幕間:家族がいる幸せ
聖教勇者連盟の転生者、プラーガの視点です。
私に対人戦で勝てる人は存在しなかった。もちろん、仲間との模擬戦では引き分けと言う形になることも多かったけど、普通の人に対してだったら私は負けなしを誇っていた。
なぜならば、私は時間を操る能力を持っていたから。
時間を操ると言っても、時間を加速させて動きを早めたり、時間を減速させて動きを遅くしたりだけど、それでも十二分に強い。
私の動きを早めて一瞬で相手に近づいて心臓を一刺しするのでもいいし、相手の動きを遅くして悠々と近づくのでもいい。
とにかく、私の能力の射程に入った時点で、私の勝ちは確定しているのだ。
しかし、一人だけそれに抗う人がいた。
その人は、私の時間の加速をものともせず私より先に動き、動きを遅くしてもなお素早い攻撃で私の事を追い詰めた。
私の戦い方は能力によるごり押しである。だから、まともなナイフの握り方なんて学んでいなかったし、立ち回りだってめちゃくちゃだ。だから、いざその能力が破られてしまうと、私はただの一般人に過ぎなかった。
死を覚悟した。なぜもっとまともな訓練をしてこなかったんだろうと悔いた。けれど、私は結局生き延びた。あの人は私に慈悲を与えた。
その後、私達はいつの間にかどこか別の場所に運ばれ、とある屋敷で軟禁されることになった。
一緒に連れてこられたミラとアーネも私と同じように敗北したらしく、ミラにいたっては能力を封じられてしまっているらしい。
私達に一対一で勝つなんてとんでもない化け物だ。私はその時点で自信を失っていた。それに何より、自分はなぜ戦っているのかという疑問を抱いた。
私は自分で言っては何だけど浪費家である。お嬢様に憧れ、子供の容姿なのをいいことに親にあれこれ強請り、下級貴族には到底払いきれないであろう額のものを色々と買いあさった。
結局、家は借金によって取り潰しになり、私は親ともども借金奴隷として働くことになった。それを救ってくれたのが聖教勇者連盟である。
聖教勇者連盟は私に衣食住と自由を約束してくれた。親も奴隷から解放してくれて、一緒に住むことも許された。
だから、聖教勇者連盟には感謝しているし、聖教勇者連盟のために働くのは当然のことだと思っていた。
けれど、それは本当に私が望んでいたことだっただろうか?
確かに、恩義には報いたい。けれど、私はただの下級貴族の令嬢だった。いくら時間が操れるとは言っても、不意を突かれればただの一般人に過ぎない。そんな私を、戦いの矢面に立たせるのはどうなんだろうか?
聖教勇者連盟では、自由グループと言って商人や冒険者として自由に動くことを許されているグループもある。それなのに、私はなぜそのグループを選ばず、対竜グループを選んだのだろうか。
私が望むのは、平穏な暮らしだったはずなのに。
軟禁されている屋敷の中で、ずっと考えていた。私は何をしたいのだろうか。何を成すべきなのか。
その答えは、私達をここに連れてきた張本人によって示された。
「皆さんには、竜の役割について話しましたっけ」
私を倒した女性、確かサフィと言ったか、の妹であるハク。彼女は竜と親しい間柄であり、竜がどういうものなのかを新たに示してきた。
聖教勇者連盟の教えとは全く異なる竜の情報。最初は私も信じられなかったけど、聞いているうちにそれが事実だと理解してしまった。
今までずっと信じてきた聖教勇者連盟は、私達を洗脳によって操っていた悪の組織で、竜は世界を正すいわば正義の味方。私は眩暈がする想いだった。
当たり前だ。今までずっと私達が正義だったのに、それがいきなり逆転したのだから。
そしてそれと同時に思った。この組織を早く改変しないと、と。
別に見捨ててもよかったけれど、あそこには私の家族も仲間達もいる。彼らを見捨ててまで生き延びたいと思うほど私は薄情者ではないと思っている。
ハクの話だと、今聖教勇者連盟は上層部を失い、竜に喧嘩を売ろうとしているらしい。であれば、私はそれを止めなくてはならない。
それが、私の責任だと思ったから。
「帰ってきた……」
その後しばらくして、私は屋敷から出してもらうことができた。
