第五十三話:転移魔法陣
探知魔法とは風の流れによって周囲の魔力を感知し、その気配や形を把握することが出来る魔法である。
風を媒介にする性質上、室内などの空気の流れが悪い場所ではその真価を発揮しづらく、曖昧な形でしか捉えることはできない。
しかし、私はそれに改良を加え、風の流れを能動的に生み出すことによって空気が通る場所ならどこでも探知することが出来るようにした。
簡単に言っているが、周囲に能動的に風を起こすというのは意外に精度が必要であり、気軽にできるものではない。
ただそれでも、魔力の消費量という観点だけで見ればそこまでではなく、イメージさえしっかりできていればこれらの機能を追加するのにそう時間はかからなかった。
さて、そんな便利な魔法である探知魔法にも弱点はある。それは無機物に対する探知だ。
万物にはすべてに魔力が宿っている。人間はもちろん、動物や魔物、無機物にすら魔力が宿っている。
探知魔法はそんな魔力を探知するものであるが、無機物の様に少量の魔力しか持たないものを見分けるのは難しい。
例えば街中で使えば、道行く人々の気配を感じ取ることは容易でも、そこに佇んでいる建物などを探知するのは難しいということだ。
それはなぜかと言えば、魔力が少ないのはもちろん、魔力の流れが薄いからでもある。
魔力は人の体の中で絶えず流動している。魔力を糧に生きる動物や魔物、魔力によって成長する植物はその流れが激しく、存在を感知しやすい。
だが、無機物の場合はその流れが弱く、動きがない。
動くものを見つけるのに特化している分、人や魔物の発見に利用されているわけだが、無機物でも見ようと思えば見れなくもない。
風がよく通る場所であれば魔力の量を調節することによって無機物でも鮮明に見ることが出来る。もちろん、燃費が悪いのは目を瞑るしかないし、そうすることにメリットはあまりないのだが。
しかし一方で、無機物でもよく見えるものがある。
それは何かと問われれば、答えは単純。魔力を多く含む物だ。
魔力が少ないことによって見れないのだから魔力が多ければ見れるようになるのは当然のことではある。
日常に根差している魔道具やその材料である魔石はその筆頭だろう。
だがしかし、それよりももっと巨大なもの、それこそ建物のような大きさのものはあまり多くない。
「わぉ……」
私は目の前に広がる光景に思わず感嘆の息を漏らす。
王都の中央部と外縁部のちょうど中間に位置する場所。街中にぽっかりと開けた広場には周囲を水路に囲まれており、時折噴き出す水が虹を作り出している。
一見するとただの広場のように見える場所だが、その中央に広がっているのは幾何学的な模様が描かれた巨大な魔法陣だ。
いったいどれほどの魔力が込められているのだろう、先程から使っている探知魔法には視界一杯に巨大な魔力の塊があることを示している。それは地上だけにとどまらず、地下深くにも届いているように感じた。
「これが転移陣かぁ」
『結構大きいね』
今朝、お姉ちゃんに王都の重要な拠点と言えば何かと聞いた時に返ってきた答えがこの転移陣だった。
転移陣とは、その名の通り転移魔法に用いられる魔法陣で、周囲の魔力を取り込んで特定の場所へと瞬時に移動することが出来るものだ。
あまりにも巨大なため、発動するには大気中の魔力が満ちる満月の日にしか使えないみたいだけど、これだけ巨大ならばそれも納得できる。
人一人が転移するだけだったらこんな巨大な魔法陣はいらないけど、大勢が利用する目的で作られたものならそれも頷ける。
その綿密な文字列は魔法陣に多少の理解がある私でも読み取れないほど繊細で奥深いものだった。
一体誰がこんな巨大な魔法陣を用意したのだろう。間違いなく、これは最上位の魔法陣に当たる。もし会えるなら会ってみたいものだ。
「凄い……」
そうとしか言えなかった。
転移陣が発動するまでまだ猶予があるため人通りは少ないが、ぼーっと立ち尽くしている私の姿を見れば訝しむ人も多そうだ。
それほどまでに見事なもので、私は感動すら覚えていた。
いつか私もこんなすごい魔法を使えるようになれたらいいな。……って、流石にそれは目標が高すぎるかな?
自問自答しつつ、集中を解く。
転移陣に向かって探知魔法を発動させていたのは何も転移陣を探りたいからだけではない。何か別の魔法の痕跡がないか調べるためでもあった。
ゼムルスさんは何か起こるなら満月の日だと言った。そして、転移陣も満月の日に発動するもの。
転移陣が発動すれば多くの人がこの場所に集まるだろう。もし、そんな場所で大規模な魔法が発動すればどうなるか、想像に難くない。
だから、奴らの目的はこの転移陣を破壊し、周囲の人々を巻き込むことではないかと考えたのだ。
だが、実際調べてみた結果は何もおかしなところはない。魔力の乱れも見られないし、魔石も見つからなかった。
流石に地中深くに埋められていたら気づかないだろうけど、掘り起こした跡もないし、その線はないと思いたい。
ここは関係ないのだろうか。それとも、これから何かするのかな?
わからないけど、ここが王都の重要な拠点の一つだというのは事実。王都に混乱を巻き起こしたいのなら狙う可能性は十分にある。
伝えた方がいいのだろうか。でも、憶測に過ぎないし、何も証拠はない。ただ単に奴らが魔石を大量に持っているという事実があるだけだ。騎士団の人手も少ない中、勘だけで動いてもらうのも気が引ける。
でも、何かあってからじゃ遅いんだよなぁ……。
うん、一応ギルドには伝えておこうか。それで判断は任せよう。
そう考えて、私はギルドへと足を向ける。
転移陣からギルドは結構離れているから地味に移動が大変だ。
どうにも、歩幅が小さいのが気になる。
そりゃ、11歳の割には背も小さいし、前世とは比べるべくもないけど、歩幅が小さいと地味に面倒なんだよね。
お姉ちゃんは合わせてくれてるからあんまり気にならないけど、昨日だってゼムルスさんと移動するときに少し置いていかれそうになったくらいだし。やっぱり少しでいいから身長が欲しい。そして体力が欲しい。
闘技大会に出られるくらいだから多少は体力着いたんじゃないかとも思ったけどこうして歩いているだけでもそこそこ息が上がってくるから全然なんだなぁと思う。
まあ、闘技大会の時は身体強化魔法でごり押してたしなぁ……。
常に身体強化魔法かけてやろうかとも思ったけど、すぐに魔力切れになる未来が見えるし、何より余計に体力がつかなそうだからやりたくない。
何かいい方法があればいいんだけど。
そうやって歩いていると、ふと聞き覚えのある声が聞こえてきたので足を止める。
外縁部の通りから少し外れた場所。ひっそりと佇むように連なる家々は人通りが少ないこともあってよく声が響いていた。
そこは道場だろうか、入り口から見える庭はあまり手入れがされていないのか草が生い茂っている。その一角で、えいやと声を張り上げているのは金色の髪が印象的な男の子。
手に持った剣を振る傍らには同じく金色の髪の青年が立っている。
なんとなしにその光景を見ていたら、男の子の方がこちらに気付いたようだ。
素振りをやめ、手を振りながらこちらに声をかけてきた。