第五百二十四話:人の死を背負うということ
最初は聖教勇者連盟とのごたごたが始まりだった。
急に命を狙われ、返り討ちにして、また命を狙われ、それを繰り返しているうちに気が付けば聖教勇者連盟を潰していた。
最初はただの話し合いで済ませるつもりだったのに、思えばとんでもないことになったものだ。
結局、聖教勇者連盟を抱えるセフィリア聖教国はトップと幹部を失い、制御不能の状態になった。かろうじて聖教勇者連盟と言う組織自体は残っていたからそこまで混乱は大きくなかったものの、この半年ちょっとで失ったものは決して少なくはないだろう。
そう考えると、私はとんでもないことをしてしまったと罪悪感を覚えることもある。けれど、彼らは竜脈を不用意にいじくりまわすという罪を犯していた。
竜としては、そんな彼らをそのまま放置するわけにはいかなかったし、本来なら国ごと処分してもおかしくなかったところを聖教勇者連盟の上層部のみというごく限られた部分だけを滅ぼすことで制裁とした。
間違っては、いないはず。神代さんもコノハさんも仕方がないことだと言っている。大丈夫、のはずだ。
「ハクさん? 顔色が悪いですよ?」
ユーリさんが顔を覗き込んでくる。
そんなに顔に出ていただろうか。いつもの無表情のはずなんだけど。
私は顔を軽く揉む。
「何かあったんですか?」
「いや、ちょっと考え事してただけですよ」
私は殺しが苦手だ。そりゃ、元々日本人なんだから慣れている人の方が珍しいと思うけど、前世とは比べ物にならないくらい命が安いこの世界においても人を殺すことには慣れない。
今まで殺してきた人達は全員その場の衝動で殺している。竜の怨敵だった、ユーリさんを傷つけられたから、竜脈を勝手に乱したから。その程度の理由だ。
もちろん、竜の本能的なところもあったし、ユーリさんの件では命の危機もあったから焦っていたのもある。けれど、彼らは本当に殺さなければならない人だっただろうか?
勇者の時は単純に剣だけ燃やせばよかった、ユルグの時はただ痛めつけるだけでよかった、聖教勇者連盟の幹部は閉じ込めるだけでもよかった。それなのに、その場の勢いで殺してしまっている。
前世の時だったら、ここまでの殺意は抱かなかっただろう。竜としての戦闘本能が関係しているのかもしれない。
私は彼らの死をどう捉えているんだろうか。あれは必要な犠牲だったのだろうか。ふとした時に少し不安になる。
「む、それは悩み事ですか?」
「まあ、悩みと言えばそうかもしれませんね」
人の死を背負っていく。口で言うのは簡単だけど、それは相当難しい。
私は彼らの死を背負うのに足る人物なのだろうか。こんな、ただ一時の衝動で人を殺している奴が。
時たま夢を見る。私が殺した人達が私の事を闇に引きずり込もうとする夢。
私は恐れているのかもしれない。いつの日か、殺人を犯したつけが回ってくる。その瞬間を。
「そういうことなら、私に任せてください」
「えっ?」
そう言って、ユーリさんは私に抱き着いてきた。
私は椅子に座っていたので、その控えめな胸が顔を押し潰す。
まあ、よくお姉ちゃんにやられているから今更この程度ではあまり動じないけど、別の事に少し驚いた。
なぜなら、今まで自己嫌悪気味に落ち込んでいた気持ちがすっと晴れたのだ。
もちろん、人を殺したことに罪悪感を覚えてはいる。だけど、恐れはなくなっていた。
そもそもの話、この世界では命がとても安い。魔物に殺されるのは日常茶飯事だし、人同士のちょっとしたいざこざでもバンバン人は死んでいる。衝動的に人を殺すのもまた然りだ。
正しいことをした、とまではいかなくとも、仕方のないことだったと割り切れるようになった。
今の今まで落ち込んでいたのに一瞬で考えが変わるなんてありえない。それこそ、洗脳でもされたのではないかと疑うほどだ。
「……どうですか? 気持ちは楽になりましたか?」
「ユーリさん、一体何を……」
「私の能力は、何も怪我だけを移し替えるものじゃないんですよ」
ユーリさんの話では、怪我のみならず病気も移し替えることができる。さらに言うなら、病気とは内臓に異常があるなどのものにとどまらず、精神的なものでもいいらしい。
つまり、ユーリさんは私が悩んでいるのを知って、その悩みを自分に移し替えることによって私の悩みを解消したのだ。
だが、もちろんそんなことをすればユーリさんの方が悩みを抱えることになる。精神的な疾患をどういう風に受け入れるのかはわからないが、恐らく自分はしたこともない殺人に対して自己嫌悪していることになるのではないだろうか。
物理的な怪我と違って精神的な病はなかなか治らない。もちろん、今回のはただの悩みだから、時間が経てばそのうち忘れるかもしれないが、それでもこれは私が抱える問題であってユーリさんが抱えるべき問題では絶対にない。
「ユーリさん、それは私が解決すべき問題だよ……」
「勝手なことしてごめんなさい。でも、私はハクさんのためにこの身を捧げると決めているんです。だから、悩みも何もかも、私に背負わせてください」
ユーリさんは日頃から私が何か怪我をしたら自分が引き受けると言っている。その覚悟は、私ですら死にかけた傷すらも迷いなく引き受けたことからも理解できるだろう。
ユーリさんは私のために犠牲になることをいとわない。その結果、傷つくことになろうとも、だから何だって感じだ。
いくら前世での命の恩人とはいえ、ここまでできる人はなかなかいないだろう。
「それと、私から言わせてもらうと、ハクさんはきちんと人の死を背負える人だと思いますよ」
「え?」
「そうやって人の死を悼むことができる時点で十分です。だから、自信持ってくださいね」
私の悩みを引き受けたことで、私の悩みを知ったのだろう。
自信を持て、か。確かに、くよくよ悩みすぎるのもよくないね。
せっかく悩みを肩代わりしてもらったのに、ここでまた悩んでしまっては心配させてしまう。
「ありがとうございます。少し気が楽になりました」
「はい、お役に立てて何よりです」
「でも、大丈夫なんですか? その、精神的なものは治りにくいと思いますが……」
「大丈夫です。私からしたら、こんなの悩みのうちにも入りませんし」
それはそれでちょっとショックだな……。
ユーリさんはメンタル的にも結構強いのかもしれない。あるいは、私の前だから虚勢を張っているのかもしれないけど。
とはいえ、いつまでも話を引っ張るのはそれはそれで酷なので、この話はもうおしまいにする。
今は今後の事を考えよう。
「あ、でもできることなら、またデートしてほしいなぁなんて」
「……まあ、助けてもらったわけですし、それくらいでよければいいですよ」
「やった!」
相変わらず、切り替えが早い。
以前は遊覧飛行を楽しんだけど、流石に今回は気晴らしのためにも街を歩かせてあげたい。
厳重注意は必要だけど、私が目を光らせておけば多分大丈夫、のはず。
もはや悩みなど霧散したと言わんばかりに笑顔になっているユーリさんを見て、少し羨ましいなと思った。
「それじゃあ、行きましょうか。準備はいいですか?」
「はい、ハクさんとならばどこまでも!」
私達は準備もそこそこに町へと繰り出すことになった。
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