第五百二話:解呪魔法の実験
アーネさんとミラさんは私の姿を見るなりびくりと体を震わせていた。特にアーネさんは私の事が軽くトラウマになっているのかその様子は顕著に見える。
まあ、容赦なく足を切り落としたから当たり前っちゃ当たり前だけどね。むしろ、腕を切り落とされても平然としていられる私の方がおかしいと思う。
基本的に転生者達は転生時に特別な能力を貰って転生する。だからこそ、幼少期さえなんとか乗り切れば、大人にも引けを取らない戦闘力を発揮する。
だから、あまり死の危機に瀕するということがなく、また前世の安全だった世界観と相まって、死に対してかなり鈍感なのだ。だから、いざ死の危険に晒されると心が脆くなる。
もちろん、戦闘系の能力を貰わなかった人や異世界だからと価値観を入れ替えている人なんかはこれに当てはまらないけど、彼らはバリバリの戦闘型なのでちょっと脅かしてやればこうなってしまう。
私は別にトラウマ量産機になりたいわけではないけどね。
「な、何の用だ? ぼ、僕達はちゃんと大人しくしてたぞ」
「そう警戒しないでください。今日はちょっと実験をしに来たんです」
「じ、実験?」
かろうじてソファに座って対等に話しているけれど、警戒の色は解けない。
まあ、私も彼らの事を心から信用しているわけではないのでそれは別にいいんだけど、そこまで警戒されると少しむっとしてしまう。
そんな感情を無表情に押し込め、私は淡々と要件を告げる。すると、アーネさんは顔を青ざめさせて黙りこくってしまった。
「ま、まさか僕達をモルモットみたいに扱うつもりなのか!?」
「え? いや、そういうわけではないのですが」
言ってから、確かに実験と言う言葉だけでは勘違いされてしまうなと思った。
いや、実際に実験だから間違っちゃいないんだけど、せめて臨床試験とでもいうべきだっただろうか。
あんまり変わらない気はするけど。
「僕達は聖教勇者連盟の一員だぞ! そんなことしてただで済むと思っているのか!?」
「だから違いますって。ちょっと、新しく作った魔法を試したいだけです」
「ひっ!?」
喚き散らしていたミラさんまでもが息を飲む。
そんなに怖がらなくても、ほぼ安全な魔法だというのに。むしろ、これは治療行為でもあるのだから引かれるのは心外だ。
「……まずは順を追って説明しましょうか」
私はひとまず、呪いの可能性について話すことにした。
一応、今も看破魔法で調べてはいるのだが、やはり露出している部分に文様はないように思える。恐らく、また背中にあるのだろう。
文様は普通に見てもわからないので、看破魔法をかける必要がある。なので、私がそれを行い、お互いに体を確認してもらった。
私だけが言うより実際に見てもらった方がわかりやすいと思っての措置だったが、まあギャーギャーと騒ぎ立てる。
あまりにもうるさいので威嚇のためにちょっと魔力を解放してやると、再び黙ったので作業を再開する。
調べてみた結果、やはり皆背中に文様があるようだった。形もシュピネルさんやルナさんの身体にあったものと同じなので、同等の呪いだと考えられる。
よくもまあ、こんな一人一人丁寧に呪いをかけられるものだ。
まあ、呪いは解くのは大変でもかけるのは簡単なのでできないことはないか。
「じゃあ、僕達は聖教勇者連盟によって操られていたってこと?」
「そうなりますね」
「そんなこと……」
「信じられなくても、それが事実です。なので、それを証明するためにもあなた達に魔法をかけさせてほしいんですよ」
信じられないとは言っても、多少なりとも思うところはあるのか不安そうな表情をしている。
まあ、発言からして、アーネさん達も聖教勇者連盟が真っ当な組織とは思っていなかったのだろう。RPGの勇者よろしく人様の家に勝手に入って物を盗んでいく行為を正当化してくれる都合のいい組織とでも思っていたのかもしれない。
