に」
王都にある主要な施設は言うまでもなく王城だけど、それ以外で重要性が高いのが転移陣だと教えてくれたのはお姉ちゃんだ。
もちろん、病院や教会なんかも候補としては入るだろうけど、破壊された時の重要性を考えると見劣りする。
満月は明日。ギルドに報告したとはいえ動いてくれるかは怪しい。最悪私が何とかしないといけないかもしれないね。
「ところで、お姉ちゃんは何をしてるの?」
「ちょっと、気になる情報を聞いてね」
お姉ちゃんが言うには、夜に外壁に出入りする不審なローブ集団を見たという噂を聞いたとのこと。
外壁は外縁部と中央部を分ける場所と、外縁部の外側にあるけど、その両方で目撃情報があるらしい。
「見た人の話だと大きな袋を背負っていたってことだから、ハクが言ってた魔石を運んでたのかもしれないと思ってルートを考えてるんだけど、候補地が多すぎてね」
地図には羽ペンでいくつか印がつけられている。しかし、その場所はバラバラでいまいち要領を得ない。
夜とは言え、大きな通りには巡回の警備兵がいる。それらを掻い潜って外壁にたどり着けると考えるとある程度は絞れるが、警備の手が回らない場所も多い。特に、路地裏やスラム街と言った場所は手薄だ。
それらを元に絞り出したと思われる印は意外と多く、これらの地点のどこから来たのかを調べるには結構な時間がかかりそうだ。
それにしても、魔石を運んでいたのだとしたら、なぜ外側ではなく、内側の外壁にも出たのだろうか。
外側の外壁なら魔石を気づかれぬように外に持ち出そうとしたとか考えられるけど、内側の外壁はわからない。
今までアジトが見つかっているのはすべて外縁部側だ。今更中央部側にアジトがあるとは考えにくい。中央部から外縁部に運ぶため歩いていたところを目撃されたとするのは難しいだろう。
でも、全く可能性がないわけでもない。背後に貴族がついている可能性もなくはないし。
それならそれでもっと別の輸送手段がある気がしないでもないけど。
「……うーん?」
「どうかした?」
「いや、なんだか帯みたいだなぁって」
地図を見ていて気が付いたのはローブ集団が目撃されたという外壁の場所が一直線に繋がるという点だ。
候補地点はすべてその目撃地点に近い場所が示されているから、それらを広く見ると外縁部と中央部の外壁と外縁部外側の外壁をつなぐ大きな帯のようになる。
まあ、だからどうしたという話ではあるけど。
帯の範囲にあるのはスラム街が多く、重要な拠点は何一つない。中央部にも帯を延長すればその先には王城があるけど、王城はもちろん、中央部でローブ集団が目撃されたという情報はない。何かしでかすとしたら外縁部ではないだろうか。
でも、重要と思われる転移陣は中央部だし、帯からかなり外れた場所にある。あるのは商店や民家だ。
うーん、狙いがわからないな。
「うーん、いくつか当たりを付けて回ってみるしかないわね」
お姉ちゃんはぐっと背筋を伸ばして伸びをする。
地図を片付け、インク瓶をしまうと、いい時間になっていたので夕飯にすることにした。
「アリア、どう思う?」
「奴らが何を企んでるのかってこと?」
「うん」
夕食を済ませ、お風呂に入るとベッドに座って休憩する。
食べている最中もずっと考えていたが、やはりいい考えは思い浮かばなかった。
外壁で目撃されたからと言って奴らが必ずそこで何か行動を起こすとは限らない。何かの偶然でたまたまそこにいただけかもしれないし、そもそも似た姿だっただけで奴らではないのかもしれない。
そのことについて調べているからこそ、それと結びつけて考えてしまうのだと考えると考えすぎということもあるかもしれない。
だけど、タイミング的に見ても結び付けずにはいられない。目撃されたのは十中八九奴らだと思う。
じゃあ奴らは外壁で何をしていた? 人目を忍んで、大きな袋を背負って? それがわからない。
