表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/1546

第五十四話:ルアとサク

「あ、ハクさん! こんにちは!」


「こ、こんにちは」


 男の子が話しかけてくる。確か名前は、ルア君だったかな?

 私と同じくらいの身長で、結構痩せ型。それでも声はとても元気で笑顔がとても眩しい。

 挨拶されたのにそのまま去っていくのも失礼かと思い会釈をして近寄っていく。


「こんにちは、ハクさん。先の件は本当にお世話になりました」


「いえ、無事で何よりです」


 ルア君の声で気づいたのか、お兄さんであるサクさんが頭を下げてきた。

 この二人は例の事件の被害者だ。

 弟君を人質に取られ、闘技大会で優勝することを強制されていたサクさん。結局はお姉ちゃんに負けて私が後を引き継ぐ形になったけど、二人とも元気そうで何より。

 二人とも呪いをかけられていたらしいけどそれも解呪されている。こうして無事な姿を見られると少しほっとするね。


「事件の調査ですか?」


「あ、いえ、ちょっと転移陣を見に」


 奴らの目的を探しているという点では調査していると言えなくもないけど、私的な理由の方が大きいからね。

 事情聴取で会って以来姿が見えなかったけど、こんなところにいたんだ。

 玄関先から見える道場は手入れこそされていないもののかなり広く、壁にはいくつかの剣や盾が並べられている。

 人はいないみたいだけど、もう道場としては機能していないのだろうか。


「サクさんはなぜここに?」


「ルアに剣を教えていたところです。足手纏いになりたくないとせがまれまして」


「僕だってちゃんと戦えるようになりたいんだよ!」


 得意げに剣を振るルア君はやる気十分といった様子。

 今回の事件で、ルア君は人質に取られ、サクさんはそれを理由に奴らにいいように使われた。きっとルア君はそれが許せなかったんだろう。

 自分に戦える力があれば人質に取られることもなかったのではないかと。そうすれば、お兄さんが苦しむこともなかったのだと。

 私が同じ立場だったらどうだっただろう? お姉ちゃんなら負ける気はしないけど、私が理由でお姉ちゃんを苦しめることになるのは嫌だな。

 ともかく、失敗を糧にそう言った気持ちを持つことは大事だよね。


「ルア君ならきっとすぐに上達しますよ」


「えへへ、そうかな」


 闘技大会で見たサクさんの動きは素人目から見てもなかなか悪くはなかった。

 結果的に負けてしまったとはいえ、お姉ちゃんの動きについていっていたし、動体視力はかなりのものだと思う。

 髪色からして血の繋がった兄弟だろうし、その能力がルア君に備わっていても不思議ではない。

 それはそれとして、剣か。

 生まれてこの方剣なんて握ったことは一度もない。

 体格は小柄だし、体力もないしで適性があるとは思えないけど、興味があるかどうかで言えばある。

 魔法での戦いも魅力的ではあるが、それと同じくらい剣による戦いも魅力的なものがある。

 想像してみてほしい、剣を持ち、華麗に戦場を駆け抜ける様を。話に語られる勇者も魔法ではなく剣を武器に戦っている。

 それに後衛が基本の魔術師と言えど剣を使ってはいけないという決まりはない。むしろ、接近された際の解決策として剣を持つ魔術師もいるかもしれない。

 魔法剣士とかかっこいいよね。


「……剣に興味がおありですか?」


「え? え、ええ、まあ……」


 そんなに物欲しげに見ていたのだろうか、サクさんが遠慮がちに聞いてきた。


「サクさんはこの道場の人なんですか?」


「はい、一応は。三年ほど前に閉めてしまいましたけどね」


 聞くところによると、元々はサクさんのお父さんが開いていた道場らしい。それなりに名のある道場で、一時期は多くの弟子を取り、サクさんも共に教えを乞うていたそうだ。

 しかし、三年前にお父さんが病死し、それ以来道場は止めてしまった。サクさんはルア君を食べさせるために冒険者となり、慎ましく暮らしているらしい。

 実力はありそうなのになんだかもったいない。


「あの、もしよければルアのことを見てやってくれませんか?」


「私、魔法しか使えませんよ?」


「俺じゃ魔法は教えられないので。よければでいいのですが」


 うん、まあ、魔法を教えるくらいなら別にいいけど、うまく教えられる自信はあんまりない。

 なんせ私の魔法は魔法陣をただ暗記しているだけだから。

 多少の応用はできるけど、どう考えても正規の覚え方じゃないよね。


「簡単でよければ」


「ありがとうございます!」


 さて、教えるからにはちゃんとしよう。まずはどの属性が使えるかだ。

 魔法にはそれぞれ属性があって、人によって適性がある属性は異なる。大体、一人が二、三個の属性を持っているのが普通だ。

 私の場合は全属性使えるっていうレアケースもいいところだけど、それは置いておこう。

 魔法の適性を調べるにはそれぞれの属性に反応する特殊な魔石を用いる。魔石に魔力を流し、反応すればその属性の適性を持っているということだ。

 私がいた村では10歳になると同時にそれが行われていたけど、他の町だとどうなんだろう?


「それじゃあ、どんな属性が使えるかわかりますか?」


「えっと、火と土だよ」


 おお、攻防一体でいい感じだね。

 基本属性の中でも火は攻撃寄り、土は防御寄りなイメージがある。

 もちろん、イメージさえしっかりできれば攻撃にも防御にも使えるんだけどね。

 まずはわかりやすい火属性からやっていくことにしよう。

 私は道場の庭を見渡し、比較的草が少ない場所を見定める。

 水魔法と違って燃え広がる可能性もあるからね、その辺りは慎重にしないと。

 念のために土魔法で壁を作って火の粉が燃え移らないように細工した後、火の球を放って見せた。


「魔法はイメージが大切だよ。火の球を形作り、操作し、的に向かって放つ。この一連の動作を明確に思い描くの」


「えっと、こ、こう?」


 私に続いてルア君が放った火の球は球とも呼べないような小さなもので、的である土の壁に届く前に霧散してしまう。

 ああ、私も最初はこんな感じだったなぁ。

 アリアに魔法を教えられた時のことを思い出す。その時に比べたら、だいぶ成長したものだ。


「難しいようなら私の手元をよく見てみてね」


 そう言って再び火の球を発射する。

 アリアには理解されなかったけど、魔法陣はとても大事な要素だと思う。なぜなら、魔法陣は魔法の発動から発現に至るまでその魔法のすべてが描かれているからだ。

 どの程度の魔力を流せばいいか、どのように制御したらよいか、形はどんなものか、それらが事細かに書かれているのが魔法陣だ。

 書かれている文字は難解だし、模様に至ってはパターンとして完全に覚えるしかないけど、理解さえできればなんてことはない。どんな魔法だって理論上は作り出せる。魔力が足りるかどうかは別としてね。

 何度か試してみて、足りない部分を修正していく。しかし、思ったより成果は芳しくないようだった。


「うーん、難しいよ……」


「大丈夫、少しずつ良くなってるよ」


 まだ球の形にすらなっていないが、最初はこんなものだろう。

 私だって初めからできていたわけじゃない。何事も積み重ねが大事なのだ。


「あの、ハクさん?」


「はい?」


「詠唱句は教えないのですか?」


「へ?」


 おずおずと聞いてきたサクさんの言葉に思わずきょとんとしてしまう。

 詠唱句? なんぞそれ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 「詠唱句は教えないのですか?」 さあ、ここで妖精アリア先生仕込みのハクさんの非常識と一般的な魔法常識がぶつかる展開。ニヤリとします。 [気になる点] やはり前世が男性だったから剣への憧れは…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