第五十五話:魔法の練習
詠唱句という言葉に思わずサクさんの方に顔を向けると、少し困惑したような表情で答えてくれる。
「俺も詳しく知ってるわけじゃないですけど、魔法って詠唱句を唱えることで発動すると聞いたような」
「そうなんですか?」
「ええ、俺の記憶が間違っていなければ」
詠唱か。確かに魔法と言えば詠唱っていうのはあるかもしれない。
よくよく考えてみれば、ミーシャさんも大会で詠唱っぽいことをしていたような?
でも、今まで詠唱なんて使ったことないし、アリアだって詠唱なんてしてなかった。だから必要ないものだと思っていたんだけど。
『まあ、人間は魔法使うのに詠唱使う人は多いね』
『初耳なんだけど』
『だって、ハクは詠唱なくてもすぐに魔法使えるようになったじゃない』
それはそうだけども。
でも確かに、詠唱が必要だってのは何となくわかる。
私は魔法を使う際に魔法陣を思い浮かべることによって発動しているけど、要はその魔法陣を呼び出すためのものが詠唱なのではないだろうか。
特定の詠唱をすることによって対応する魔法陣が出現し、その魔法を使うことが出来る。それなら確かに魔法陣をそのまま覚える必要はない。
むしろ言葉の方がわかりやすいし、発動も容易だろう。
ただ、余計に隙が大きくなりそうっていうのは問題だけど。
私の方法だって魔法陣を思い浮かべて魔法陣を呼び出し、魔法を発射するという過程を踏まなければいけないわけで、魔法陣が出てから魔法が発動するまでのコンマ数秒の間は隙ができる。詠唱なんてしてたら普通に数秒持っていかれそうだ。
使いやすさを選ぶか速さを選ぶか、難しいところだ。
「ハクさんはポンポンと普通に魔法を放ってますけど、そんなに早く魔法を使う魔術師なんて見たことありませんよ」
「ええと……師匠が優秀だったので?」
とはいえ、私の場合はもうこのスタイルが普通になってしまっているし、今更詠唱をしようとは思わない。こっちの方が早いし。
でもどうしようか。教えようにも私は詠唱句を知らない。
私が使えている以上、詠唱句がなくても魔法の発動はできるんだろうけど、それにはやはり明確なイメージが必要になるだろう。
でも、戦いの最中にそんなことを考えられる余裕があるのだろうか。
魔術師であるならともかく、ルア君は基本は剣が主体だろうし、剣で戦いながら魔法を使うために強固なイメージをする? いや無理でしょ。
となると、私流のやり方で教えるしかないか。
「ちょっと待ってくださいね」
私はそこらに落ちている小石を使って地面に魔法陣を描いていく。
描いたのは基本中の基本であるボール系の魔法。精度もそこまで必要なく、形も簡単なのですぐに描ける。
私が描いた魔法陣を二人はまじまじと見ていた。
「あの、これは?」
「ボール系魔法の魔法陣です。ルア君、これを覚えてみてください」
「う、うん……」
魔法を知らない人からしたらなんのこっちゃな図形だろう。
転移陣のような固定化されている魔法もあるけど、魔法陣なんて魔法を使う瞬間に少し現れる程度でそんなに見る機会はない。
私からしたら簡単な図形ではあるけど、ルア君はうんうんと唸りながらじっと魔法陣を見ていた。
その隣では興味を持ったのか、サクさんも同じように腰を下ろして見ている。
「覚えたら、それをイメージして魔法を使ってみてください。なるべく正確にね」
「わかった」
何度も地面の魔法陣と睨めっこしながら手を前に向ける。すると、先程までとは違い、ちゃんとした火の球が形成された。
出現した火の球はそのまま土の壁に向かっていったが、その途中で急速に小さくなり、消えてしまった。
その結果を前にルア君はがっくりと肩を落とす。でも、イメージはしっかりできていたように思う。
「その調子です。後は魔力の量をうまく調整できればちゃんと届くと思いますよ」
「うぅ、難しい……」
「最初はそんなものです。私もそうでしたし」
「そうなの?」
「はい。魔力も足りませんでしたしね」
魔力が足りなかった頃はよく魔力切れを起こして倒れていた気がする。
魔力切れになると魔力が少し成長すると言われているから全く持って無駄というわけではないけど、気を失ってしまうから普段は気を付けた方がいい。
ルア君は私の言うことが意外だったのか、まじまじと私の顔を見てくる。
じっと目を見つめ返してやると、すぐに耐えられなくなったのか目をそらした。
なんだか若干顔が赤いな。練習のし過ぎで熱でも出たのかな?
「もうお昼ですし、この辺にしておきましょうか」
空を見上げれば太陽が空高く登っているのが見える。意外に時間が経っていたようだった。
ギルドに報告もしなくちゃいけないし、この辺りでお暇しようと思ったらお昼を一緒に食べないかと誘われてしまった。
まあ、いい時間帯だし、別にいいだろう。そう思って了承すると、ルア君は大変喜んでくれた。
お昼をご馳走になった後、私はギルドへと向かった。
私の杞憂に終わればいいんだけど、万が一ということもある。満月まで日が浅いということもあり、報告するなら早めの方がいいだろう。
だいぶ懐いてくれたのか、ルア君はもっと私と一緒にいたいとせがんでいたけれど、こればっかりは仕方がない。また遊びに行くと約束をして別れてきた。
ギルドに着くと、なんだか騒がしいことに気付いた。
いや、ここ最近は例の事件のおかげで慌ただしくはあったけど、今日は一段とバタバタしているというか、忙しない?
周囲にはいくつもの集団が出来上がり、受付嬢らしき人物が説明しているようだ。パーティ依頼、かな?
ひとまず受付に向かうと、手を上げて存在を示す。こうしないと気づいてもらえないのが悲しい。
「はい、どのようなご用件でしょうか?」
「少し報告したいことが」
私は例の事件に関わっているかもしれないと念を押した上で転移陣破壊の可能性を示唆する。
大量に入手されたと思われる魔石の使い道。現物もまだ見つかっていないし、多方面に用途のある魔石だから本当にただの勘だけど、もし当たっていたとしたらヤバイ。
受付さんは訝し気にその話を聞いていたけど、一応ギルドマスターに話を通しておくと言ってくれた。
これでうまく防げればいいんだけど。
「それにしても、なんだか慌ただしいですね?」
「はい、街道の方でオーガが出たのでその対処に」
「オーガが?」
オーガか、私がCランクにランクアップする要因となった魔物だ。
カラバの町で出会った魔物で、強さで言えばCランクに相当する。これはパーティ単位の難易度であり、単独ならばBランク以上は必要になるだろう。
あの辺りでは見かけない魔物だと言っていたけど、もしかしてこっちから流れてきたのだろうか?
「この辺りでは滅多に見かけない魔物ですが、強力な個体らしく、早急に討伐せよと国から連絡が来たんですよ」
「この辺りでも見ない魔物なんですか?」
「はい。ここ数年は聞いたことがないですね」
となると、ここに出たオーガもどこからか流れてきたのだろうか。それが巡り巡ってカラバに? うーん、だとしたら相当運が悪い。
強力な個体だと聞くし、被害が少ないといいんだけど。
そんなことを想いながら、討伐に向かう冒険者を眺めていた。