「私にもよくわからないけど、外壁にいたなら外壁に何かしてたんじゃない?」
「外壁に?」
なるほど、確かに可能性としてはあるかもしれない。
外壁なんて入り口以外から行けばただの高い壁だ。普通に行けばただ見上げるだけのもの。だけど、例えば外壁に穴を開けたとしたら、そこから出入りすることが出来る。
外壁付近は騎士団の巡回があるはずだけど、今は遠征の影響で人手が少ない。今のタイミングでなら、多少派手なことをしても気づかれない可能性もある。
穴を開け、そこから何かを運び出していると考えればありえない話ではないかもしれない。
でも、仮に袋の中身が魔石だったとして、わざわざそんなことをしてまで運び出すリスクを負う必要はない。なぜなら、魔石は普通に門を通って検閲されたとしても何も問題ないものだからだ。
短期間に大量にとなれば話は別だが、ゼムルスさんの話では今の時期は闘技大会に向けての魔物討伐の影響で魔石が多く流通していて、それを買う商人が大量に持ち出すことがあるらしいし、それに便乗すれば簡単に持ち出せるはず。
外壁に穴をあけて何かを持ち出しているとしたら魔石ではない。
じゃあ何を持ち出す?
門を堂々と通れず、人目を忍んで運び出さなければならないもの。
それはつまり、違法のものということになる。その中で真っ先に浮かぶものと言えばやはり、人だろう。
奴らはルア君を誘拐していたという前科もある。人攫いくらい普通にするだろう。
目的は人攫い? でも、それだと魔石の使い道の説明がつかないけど……。
でも、奴らが外壁に何かしてる可能性は高いだろう。
「気になるなら明日調べてみれば?」
「そうだね。そうする」
魔石の説明はできないけど、奴らが外壁で何かをしようとしているのは事実。まずはその証拠を掴んでみよう。
またお姉ちゃんに怒られそうだけど、ここまで首を突っ込んだ以上はとことんまで調べたい。
「また調べに行くの?」
「ひゃっ」
何気なくアリアと話していると、不意に背後からお姉ちゃんに抱きしめられた。
お風呂上がりのせいか妙に身体が火照っている。優しく包み込むように手を回してきたお姉ちゃんは、あろうことか私の胸を揉んできた。
思わず変な声が出てしまう。お姉ちゃんの過剰なスキンシップは今に始まったことではないけど、胸を揉まれたのは初めてかもしれない。
「うーん、ない」
「お姉ちゃん!」
ないとは何だ失敬な。少しくらいはあるもん!
……って、何を怒ってるんだ私は。
前世で男だった身としては別に胸の大きさなんてどうでもいいはずなんだけど、いざ言われるとなんだか反抗したくなった。
成長途中というのもあるのだろうけど、確かに私の胸はあまり大きくない。だけどそれは膨らみかけというだけであって決してないわけではない。
振り返ってジト目で睨むとからからと笑って離してくれる。
「まあ、気になるというならもう止めはしないけど、危険なことはしちゃだめだからね?」
「わかってるよ」
お姉ちゃんはどうにも私が事件に関わることを良しとしていない。
お姉ちゃんからしたら私は死んだと思われていたけど奇跡的に生きていた妹で、もう離れたくないと思っているんだろう。
下手したら死んでいた今回の事件ではかなり心配をかけたはずだ。
それは自覚しているし、私もお姉ちゃんと離れたくはない。
だけど、知らないことを知らないままにしておくのはどうにもむず痒い。それが私に関わることならなおさらだ。
心配をかけたくないことには変わりないから、なるべく危険なことはしないようにするけどね。
「それじゃあ、お休み」
「うん、お休み」
私を抱いたまま横になるのはもうツッコミ疲れたから何も言わない。
お姉ちゃんに包まれているような気がして嬉しいのは事実だから別にいいんだけどね。
アリアに微笑まし気な視線を向けられながら、眠りについた。