幕間:王子としての責務
オルフェス王国の王子、アルトの視点です。
私には好きな人がいる。
彼女は月の女神の生き写しが如き銀髪で、見る者を安心させるエメラルドグリーンの瞳を持つ。背はやや小さいが、いつでも落ち着いた雰囲気を醸し出しており、大人顔負けの胆力も持つ素晴らしい女性。
しかし、彼女には秘密がある。彼女は一見して人間であるが、その正体は世界の最強種たる竜なのである。
竜が人に化けるというお話は確かに存在するが、誰もその真意を明らかにしたことはなく、物語の中だけの設定として見られることも多い。しかし、実際のその姿を見せつけられては言い訳のしようがない。ハクが竜であることはこの目で確認済みだ。
竜と人とが結婚する。昔は実際にいたことだろう。竜と人の子はもれなく竜人となるから、竜人が今でも現存していることを考えるともしかしたら現代でも竜と人との結婚は存在するのかもしれない。
ならばこそ、私は迷っている。
私は彼女……ハクの事が好きだ。王子として、安易な結婚はできないとは思っているが、それでも許されるのなら結婚したいと今でも思っている。
けれど、相手は竜。生まれてくるのは竜人となるから後継ぎとはなれない。いや、私は例え子供が竜人だとしても気にしないが、国民が納得しないだろう。
現代では、竜は忌むべき存在であり、その子である竜人もまた同じとされている。確かに、竜と人とが敵対していた700年前に比べたら竜人の迫害も少なくなってきたとはいえ、竜人が王子、引いては王になるとなれば話は別だ。
王族の血に竜の血を混ぜるなど言語道断。私や父上が納得しても世論がそれを許さないだろう。だからこそ、いずれ王となる身としてはハクを妃に迎え入れることはできないわけだ。
もし仮に、私の他にも王子がいるというのなら、その子に王位を譲って自分は臣籍降下しハクと結ばれるという手もあるが、生憎私は一人っ子。つまり唯一の王子だ。
これは母上が体が弱いこともあって、多くの子を産めなかったという問題と、父上が母上を溺愛するあまり妾を取らなかったことが原因である。
王としてはダメな部類に入るのだろう。最悪国を途絶えさせる行為なのだから。
だけど、私は父上の事をダメとは思わない。一人の女性を愛し続けるということは純粋に尊敬できるし、後継ぎは私一人とはいえ生まれている。
もちろん、私に何かあった場合は父上も妾を取るなどの手段を取らざるを得なくなるだろうが、私がしっかりすればいいだけなので特に問題はないだろう。
私は王子としての責務を放棄するつもりはない。だから、ハクとは絶対に結ばれないだろうことは理解している。ならば、せめてハクの事を守れるようになれないだろうかと考えた。
私は以前、ハクにとんでもない怪我を負わせたことがある。ハクにいいところを見せようとして自爆し、足手纏いとなり、結果的に落盤にハクが巻き込まれた。
その時は肝を冷やしたものだ。あの時ハクを含め私が生きていたのはほとんど奇跡と言っていい。ハクの類稀なる魔法の才、そして回復能力、それらがあったからこその奇跡だ。
守りたかったはずなのに結局守られたのは自分の方。私は自信を失った。
確かにハクは強い。私なんかが守らなくても次々と問題を解決できるだけの力を持っている。でも、だからと言って私が何もしないのは違うだろう?
せめて自分の身は自分で守れるくらいの力があるならまだ自尊心も保たれただろうが、あれだけ足を引っ張っておいてあれは私のせいではないと言えるほど業突く張りではない。
ハクは私とは違うステージにいる。それを認識させられたようで、しばらくは定期的に誘っていたお茶会にも誘わなくなった。
私はまだまだ未熟だ。ただのガキでしかない。ハクは守らなくてもなんとかできる力を持っている。であれば、私がやるべきことは、せめてハクに認められるくらい強くなることだ。
私は学園ではエリートと呼ばれるAクラスに在籍しているが、魔法が特別うまいわけではない。いや、同年代の人達と比べたら十分なのかもしれないが、それではハクには届かない。
もちろん、ハクと同じことができるようになるだなんて思っていない。ハクは竜だし、その種族上魔力が豊富で魔法も得意だ。人間ではどう頑張っても辿り着けない領域である。
けれど、人間にできる範囲でなら強くなることはできる。
努力して努力して、エルに教えてもらった技も練習して、ようやくものにでき始めた。
これであれば、少なくとも再びギガントゴーレムと相対しても自分の身くらいは守れるだろう。あの時と同じ状況になったら、と言われると流石に自信がないが、一対一で、十分な距離が取れているなら私でもギガントゴーレムを狩ることは可能なのではないかと考えられる。
もちろんこれは机上の空論だし、実際はうまくいかずに倒せないかもしれない。でも、これでまたハクの隣に立てる、そう思った。
母上にはハクの事を手放さないようにと頼まれている。まあ、母上はハクが竜であることを知らないから、婚約者として落ち着けたかったんだろうけど、そうでなくてもハクの存在は国にとって非常に重要な存在だ。私との繋がりでこの国に残ってもらえるというのなら、十分価値がある話である。
