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第六話:旅立ち

 翌日の朝。準備を整えて、私は今崖の前に立っている。

 やれることは全部やっておいたつもりだ。【ストレージ】はかなりの容量を誇るため、使えそうな薬草や木の実などは採取して収納しておいたし、今まで魔法陣の理論を書くのに使った石も一緒に入れてある。寝床に使っていた壁は壊し、できるだけ元の状態に近づけておいた。どうせ誰も来ないしそんな必要はないのかもしれないけど、なんとなくね。

 さて、後は跳躍魔法で崖を飛び越えるだけ。肩の上にはアリアが乗り、もう忘れ物は何もない。


「じゃあ、行くよ?」


「うん、派手に跳んでいこう」


 昨日と同じように足元に魔力を集中させる。前は飛びすぎたから、少し控えめにしておこう。膝を曲げて勢いをつけると、魔法を発動させて飛び出した。

 勢いをつけたせいか、魔力の消費を抑えめにしたはずなのに昨日と同じくらい跳んでしまった。うーん、もう少し精度甘くしないと飛びすぎて使いにくいかも。

 仕方ないのでこの飛距離を生かすことにする。目指すのは森を抜けた先に見えた街道。村とは反対の方向だ。村の事が気にならないわけではないが、行っても混乱を招くだけだろうし、もう辛い思いはしたくない。

 というわけで森の上空を滑空し、勢いがなくなってきたところで柔らかく着地する。

 さすがに森を抜けるまでは飛べなかったか。でも、一日も歩けばすぐに出られるだろう。


「なかなかにスリルがあったね」


 髪にしがみ付いていたアリアは着地すると同時に自らの羽根で飛行を始めた。

 久しぶりに見た森はだいぶ鬱蒼としていた。生き生きとした緑の葉が空を覆い、所々に木漏れ日を落としている。息を吸い込めば森の香りが肺一杯に溜まり、自然の豊かさを感じさせてくれた。


「ハク、どこに行くかは決めてるの?」


「とりあえず、町に行ってみようかと」


 村に住む子供達にとって町は一種の憧れだ。村のヒーローである冒険者が集う場所であるし、村の慎ましい暮らしぶりからは想像もできないような人の暮らしがあるからだ。

 私は家族に捨てられ、死んだも同然の身だ。なら、この先どう生きるかは私の自由だ。だから、私はやりたいように生きる。


「私はどこまでもついていくよ」


「ありがとう、アリア」


 アリアにそう言ってもらえるととても心が安らぐ。私の心配事はいくつかあるけど、その中でもアリアに迷惑をかけてしまうのではないかという悩みは上位に位置する。

 私はアリアにとてつもない恩がある。それに報いるためにもこれ以上アリアに迷惑をかけるわけにはいかない。しっかりしないと。


 久し振りの森の散歩は想像以上に堪えた。なにせ、この一年間ほとんど木の実だけの生活だったし、研究のために歩くこともほとんどなかったからすっかり体が鈍っている。

 さすがに運動くらいはちゃんとしておくべきだったなぁ……。

 一日かからずに抜けられると思っていた道のりは意外にも遠く、その日は森の中で一泊することになった。


 次の日、筋肉痛気味の体を解しながら森の外を目指して出発する。

 森には何度か来たことがあったけど、ここまで奥深くに入ったことはない。よく見れば見たこともない木の実や茸、薬草なんかがたくさん生えていて、ついつい【ストレージ】に回収してしまう。

 まあ、何かに使えるかもしれないしね。せっかく持てるんだから持って行かないのは損だ。

 そうやってちょいちょい寄り道をしながら歩いていると、ふと、アリアが私を呼び止めた。


「待って、魔物がいる」


「えっ?」


 アリアに言われて探知魔法を放つ。風属性魔法の一つで、周囲の魔力を探知する魔法だ。

 ……確かにいる。これは、兎? だろうか。兎で魔物というと額に角が生えたホーンラビットという魔物が浮かぶ。どこにでも出現し、繁殖力も強いため時には数十匹単位で目撃されることもある。食用としても知られ、村ではちょっとしたご馳走だった。

 見たところいるのは一体だけ。はぐれだろうか。


「ねぇ、せっかくだから狩ってみたら?」


 狩りか。確かに木の実ばかりの生活にも飽きたし肉を食べてみたいかもしれない? ホーンラビットは比較的弱い魔物だし、魔法を使えるようになった今の私なら倒せるかも?

