第五百二十八話:碧きワーキャット
それは一瞬の出来事だった。瞬きもできぬほどの短い時間で、先程までミズガルズと戦いを繰り広げていた三人は凍り付いた。
もちろん、ミズガルズが凍らせたというわけではない。そもそもミズガルズは毒を操る大蛇だ、氷属性に関しては使えないはずである。
では、誰がやったのか。その答えはすぐに向こうからやってきた。
「む、残ったか。少しは骨のある奴がいたようだな」
森の奥から現れたのは奇妙な女性だった。
目の冴えるような綺麗な水色の髪に黒の修道服を身に纏い、首には十字架を模したネックレスがかけられている。
それだけならまだ納得できるが、その姿は人型ではあるものの人間とは程遠く、まるで猫をそのまま二足歩行させたような姿をしていた。
獣人の中には【獣化】を繰り返すことによってその動物の特徴が強く表れることもあるらしいが、彼女は完全に猫である。
こちらの基準を当てはめるとしたら、あれはもはや獣人ではなく、ワーキャットと言う魔物だった。
「無駄な交渉はしたくない。悪いが大人しくしていてもらうぞ」
ワーキャットの女性は軽く右手を上げると、凄まじいほどの冷気を放ってきた。
恐らく、あれによってトールさん達を凍らせたのだろう。しかし、こちらには氷竜であるエルがいる。エルにかかれば、襲い来る冷気を中和することなど容易い。
それにしても、一体どこから現れたのだろうか。
確かに、ミズガルズへの声かけに集中していたのであまり探知に気を配ってはいなかったが、少なくとも私は彼女の登場に気づけなかった。
私達を追ってきた、というのなら絶対に気付いているはずだし、そう言うわけではないだろう。となると、偶然ここに現れたということだろうか。
でも、そうだとしてもわからない。確かにワーキャットは魔物に分類されているけど、見ての通り言葉を喋ることができるので、獣人の多いこの大陸では人族として扱われることも多い。
それに、ワーキャット自身も一匹狼のようなところがあるので、他の魔物と群れるということもないはずだ。
こんな、明らかにミズガルズを助けるための行動などおかしい。
「貴様は……なるほど、氷竜か。しかも随分と位が高いようだ。それにそっちは……まだ年若いが精霊のようだ。聖教勇者連盟は人族至上主義じゃなかったか?」
「ッ!?」
この人、私達の正体を一瞬で見抜いてきた。
【鑑定】でも使われた? だとしても、私は一応自分にもエルにも【鑑定妨害】をかけている。だから、仮に【鑑定】されたとしても、表示上では種族も名前も伏せられているはずだ。
それなのに、正確に私達の事を言い当ててきた。読心スキルと言う可能性もあるけど、どちらにしろ侮れない相手である。
「……だったらどうしますか?」
「そういうことなら私はお前達の味方だ。いきなり危害を加えようとしてすまなかった」
そう言って頭を下げてくる。
一体どういうこと?