私達が軟禁されていたのは、私達の存在を隠すためであったようだが、その相手である聖教勇者連盟が竜の襲撃によって半壊し、上層部がすべていなくなって邪魔者が消えたので、隠す意味がなくなったらしい。
久しぶりに見る聖庭の姿に思わず懐かしい気持ちになる。
竜の襲撃のせいか、あちこちの建物の壁が新しくなっていたり、花壇の花がなくなっていたりするが、私のよく知る場所である。
とはいえ、まずは行きたい場所がある。私は聖庭を一度後にし、町に宛がわれている私の家へと向かった。
元々私は下級貴族の家柄だったが、すでにその地位は失われているため、現在はただの平民として生活している。
以前のように色々買いあさることはできなくなってしまったが、洗脳の影響か、その衝動はあまり起こらなくなり、私の送る給料でつつましやかに生活している。
家の前に着き、私はいったん深呼吸をする。
ハクの話では、私は聖教勇者連盟では死んだことにされているらしい。だから、当然私の家族も私の事は死んだと思っていることだろう。
そう考えると、会うのに少しためらいがあるが、だからと言ってこのまま会わないわけにもいかない。
私は意を決すると、ゆっくりと家の扉を開いた。
ごく普通の家。もっと活躍すればコノハのように貴族の屋敷級の家にも住めるけど、私の実力ではこの程度が限界だ。
「……プラーガ?」
出迎えてくれたのは母だった。
軟禁されていた屋敷では正確な日付はわからなかったが、ハクの話では私が軟禁されてから一年は経っているらしい。
あの時は任務のために家を離れていたから、それを考えるともうちょっと経つか。
久しぶりに見る母はかなりやつれていて、髪はぼさぼさ、服もボロボロの状態だった。
酷い状態ではあったが、私の母であることに変わりはない。私は目から溢れるものを必死に抑えつつ、言うべき言葉を口にした。
「……ただいま」
「ああ、プラーガ! 生きていたのね!」
ひしっと抱きしめてくる母。私は震える手で母の事を抱きしめ返し、しばしの間抱擁していた。
途中、騒ぎに気付いた父が乱入し、さらに私と母を抱きしめるという状態になり、私はこらえきれなくなって声を上げて泣いてしまった。
私の帰る場所はちゃんと残されていた。それが嬉しくて、嬉しくて、いい年して泣き喚いた。
母も父も、私の事を思ってくれていたのか、涙を流しずっと抱きしめていた。
聖教勇者連盟では家族に捨てられたり、家族が死んで一人になった人も多い。そんな中、私は家族がいるだけ幸運なんだろう。
家族の温かさを感じながら、その日は久方ぶりの母の料理を食べ、一緒のベッドで眠った。
「……さて、私も務めを果たさないとね」
翌日、私は家族と熱いスキンシップを交わした後、聖庭に赴いた。
私がわざわざ戻ってきた理由は、仲間達に竜に喧嘩を売るなと警告するためだ。むしろ、私がここに戻ってくるまでの間、無事だったことに少し驚いている。
まあ、ハクは竜と仲がいいようだし、実際ここに来る時もエルと言う竜の背中に乗せてきてもらったわけだから抑えてくれていたのだろう。
というか、聖教勇者連盟自体が様変わりしていたことに驚いた。
だって、以前は竜は殺すべし、慈悲はないと言わんばかりだったのに、今では別にそこまでして倒す必要なくね? と無関心の人が多い。
一体誰がそんなことをと考えて、ハクだとすぐに思い至った。
あの解呪魔法で洗脳を解除したのだろう。私が洗脳されていたんだから、仲間達だって洗脳されていたに違いない。
洗脳の解除なんて普通簡単にできないと思うんだけど、ハクはとことん規格外だと思う。
ともあれ、これで竜に喧嘩を売ることはなくなったと思う。それでも竜に悪感情を抱く奴はいるけど、それは私が説得してやればいい。
私の仕事は、竜の役割をみんなに伝え、竜の事を正しく認識してもらうこと。ハクが既にやっていそうだけど、私からもやってやれば信憑性も増すかもしれない。
ハクには家族に再び会わせてもらった恩がある。少しでも、その恩に報いていかなくては。
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