 意を決して、静かに近寄る。相手はまだ気が付いていないのか、その場を動こうとしない。今ならやれる。

 そっと手を伸ばし、魔法を発動させる。イメージは鋭い刃。暗記した魔法陣が展開され、飛び出した水の刃がホーンラビットの首を刎ねた。


「……なんだかあっけない」


「まあまあ、ハクくらい魔法が使えればホーンラビットくらいちょろいもんだよ」


 そんなものだろうか。狩ったホーンラビットを【ストレージ】にしまいながら手ごたえのなさに首を傾げた。

 いや、油断しちゃだめか。今回はたまたま先手を取れたけど、いつもこうというわけではないだろうし、気を引き締めないと。


 その後は特に魔物と出会うこともなく、森を抜けることができた。

 吹き抜ける風が心地よい。目の前には森の横に沿うように街道が敷かれている。さて、どっちに進んだものか。


「ねぇアリア。町ってどっちにあるか知ってる?」


「どっちに行ってもあるけど、近い方なら右の方だね」


「そっか。なら右かな」


 私は舵を右に取り歩き始める。先程まで森の中にいたせいか、照り付ける太陽の光が眩しく感じる。

 こんな場所まで来たのは初めてだ。なんだかワクワクする。遠足にでも来ている気分だ。

 特に何があるというわけではないけど、知らない場所を歩くっていうのは何となく楽しい。しかし、その気持ちも長くは続かない。

 ただひたすらに道を歩くこと三時間。代り映えのない景色に少し飽きを感じてきた。というか普通にしんどい。

 運動不足がここまで祟るとは……。

 何か疲労回復に効きそうな食べ物でもあればいいんだけど。【ストレージ】に何か入ってないかな。

 ガサゴソと中を探っていると、森で拾った茸を見つけた。【鑑定】によると、この茸にはどうやら疲労回復の効果があるらしい。

 ふふふ、最初は名称くらいしかわからなかった【鑑定】も地道なスキル上げによって効能や品質まで分かるようになった。便利なものだ。

 とはいえ、茸をこのまま食べるというのもなんだか味気ない。せっかくだし焼いて食べるとしよう。

 適当な場所に腰かけ、火魔法で軽く炙る。休憩も兼ねてじっくりやるとしよう。

 いい感じに焼けたところでぱくりと一口。うん、歯ごたえがあって美味しい。

 あっという間に食べ終えると、ふぅと満足げに息を漏らす。

 効果のほどはどうかわからないが、多少は体力が回復したような気がする。こういうのは気の持ちようによっても変わってくるし、そういうことにしておこう。


 しばらく休憩していると、ガラガラという音が聞こえてきた。

 視線を向けてみると、遠くから馬車がやってくるのが見える。街道だし、行商人か何かだろうか。

 村にも時たま行商人は来たが、あんな辺鄙なところまでよく来るものだと感心した。さすがにあの馬車は私のいた村から来たわけじゃないだろうけど。


「人間かぁ。私はちょっと隠れておくね」


 そういうや否や、アリアの姿が掻き消える。しかし、姿が消えただけでそこにいるのだということを私は知っている。

 妖精はとても希少な存在で、もしも人間に捕まるようなことがあれば商品として売られてしまうか、見世物になってしまうことだろう。だから、妖精は極力人間の前に姿を現さない。私の時はアリアの気まぐれ故だ。

 そのような境遇からか、妖精は隠密系の魔法が得意なのだ。恐らく、今使っているのは光魔法だろう。光の屈折を利用して姿を消しているのだ。

 アリアが姿を隠すと、すぐに馬車がやってくる。私は道の端に座っているが、この街道の広さなら特に通行の邪魔になることもないだろう。

 そう思って通り過ぎるのを待っていたのだが、なぜか馬車は停止した。


 無性に胸が苦しくなっていてもたってもいられなくなる時があるのですが、何かの病気でしょうか?

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― 新着の感想 ―
[一言] まだ読み始めたばかりですが、面白いです、後書きの病気でしょうか?、ですが私もよくあります自律神経が乱れておきています、私と同じ物かは分かりませんが、あまり酷いようならお医者様に診てもらった方…
[気になる点] 上にジャンプして村が見えるぐらい高く飛べるのなら、そして風魔法で横に滑空して遠くに行けるなら、もう一度飛んだら森を抜けるのは簡単そうだけどなぁ。 まあ、森でウサギ狩るのも必要そうだから…
[一言] >無性に胸が苦しくなっていてもたってもいられなくなる時があるのですが、何かの病気でしょうか? 恋ですかね(( ̄δ・ ̄)ホジホジ
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