悪いとわかっていても、世間的には彼らが正義だし、罪には問われない。だからこそ、黙認していたって感じだろう。
「……その魔法は本当に安全なの?」
「ほぼ安全だと言えますよ。仮に失敗したとしても、体に影響はないはずです」
皆、私の魔法の技術は知っているはずだ。私の事は信用できなくとも、魔法の技術だけなら信用してくれているはずである。
彼らの視点からして、私が彼らを害する理由はない。殺してしまってもいいところを、わざわざ連れ帰って生き延びさせたのだから、その苦労を無に帰してまで殺す理由はないだろう。
体のいいモルモットとして利用されているだけかもしれないが、そうだとしてもとりあえず死の危険はない。そう思っているはずだ。
だから、しばらく逡巡したのちに首を縦に振るのは予想通りだった。
「……わかった。もう好きにして」
「ご理解感謝します。では、皆さんそのまま動かないでくださいね」
「い、今すぐ始める気なの?」
「ええ、ちょうど三人集まってますし」
私の魔法は一定の範囲内にいる人に対して呪いを解呪するものだ。ちょうど三人集まっていることだし、さっさとやってしまった方が楽だろう。
本来の浄化魔法であれば、一人に対して神官数人がかりで半日以上かけて行うものだが、私の魔法はそんな非効率的なものじゃない。
呪いの解呪に特化させたおかげで無駄を省き、魔力効率も最適化した。なので、もし覚えられれば並程度の魔術師が一人いれば最低でも二人くらいは簡単に解呪できるはずである。
もちろん、呪いを解くのは教会の専売特許であるし、これを公表したら色々な人に怒られそうなので公表はしないけど、いずれは教会の人限定で教えてもいいかもしれないね。
「解呪魔法……それっ」
「うっ……!」
魔法をかけた瞬間、三人が少し呻き声を上げたが、その後は特に変化もなく無事に解呪魔法をかけ終えることができた。
一応確認してみたが、背中にあった呪いの文様も綺麗に消えている。どうやら無事に成功したらしい。
後は呪いを解いたことによって彼らの思考力が取り戻されたかどうかだが、どうだろうか?
「終わりましたよ」
「も、もう終わったの? 随分早いなぁ……」
「まあ、解呪に特化したものなので。それより、心境に何か変化は起こりましたか?」
私の質問に対し、三人はうーんと腕を組んで頭をひねる。
洗脳が解かれた、と言う自覚はどうやらないようだが、多少の心の変化はあったらしい。
と言うのも、今まで聖教勇者連盟の事を尊敬し、命令とあらば喜んでやっていたわけだが、それに対する不満を持ち始めたのだ。
例えば食事が質素だとか、お小遣いが少ないだとか、命令ばかりで動かない上司が気に入らないだとか、些細なことではあるがそういった感情が芽生えたらしい。
聖教勇者連盟は転生者を保護し、教育して、何不自由なく暮らさせているかのように言っているが、やはりそこには不満も色々あったようだ。
洗脳によってそれらの不満を押し込められ、聖教勇者連盟にとって都合のいい駒に仕立て上げられていたことに対しての怒りもあるらしい。
竜人のことについて聞いてみると、言われるままに殺人を犯していた事実に少し恐怖したようだ。竜人なんてどう見ても人じゃん、どこが魔物だよって感じに。
魔物は殺してもいい、と言う考えはこの世界では多くの場合で当てはまるかもしれないが、だからと言って何でもかんでも魔物だからと殺せと仕向けるのは違う。きちんと境界をはっきりさせなければならないし、仮に曖昧だったとしても普通の心理状況なら気づけたことだろう。
やはり、洗脳の力は厄介である。そして、それらを無事に解呪できることに手ごたえを感じた。
これなら、聖教勇者連盟の連中を助けることができる。私は胸の中で小さくガッツポーズを取った。
感想、誤字報告ありがとうございます。