そう思って久しぶりにハクをお茶会にでも誘おうかと思っていた矢先、事件が訪れた。
ハクが聖教勇者連盟の一員を害した罪で連行されてしまったのだ。
何かの間違いだと思った。確かにハクは竜だし、実際に討伐隊が組まれたこともある。けれど、最近までほとんど何もしてこなかったのにいきなり連行なんて信じられるわけがない。
私は急ぎ父上に確認を取ったが、聖教勇者連盟から正式に使者が訪れている以上、断ることはできないと言ってハクを差し出した。
私はもちろん反対した。ハクがそんなことするはずもないし、仮にしたとしてもそれは恐らく正当防衛になるはずだ。
父上の目から見ても、ハクやエルに危険はないと言っている。真実を見通すと言われるバスティオン王の言葉があったにもかかわらず強引な連行、明らかに聖教勇者連盟が強引にでっち上げたとしか思えなかった。
だが、最悪そうなってもハクならばどうにかするとも思っていた。だからこそ、そこまで反論せずにいたが、何とハクは抵抗せずにそのまま連れていかれてしまった。
てっきり逃げるなり迎撃するなりすると思っていたのにこれは予想外だ。
隷属の首輪をはめられていたから、もしかしたら思うように力が出せなかったのかもしれない。ハクのことだから、きっと父上に迷惑がかかると思ってあえて受け入れたってことなのだろう。
こんな時でもハクは自分の事を顧みない。その謙虚さは美徳でもあるが、この時に限っては捨て去って欲しいと唇を噛んだ。
せっかくハクと並び立てる、いや、そうとは言わないまでも後ろを歩くことくらいはできると思っていたのにこれだ。
抗議したかったが、絶対的権力を持つ聖教勇者連盟に勝てるはずもなく、追うことすらできなかった。
私は何て無力なんだろうと打ちひしがれた。結局、力があっても守れなければ意味がない。本当に必要としている時に手を差し伸べられないのでは並び立つ資格などない。
それからは失意の日々が続き、勉強にも身が入らず、私はついにAクラスから転落した。
もうハクと関わるのは止めよう、そう思ったこともあった。しかし、そんな私を救ってくれたのはハクだった。
「ご心配かけて申し訳ありませんでした。もう大丈夫ですので」
ハクは自力で帰ってきた。ほんの数か月足らずで。
やはり、ハクは凄い。聖教勇者連盟と言う強大な組織を相手にしてもなお対応できる力がある。やはり私は必要ないなと、そう思った。
しかし……。
「あの、迷惑かけちゃいましたし、なにかしましょうか? 無理のない範囲でしたら、何でも言うこと聞きますよ」
明るい笑顔……ではなくいつもの無表情ではあったが、ハクは自らを何の抵抗もなく差し出した王の息子を前にしてなんでもないようにそう言った。
もちろん、ハクは優しい子だ。連れていかれたのも父上に迷惑をかけないためだっただろう。しかしそれでも、少しくらい擁護してくれてもいいのではないかと恨みを持ってもおかしくない。何もしなかった私が相手ならなおさらだ。
しかしハクは、逆に私に何か一つ言うことを聞くと提案してきた。それはつまり、私に詫びているということだ。
どこにハクが詫びる要素があるのだろう。聖教勇者連盟と言う強大な組織に目を付けられたから? そんなもの、向こうが勝手にやってきたのだからハクが気にする必要はない。
なぜそんなことを言うのかと聞いてみれば、ハクは少し身を縮めながら、心配をかけてしまったから、と言った。
確かに心配はした。けれど、心配したからと言って具体的には何もしていない。行動を起こしたのはせいぜいハクの兄であるラルド、姉であるサフィ、そして、親友であるアリシアとサリアだ。
私は王子と言う権力を持っていながら何もできなかった。そんな私を心配させたからと言って詫びる必要があるだろうか? いやない。
私は何もいらない、ハクが無事なだけで嬉しいと言った。そうしたら……。
「あ、では、今度お茶会をしませんか? 以前はたくさんしていましたよね?」
そう言ってきた。
ご無沙汰となっていたお茶会。もちろん、私も王子として茶会に出ることくらいはあるが、ハクとは確かにご無沙汰だった。
あんな、私が一方的にハクに言い寄るだけのお茶会に興味を持ってくれていたのだろうか。それとも、ハクは遠慮しながらも本当は私の事が好きなのだろうか。
色々妄想は捗るが、私はその要求ににべもなく飛びついてしまった。
そりゃそうだ。せっかくハクから誘ってくれたお茶会を断る理由などない。
問題があるとすれば、私は以前どうやってお茶会をしていたのだろうというのが思い出せないことだろう。あんなに楽しかったはずなのに、どんな誘い文句を言っていたのかさえ浮かばない。
でも、それでいいと思った。ハクとのお茶会、ただそれだけで嬉しかったし、そもそも形式としてはお茶会ですらないただの雑談会のようなものだ。私がハクの事を好きだという気持ちさえ伝えられればそれでいい。
私はハクと結婚することはできない。けれど、ハクを守るナイトになることはできるかもしれない。
だから私は誓う。立派な王となり、生涯ハクを守り続けると。
……正妃を迎え入れるのが大変そうだな。
感想ありがとうございます。