「まずは自己紹介をしよう。私はウィーネ。ヒノモト帝国の宮廷魔術師を務める者だ」
「ヒノモト帝国? 宮廷魔術師?」
なんだかとんでもない肩書が出てきた。
ヒノモト帝国と言えば、去年の闘技大会にヒノモトの剣士っていう人がいたよね。王様の話では、ヒノモト帝国は結界魔道具を始めとした高性能の魔道具を輸出していて、各国は彼の国の魔道具がなければ防衛力がガタ落ちするという背景を持っている。
ただ、ヒノモト帝国は情報を封鎖しているらしく、具体的にどういう国なのかと言うのは伝わっていないらしい。結界魔道具を作る謎の国、それがヒノモト帝国だ。
そんな国の宮廷魔術師がなぜこんなところに。
「そちらの名は聞かせてくれないのか?」
「え、あ、はい……私はハクと言います」
「私はエルですよ。それで、ウィーネとやら、いきなり攻撃してきた理由は何ですか?」
「無力化だ。そこにいるミズガルズを倒されるわけにはいかなかったのでな」
ウィーネさんはそう言ってミズガルズの方に近づいていく。
ミズガルズはいきなり戦っていた人が氷漬けにされて驚いているのか、様子を見ているようだった。しかし、それをやった張本人が近づいてくるとなれば流石に警戒しているのか、シャーと威嚇のような声を出している。
「シャー」
「シャ、シャー?」
「シャー」
謎の会話が繰り広げられている。
まさか、ウィーネさんはミズガルズの言葉がわかるんだろうか。確かに、ワーキャットは魔物に分類されてはいるけど、言語はその地域の言語に由来しているはず。だから、いわゆる魔物語は話せないはずなんだけど……。
しばらくシャーシャー言い合って何か納得したのか、ミズガルズは大人しくなった。
「い、今のは?」
「お前も聖教勇者連盟の一員なら転生者の存在は知っているだろう。このミズガルズはその転生者だ」
「それはわかっていますが……」
「しかし、先程の様子を見る限り、貴様らはこやつを殺そうとしていただろう? 私達は人ではないという理由だけで世界中から狙われ続ける羽目になった人以外に転生した転生者を保護することを目的としている。だから、倒される前に無力化する必要があった」
転生者の存在を知っていて、且つ人以外に転生した人を保護している。先程から聖教勇者連盟に対して少し挑発的だったけど、確かに魔物は問答無用で倒している聖教勇者連盟は敵かも知れないね。
あちらは問答無用で殺しに来ないだけましだけど、それでもいきなり氷漬けは酷いと思う。と言うか、生きてるよね? 大丈夫だよね?
「安心しろ。むやみに殺すような真似はしない。きちんと解凍すれば生きている」
「そ、それならいいんですが」
「さて、ミズガルズは私と共に来てくれるらしい。後は連れて帰るだけだが、お前達はどうする?」
「どうするとは?」
「私は人ならざる転生者や不条理に虐げられている魔物を救済している。見たところハク、お前は転生者だろう? であれば、お前も保護の対象になる。私と共に来るか、それとも残るか選んでくれ」
なんだかとんでもない展開になってきた。
確かに私は転生者ではあるけど、保護される必要性は感じない。そもそも、私は聖教勇者連盟の一員だし、家族も家もある。それらを手放してまで保護される理由はどこにもない。
ただ一点、気になることがあるとしたら、このまま連れていかれればヒノモト帝国の事をよく知れるのではないだろうかと言うこと。
ヒノモト帝国は謎多き国だ。ウィーネさんの発言から考えるに、恐らく魔物の転生者がたくさんいるんじゃないだろうか?
私は魔物と話す術は持たないけれど、純粋にどういう場所なのか気になるし、何より結界魔道具を作った魔道具職人に会ってみたいという気持ちがある。
情報封鎖をしている以上、堂々と入り込むのは多分無理だし、この機会を逃すとかなり大変になるんじゃないかな。
「……見学だけ、とかできませんか?」
「見学?」
「私は家族も家もあります。だから、保護してもらう必要は感じません。ですが、ヒノモト帝国の技術にはとても興味があるんです。だから、出来れば見学させてもらえないかなぁと」
本来なら、もう少し気持ちを隠して言う方が正解なのかもしれないが、多分この人相手に生半可な嘘は通用しない。だから、自分の気持ちを正直に告げた。
ウィーネさんはしばし思案するように目を閉じていたが、やがて心が決まったのか、目を開いてこう告げてきた。
「いいだろう。お前は私達の仲間だ、私達のことが知りたいというのなら存分に見学するがいい」
「それじゃあ」
「ただし、他言無用だ。私達の技術は虐げられてきた者が理不尽な脅威に抗うための刃だ。むやみに他国に言いふらしたりしないこと。これを守れるなら連れて行ってやる」
「それはもちろん。お約束します」
「ならば他に言うことはない」
どうにか了承を取り付けることができたようだ。
ヒノモト帝国、一体どんなところなんだろう。私は無表情の裏で少し興奮していた。
感想ありがとうございます。




